第15話 複合(後半4分~8分)
始めはただ欲しかった。
子供のころになりたかったのはモニターの向こう側で活躍する選手たちだった。
俺は模倣した。彼らの強さと技術を我が力としたかったのだ。
幼稚園に通っていたころからだった。毎晩家でタブレットでゲームの動画を見て、これというプレーを見つけたら何度も再生し、完全に身につける。それを繰り返した。1年中休まずに。
試合のほとんどの場面で使われるキックは5つ。インサイドキック、インステップキック、インフロントキック、アウトサイドキック、アウトフロントキック。
だがこれは単純な分別にすぎない。たとえば同じインサイドキックでも、選手それぞれが微妙に異なる身体の使い方をしている。俺はそれらすべてを習得しようとした。
コピーの対象となったのは現代から何十年も前の選手たち、国内外を問わず数十名にも及んだ。
今思えば実に非効率的なトレーニングだ。
だが覚えた。俺はキックに関しては万能に近い。そう自負している。
サッカーという競技は世界中に異なる流派というものがあり、それぞれに長所短所があり『最強』、『最適』が決まっていない。そもそも両手に余るほどポジションがありそれぞれ求められるスペックが違うのだ。
俺はストライカーに憧れてサッカーを始めたのではない。真似をしたのはFW、MF、DF……。GKすらも模倣の対象だった。試合に出たいからではなく(抽象的に)サッカーが上手くなりたくて始めたところがある。
俺が成ったのは『全能』。すべてのポジションで使えうる技術を身につけた。
世界中の選手たちの良いところを縫いあわせてつくった技術体系。
鵺というかキメラというか……そういう化け物が育った。
だがテクニックというものは試合で活かされなければ意味がない。
俺が自主的に習得した数々の技術の一部は封印された。
試合中俺は常にトップ--敵陣付近でプレーすることを求められたから。
チームメイトや監督は俺のドリブルと得点力に期待し、低い位置からパスで味方を操るようなプレーを見せても心の底から喜んでくれはしなかった。
強者には責任が求められる。
俺は好き勝手絶頂にプレーすることが許されなかった。
俺は他の誰よりも速く、強く、そして上手かった。
エースにはチームの勝利への貢献が求められる。
俺は自分の楽しみのためにプレーすることをきっぱりと忘れ、ただただ勝利を、そしてゴールを求めるようになった。
ま、子供なんだから性格なんて簡単に変わってしまうものだ。
それに自分のゴールでチームを勝利に導けるのだ。他者の賞賛は麻薬のように高揚する。
FWでなければ俺は15歳でこの大会にたどりつけなかっただろう。
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ブラジルのディフェンス陣が中盤に下がった俺を警戒するのもわかる。
直前の準決勝で俺はペナルティエリアから離れたときに活躍したから。
フランスに2点のリードを許し敗退直前だった日本を救ったのは俺の2本のパスだった。
1点目はカウンター、右サイドに流れてボールを受けた俺が長いクロス。ゴール前に激走したウィング河田にあわせヘディングからのゴールをアシストした。190センチ超のフランスDF2人の制空圏を突破した高精度のクロス。
2点目は遅い攻撃、アンカーから縦パスを受けた俺は中央で相手に囲まれながらワンタッチで前を向き、次のタッチで前方にスルーパス、オフサイドぎりぎりのタイミングでDFの裏をとった河田がダイレクトシュート、これがGKの右手に当たるもゴールのなかに吸いこまれていった。
本職センターフォワードの音羽リュウジがMF並のパスセンスを見せつけた。
俺にとってMFは昔とった杵柄。
ジュニアユースでプレーしていたころ--学年でいうところの中学2年のときにMFとして半年間プレーしていた。選手として幅を広げてもらいたいとコーチが提案し俺は受諾した。
俺は確実性が求められる中盤でも十全にタスクをこなしていたと思う。チームも勝ち続けた。自分で言うのもなんだがMFでも代表クラスの選手になれていた。
だがあくまで中盤へのコンヴァートはFWとしての視野を広げるための寄り道にすぎない。
現に俺の名が知れ渡ったのは、FWに戻って点を獲りまくり、飛び級で高校生の大会に参加するようになってからだ。よほどの事情がなければ試合で中盤に下がりっぱなしになることはない……。
そう思っていたのだが。
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ここまでの試合展開はブラジル選手のオウンゴールで日本が先制、
そしてブラジルが日本ディフェンスを崩しきったとはいえPKで同点に追いついた。
どちらのゴールも中立的な観客からすれば『スペクタクルではない、凡庸未満、つまらない』ゴールなのだろう。
勝利のために懸命な選手たちからすれば、観衆に面白いゲームを提供する気などさらさらない。決勝トーナメントの決勝戦で魅了するサッカーなど必要ないのだ。勝てるならつまらないサッカーでけっこう、と。
だが俺は1人こう思っていた。次の1得点がスペシャルだったら、そしてそのゴールが決勝点となるのならば観客は絶対満足する。
サッカーの面白さの本質は『なかなかゴールが生まれない』という観る者の精神的欠乏から発生するものだ。点の獲りあいはあくまで例外。
そして優れたものは集まりすぎてもしょうがない。
『量』は『質』に劣る。
千利休が咲き誇った朝顔の一群を一輪だけ残して切り落とさせたように、
優美なものは稀なほうが価値が高まる。
この決勝戦の価値は俺の得点が決める。
このゲームは決して日本の15歳の少年が助けられたゲームとして後世に記憶されない。
「君たちここに集まりすぎじゃない? 『大駒は離して打て』って言うだろ?」
スローインを受ける直前俺はつぶやく。
俺のパサーとしての能力を活かすためには、距離が近いゴール前よりもこの中盤、ハーフウェーラインすら越えてないこの位置が正しい。
ポジションでいえばトップ下ということになるのだろう。4-4-2の。
ただし2トップは両サイドに開き気味。ゴール前をあえて空ける空城の計。
相手センターバックはマークする敵がいない。つまり他のポジションでは数的優位。日本のアドヴァンテージがある。
とはいえ得点期待値がもっとも高いゴール前が無人になるので、適切なタイミングで
「パスくれパスくれパスくれ……」
「やりたいこと筒抜けだよリュウジ。相手日本語わからないけれどさ」
左サイドバック、村木が前方に投げるフェイクをいれたあと、近づいてきた俺にボールを投げた。
腰の高さだ。キャプテンは俺の望むボールをくれた。
トラップしたら相手に近づかれる。
ダイレクトだ。
上半身を捻り左足を駆動。
ボレーキックでボールを右サイドに蹴りこんだ。
軽く当てただけに見えるキック、だが真芯を捉えたそのボールはぐんぐんと伸びて……。
プロでもつなげることが難しいスローインからの
狩りにきていたブラジル選手たちは日本の左サイドに集まりすぎていた。
スローインの直前、ゴール前で守っているのは3人だけ。
シュート性の強烈なパスがフィールドを横断する。
「流石俺!」
右サイドに開いた河田はサイドチェンジがくることをわかってくれていた。
前方にトラップしそのままドリブルでブラジル陣内に押し入って行く!
