第16話 我執(後半9分〜12分)
ブラジルは結局前輪駆動のチームだ。
前線の選手たちの質で点を奪いに行く。
ソウザ、フェレイラ、アリアス。
所属クラブでは前線に残り守備免除が許されているこの3名が日本ボールを追い回し続けていた。
愛国心である。
愛国心が麻薬のように消耗を麻痺させているのだ。
この大会他の2人と比べ目立つ場面が少なかったアリアス。ブラジルの背番号11にチャンスが生まれた。
日本選手たちは気づいていた。この選手が搭載している筋肉の量を。
日本では『しなやかさが失われる』と育成年代で避けられるウェイトトレーニング。
だが同年代のアリアスのユニフォームの下に隠れた胴体、太腿の肥大した筋肉。
「あれは確実にプロテインキメてますわ」
悟○が言うように筋肉はつけすぎれば『スピードが殺されてしまう』はずなのに、奴の動作は同じ体格の選手よりも俊敏だった。準決勝のオランダ戦ではあの体躯で
センターサークル内部でブラジル選手がボールを奪った。
奪・即・送。
浮き球のパスがアリアスに届く。右のハーフレーン、マークするのは左サイドバックの村木だ。
肉弾戦では敵わないと観たか、日本のキャプテンは距離をとる守り。
アリアスはトラップを納められない。浮き球が頭の高さに。
ここでキャプテンが近づく。さらに土屋が戻ってきてはさみこむ形に。
シャペウ。浮き球でキャプテンを除外。
アリアスは体勢を崩されながらも倒れない。つんのめるようにボールを追いかけ、額にボールを当て前に転がし、
筋力で無理矢理上体を起こした。ペナルティエリア内に侵入する直前、彼ボールとの間にブルーのユニフォームが出現。
5秒前ボールをロストした津軽がここまで戻っての守備だ!
「リヴェンジャーだね」
自身が失点に絡みかねないプレーをしたことが許せなかったようだ。美学を感じる。
低い姿勢でドリブルをしていたこの装甲車を津軽が止める。腰をぶつけ相手をぶっ倒したのは軽車両の方。
サッカーには階級がない。格闘技なら決して戦うことがない体重差の2人、軽い日本人が重いブラジル人相手に完勝した。
怪物・アリアスが両手を地面につき身体をかばう。そして走り出した津軽を見送るしかない。ぞっとした表情だ。
どう考えても津軽の存在はおかしい。
小柄な守備的MFが上手くボールに触れて奪う、これはまだわかる。
だが175センチの津軽が本職センターフォワードのアリアスを打倒……。
現在の第一人者、カ○テやウ○ルデのような対人ディフェンス能力。
だけではない。津軽にはまだ能力がある……。
右サイド、今度は内藤とのコンビネーションでボールを運んでいく。
タッチライン際で囲まれつつある津軽は、俺を見ている。
中央で横パスをもらおうとする俺を。
「そこにいろリュウジ!」
「(やりたいことは)わかってるよ津軽。俺ってば頭脳明晰」
ソウザが津軽→俺の間のパスコースを切ろうとするポジショニング。その動きは正解だが。
あえて津軽が内藤を見ないことでブラジルディフェンスに隙ができる。津軽はルックダウンしたまま内藤へのミドルパスを通した。
敵・味方の位置を把握するために首を左右に振ることはサッカープレイヤーとして基本中の基本。だが『あえて一方向に視線を固定し、他の方向の状況を把握できていない=パスの出しどころがない、ボールを奪い易い状況だと誤認させ』味方をフリーにする技術が存在する。
試合中他の誰よりも盛んに首を振っている津軽だからこそ、首を振っていないときにキープを選ぶぞと思わせてることができる(逆に首を過度に振ってパスをするぞと見せかけドリブルで運ぶ選択肢もある)。
津軽は鎌○やミュ○ー並のインテリジェンスを有するMFだ。
内藤からのパスを受けとった津軽がタッチラインを背にし、ブラジルゴールに対しほぼ真横を向いた。
ここはシンプルにクロスを入れてくるだろう。両利きの津軽には選択肢が多い。
監督は「ビハインドのつもりで後半戦に臨め」といった。ならば出し惜しみは不要。俺は前線へ。ロングクロスはペナルティエリアに物量がいる。右ウィングの河田が押しだされる形でゴール前に移動している。清水も中に。2人がポジションを入れ替えDFを釣ろうとしている。3トップが揃い踏みだ。ゆったりした流れの攻撃なので、俺が中盤から上がってきたことは相手ディフェンス陣も充分把握している(ここまでの思考時間3秒)。
津軽は、左足、
こちらに飛んできたボール、ターゲットは俺、俺?
