第18.5話 独歩②(後半16分)
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土屋の声を思い出す。
「僕や津軽さんがFWの横でプレーし得点を狙う、それはいいです。後ろから飛び込めば捕まえにくいですからね。それでも僕たちはつまるところMFです。技術も身体能力もですけれど発想力……得点を奪うための想像力には欠けています」
俺は言い返す。
「おまえたちMFこそクリエイターと呼ばれているだろ? 技術がありわずかなスペースを見つけだし……」
津軽の言葉を思い出す。
「そうじゃない。ゴール前こそなにが起こるかわからない場所だ。味方のパスがずれ、相手のミスを見逃さず、自分もミスを犯すかもしれない。不確定な要素が多すぎる。だがそれに瞬時に対応しゴールを奪いきるのが本物のストライカーだ」
「本物のストライカーね……ラーメンハゲみたいなこと言いやがって」
土屋は言う。
「--ベスト8のメキシコ戦のリュウジ君のシュートを思い出しましたか? あれこそまさにそうでしょう? 村木さんの長いクロスに飛び込んだ。今までファインセーヴを続けてきたメキシコのGKが前に出すぎていた。リュウジ君はその場で独断専行した。あんなプレーを咄嗟に選べるのは才能ですよ」
ヘディングでループシュート。
「まぁ戻ってきたDFに止められて、それを土屋が押しこんで生まれたゴールだったけど--」
「MFのプレーはセオリーを守ることにある。でもFWは、それがゴールにつながるのなら、セオリーを外すこともよくあるもんだろ? 俺はおまえがセオリーを外すところをよく目撃している。俺もコーチの言うことによく反発するけれどよ、おまえほどわがままにプレーしてないから」
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この試合最初に放ったあのシュート、距離30メートル、45度の角度からボレーシュートを狙う俺は、そうだな、確かに教科書通りのプレーを見せる選手ではない。
『規格外』。
--ペナルティエリア、味方がブロックしたボールをGKが大きくクリア、GKの前方の空間に河田が跳びかかるがぶつからない。
だがコースを限定することには成功した。日本選手が集まるエリアにむけ大きく弧を描き--落ちていく。
長いボールをぴたりと足下にコントロールしたのは由利。
村木が枯れた声で指示を送っているがわかっている。DF2人にむかって相手2人が襲来している。
こんな長い距離のダッシュに気づかないほど無能ではない。
(あと3本)左センターバックの由利は右センターバックの西にミドルパス。
数的優位を保つために下がってきたアンカーの波多野を飛ばし右に展開する。
俺たちの滅多刺しの攻撃は続いている。
(あと2本)西は10メートルドリブルで前に進み、数瞬迷った。
(下がってきた津軽に出し攻撃参加、この混戦に決着をつけるためオーヴァーラップをみせるか……)それとも最終ラインでつなぎ役に徹するか。
答えは敵がつくった。MFたちが囲うように迫ってくる。
西はもっとも安全側の選択肢、土屋への横パスを選ばざるを得なかった。
--難しいシュートを決める必要などない。サッカーにおいて簡単なシュートとは、GKとの1対1を制すること(ショートクロスが好例だ)。
俺の仕事はオフサイドライン上で完遂される。
(あと1本)左IHの土屋がパスを受けた。
マークが、ズレている。
縦のポジションチェンジだ。
ACの波多野がCBの間に入り、
それを補うため土屋が中盤の底、ACの位置に下がり、
そして俺は土屋を追いかけるように中盤に落ちた(偽の9番)、
センターサークル付近で3対2の優位、そうなると思いかけたが後ろから足音、
「ここは逃がさない」
センターバックのディアスが後方に出現。
同時に土屋がパスモーションに入る。
「悪いが俺の勝ちだ」
『チャンスクリエイト』。右のアウトレーンに張っている内藤を見た土屋。
(7番はサイドを変えるのか?)