3対2。河田はシュートフェイントからアンダーラップした内藤へパス、
内藤はペナルティエリア内、左足でシュートを選ぶがディアスのスライディングに刈られた。ブラジル選手がボールをクリア。内藤は倒されたが笛は鳴ってない。河田がシームレスに主審に抗議している。
その間に内藤が俺にむかって指を立てた。
「いい展開だった!」
「いいぞ内藤! 上がりすぎるくらいでちょうどいい!」
サイドバックがエリア内でシュートを狙う。チーム全員で思い切った攻撃できている証拠だ。
主審を解放した河田が自分のポジションに戻っていく。
「ナイスドラゴン! 今みたいなパスもっとくれ!!」
俺のことをドラゴンなんて呼ぶのは河田くらいだ。まぁあの人なら許してしまうのだが。
その2分後にも俺はチャンスをつくった。
中盤の中央、土屋から横パスを受けた俺がスルーパスを狙う。
後方から丁◯丁◯丁◯に配球したグラウンダーのパス。
ゴール前、DFに背後からマークされた河田の足下をボールは通過する。
日本の右ウィングは反応しきれなかったことを悔しがっているが、
これは河田が反応しきれないことを見越したパス。
オーヴァーラップした内藤がその裏でパスを捕まえた。そのまま逆サイドの清水を狙ったパスが追いすがるディアスの足に当たり浮き上がる(やはり地上戦では手強いセンターバックだ)。
ファーサイド、とっさに飛んで放った清水のヘディングシュートはGKの眼前にむかいセーヴされた。
「清水、もう1度リトライだ! でも--」
ここまで5得点の清水にとってシュートミスは『人間アピール』にすぎない。
次で決めてくれれば問題ない。
……ブラジル選手たちは俺がボールをもつたびに警戒心を高めていく。
やはり日本の15番が中盤に下がればインサイドハーフ2人とのシナジーが発生する。俺がプレーしやすい環境をつくってくれているのはこの2人だ。
俺は後半に入ってからペナルティエリア内に侵入していない。周りの選手が走り出しても足を止めているくらいだ。
前線の火力不足は攻撃時に津軽と内藤が高い位置をとることで解消していた。
それでも俺からのパスで日本代表にチャンスが生まれた。
俺は津軽や土屋ほどMFとして熟練していない。ポジショニングや状況判断では彼らのほうが上手だろう。
そして同じ偽の9番として、俺にはリ○ネル・メ○シのようにMFとのパス交換からのドリブル突破はない。
フラ○チェスコ・ト○ティのような最上位のプレーヴィジョンもない。
俺にあるのは後方からレジスタとしてのパスセンス。一本のパスで戦況を変えられる。
センターフォワードとレジスタの適性を持つ選手。歪なことだがその2つの属性を有している。
(この攻撃は本命ではない)
ブラジルディフェンス陣は気づいているはずだ。
大会中音羽リュウジが中盤に下がってプレーすることは滅多になかった。リュウジのMF化はあくまでオプション。
日本のウィング2人とのコンビネーションもそこまで緻密ではない。そして日本の両翼には準決勝までの身体のキレは残っていない。
守る側としてはDFの背後を突く長いパスを警戒すればさほど怖くはない。
(この攻撃は本命ではない)
日本の本命はリュウジが流れのなかでゴール前に侵入しシュートを狙う攻撃だろう。
すでに日本のウィングは中央のスペースを微妙に空けたままプレーしている(2トップというよりもセンターフォワードが不在の3トップのようなポジショニング)。大会得点王2人がエゴを消し味方に得点を奪わせようとしている。
リュウジが最前線に走りこむパターンの攻撃が失敗したとき、日本代表は攻撃の手札を失う。恐らくリュウジはベンチに下がる。
「だと思ってんだろ……? ディアス。違うんだなそれが」
冷静に味方に指示をだしているディアスを観ながら俺は言った。
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