サイドステップを踏みゴールから離れた俺を? 津軽は必然を選ぶ。
「なんとかなれーーッ」なんて曖昧な意図でプレーしないはずだ。
奴の意図は?
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「
津軽は断言した。
「ちゃんとあわせやすいパスを出してね」
俺は注文をつけた。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
このパスはあわせやすくなんてない。
高すぎるし遠すぎる。この遠距離じゃ(クリ○ナでも無理だ)ヘディングシュートは決まらない、そしてボレーであわせるにしても(俺に接近している)相手ボランチがシュートを打たせない。それでも、
俺は雄飛、空中で上体をひねり、その局面の最適解を導くことに成功した。
ラストパス。
斜め後方、
DFとGK間のスペースにふわりと浮かせたボールをとどけ、
DFたちは俺の挙動を見守り固まって、
止まった時間のなかをただ1人、日本の10番だけが動いていた。
「
河田のもっとも得意とする形、オフザボールでマークを剥がしヘディングシュートがゴール右隅に。ヘディングのシュートをヘディングでアシスト。イージーだ。でもそのスピードが止まってしまったのが視界の片隅に映った。
河田はリアクションするも固まる--ゴールライン上でボールは止まった。
それを見て選手たちが立ち止まった--もちろんルールはわかっている。ゴールラインを完全にボールが越えなければ得点不成立。
観客たちは違和感をおぼえた--試合が一端止まったことは違和感の原因ではない。
数秒後、スタジアムのモニターに直前のプレーが再生される--河田の頭に触れたボールにGKの手がぶつかり、それでもゴールの中に……入った?
そのボールにGKが未練がましく外にかきだし、止め……。
「いやわからん。全然わからん」
ヴィデオアシスタントレフェリー。
「長い試合になりそうですね」
土屋がFW3人の前に近づきこう言った。
「帰りの飛行機に間に合わないかもしれないなw」
これは俺。
「リュウジ飛行機苦手なんでしょ。走って帰ったら?」
これは内藤。どうして俺に辛辣なの? 超絶イケメンな俺に嫉妬しているのかな……。
ピッチサイドに視線を送る。一度ピッチの外に出てコーチからマッサージを受けているのは津軽だった。
どう考えてもあのプレースタイルは尋常ではない。どれほどあいつが肉体的に優れたものをもっていても……馬鹿げた走行距離、どんな大柄な選手であろうと接触を厭わない津軽のサッカー……(『軽自動車に大型トレーラーのエンジン』じゃないんだから)
。もっと普通にプレーすることだってできるだろう。だが津軽は自分への高評価を求めている。だから身体に負担のあるサッカーを辞めようとしない。
津軽がこのワールドカップという短期決戦、ファイナルまで試合に出場し続けていること自体が奇跡なのだ。
というか津軽じゃなくてもガチ勢のスポーツって身体に悪いものなのだ。俺にしたって引退後は身体のどこかを壊し日常生活に支障をきたす可能性がある。
俺たちはみんなマゾなのかもしれない。
村木と清水が主審と話し合いをしている。どちらも英語が達者だな……。
「入ってました?」
俺はシュートを打った張本人、河田に問いかけた。
河田は首を傾げる。
「いやわからん。50パー・50パー……いや57パー・43パーかな?」
そんな細かく計算できるのか。
「こんなときにボケないでください」
これは土屋。
「だって後半入ってからリュウジがギャグ言いながらプレーしてんだもん。俺だって笑いとりたい。笑いでこのチームをのしあがってきたところもあるし」
「ああこれですか。これは余裕があることを周囲にしめしているんですよ。マラ○ーナだって舌だしながらドリブルしてたでしょ? あれと同じ」
「そ、そんな深い意味が……」
「2人ともベンチに下がってから漫才続けたらいいんじゃない?」
内藤に言われてしまった。
俺は河田にむかって続けて言う。
「あれゴールって認められてそのまま試合が終わったら河田さんヒーローですよ。ファイナルで決勝点で得点王。勝ちまくりモテまくり。いやマジで。地元で女の子選び放題じゃないですか」
「俺彼女いるからそういうのはちょっと……」
あれ冗談じゃなかったんだ。
VARの結果はまもなく出るだろう。
津軽に負けず劣らず全身怪我だらけの河田が戦術を再確認している。
今のところ伏見監督の指示した内容を俺たちが完璧に履行できているかというとそうでもない。
俺たちの理想は『攻撃時の5トップ化』。
インサイドハーフを高い位置まで上げ中央の連携でゴールを奪うことだ。
もっともそれは100点満点の回答にすぎない。不完全なサッカーで世界大会を制することだってありえるわけだ。
この大会に限っては、日本が弱者の側に立っていると思っている選手はいない。
津軽が戻ってきた。
「圧倒して勝とう」
奴自身のプレーがその言葉に説得力をもたせている。
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