軸足の向きも、目線も、正面にいる俺へパスすることを意図していない。
だがその鞭のようにしならせ蹴りだされた右足がボールに触れる直前、足首を押しだす。
ノールックパス、体勢フェイント。
土屋のサッカーは相手に数秒後の誤った状況を予測させ操作する。
『強制誤導』。
インサイドキック、スパイクの側面がボールに巻きつくように触れ衝撃を与え、軸足方向にむけボールが発進し、
土屋のサイドパスを幻視しているディアスは足を止めた。
(あと0本)俺はフリーでパスを受けた。そう思ったのだ。(ディアスを振り切れば3人のDFと俺を含め3人のFW。どうにでも料理できる)。
不覚。
なぜかファーストタッチが高く浮いてしまった。
足で弾いたボールの感触に濃厚な敗北の気配を感じとる。
ディアスが近い、ここは戻--
打開。
身体が勝手に動いていた。ボールに覆い被さるよう屈み、腹に当て落とす。
技の華麗さより実を優先する。
ボールを安定したフィールドに戻した。ここから反転し前へ--
「めんどくせぇ」
そう俺のなかの別の誰かが言った。俺唯一人で良い。
DFの位置が低い。手順が逆になっている。
通常は下がったディフェンスを釣り出すためにミドルシュートを撃つが、
だが今は既に下がっている。
独 断 専 行。
フィールドに落下しかけたボールをすくうように蹴る。回転。
ひしゃげるボール。ディアスの伸ばしたスパイクには触れない。
俺はフィールドに押し倒された。ディアスと--ソウザか。
ソウザがそれを見て叫ぶ。
ディアスはそれを見ても凍りついたままだった。
今日6本目のシュート、そのボールにかけられた回転は縦。
ドライヴシュート。
ゴールラインから1歩進んだブラジルのGK。俺にはその幅があれば良かった。
190センチの長身の彼が反応できず、バランスを崩した。
両手を挙げたまま倒れた彼が、眼を剥いたまま転がるボールの存在に気づき、投げ返した。ゴールのなかから。
清水と河田が彼のまえで首を左右に振る。
数秒後ブラジルの守護神は自分が失点したことに気づき、
チームメイトたちもそれを知りうなだれた。
下をむいたまま地面を叩き悔しがるディアス。
ゴール。これでリードを奪った。重い重い1点を。
地鳴りのような叫びのなか、俺のこの言葉はどこかに掻き消えていった。
「倫理も道徳も捨てちまったからよ。命の恩人の前でこういうサッカーができるんだ」
何千本練習したかわからないロングシュート。
20年以上前、高校生が公式戦でキックオフシュートを決めたそうだ。
その選手の名前も所属チームも知らない。映像すら残っていない。伝説にすぎない。
だが俺は疑わなかった。自分にもそれが再現できると思った。
子供のころはできなかった。だが今はできる。
GKの前でイレギュラーバウンドさせ反応させない超低空ミドル。
角度がない位置から二アをぶち抜く高威力シュート。
俺は最強になっていた。どんなチームでプレーしても得点できる。
仲間に頼らずとも1人で決めきるための能力がもうあるのだ。それでも、日本代表というチームは自分にとって--
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特別だった。ゴールを一緒に祝福する仲間たちがいた。
俺は駆け寄る選手たちを高速のステップでかわしきり、その場所に、日本サポーターが集まるスタンドの一角に駆け寄り、人差し指を突きだした。
これが俺のゴールセレブレーションだ。走っているときにやたらかわいい同年代の子を見つけたのでその子にむかって。(サポーターの声がなければ試合に臨むテンションを準備できなかった。特に前半あんなことがあった俺にとって)。同時に吠え、叫び、喚き、そして哭いていると仲間たちが押し寄せてきた。俺はまたしても押し倒され、叩かれ、蹴りつけられ、抱きしめられた。キャプテンが抱き起こす。監督を見た。静々と人差し指を立てると、控えめに俺にむかって伸ばしている。まぁ一応、俺の固有のポーズだと認められているらしい。
仲間たちが声をかける。いくつか紹介してみよう。
津軽は俺の肩をたたき、興奮したまま「
河田はふざけた言い回しで「お帰り僕らのジーニアス」とつぶやいた。俺が某マンガをおすすめした結果だろう。元ネタがわからない他の選手たちはきょとんとしていた。
土屋は俺の首を後ろからチョップした。優しく。「僕のパスを台無しにしてくれましたね。なんですかあのトラップは。素人ですか?」
「いーだろ決まったんだから」
「自分の手柄にしちゃいましたね。あのゴール」
ベンチメンバーたちが帰って行く。浮かれている出場組。俺はフィールドに戻りかけ青ざめた。土屋も気づいたようだ。
もしかして試合再開の条件が整ってブラジルボールでキックオフ? まさか。
センターサークルには2人日本選手いる。波多野と由利だ。再開を阻止するために残ってくれていた。
「助かりましたね」
「気が利く」
あいつら2人が日本ベンチを指さす。なんだろうと振り返ると選手交代の電光ボードに15と7の数字が。
「俺? 俺?」
「2人そろってラストプレーでしたね。ぎりぎり間に合いました」
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