決勝戦・後半

第14話 任天(後半0分〜後半3分まで)



 監督の指示に(もっと思い切ってラインを上げろ)口答えをした西が由利に蹴られながら、津軽に肩パンされながらロッカールームを追いだされていく。

 ハーフタイムで日本は戦術を大きく変化させた。ゲームプラン……いや正確にはゲームモデルを変えたといったところか。

 選手を交代させたわけでもないし、フォーメーションをいじったわけでもない(4-3-3のままだ)。

 変わるのは主に俺個人のタスクだ。1人2役を負うことになる。


「楽しんでるか? 中学生」

 ふたたびフィールドに降り立った俺に声をかけたのは津軽だった。

 年長者の余裕をしめしたいのか。

「集中しすぎも良くない。ほら、日本ベンチのすぐうえの席だよ。Tシャツ着た巨乳のねーちゃんがいるんだよ。気づいた?」

「んなもん見てねぇよ」

「余裕がないから気づかないんだよ」

「大丈夫ですかリュウジ君? 体力的にキツくないですか」

 今度は土屋だ。

 セリフの割に全然俺のことを心配していなさそうな顔をしている。まぁ大事なのは他人ではなく自分だ。選手なら誰だってそうだろう。

「でぇじょうぶだ。延長戦まで戦ったあとにトライアスロンだってやれるくらいスタミナ残ってっし」

「……なら安心しました。いや、心配して損しました」

 悪いほうに言い換えるな。

「そういや津軽と土屋も大会ワンゴールだよな。俺と同じ」

「俺たちはMFでおまえはFWだろ」

 すぐに言い返す津軽。


「土屋に至っては俺のシュートのこぼれ球からだし。ワンゴールトリオ。いい加減2点目が欲しい」

 津軽はくやしそうな顔をする。MFながら得点でここまで成り上がってきた選手だ。この大会このまま帰るつもりは本人にもないはず。

 土屋はその点ゴールを奪えなくても気落ちすることはないだろう。性格的に。『自分がチームが勝てるなら引き立て役である』と認識している。

「監督は『ダメなら1分で交代する』とおっしゃってましたね」

「そうだな、みんなは頑張らないとな」

「おまえだよ!」と津軽。

 俺があの役割をこなせなかったら交代させられると。

 依然俺の出場そのものが焦眉の状態であることに変わりはないわけだ。


 このゲームは後半の20分、いや15分までに1つの山場を迎えるはずだ。


 俺がピッチにいる間仕事をやってのけるか?


 フェレイラやアリアスといったアタッカーが交代させられる前にゴールを奪えるか?


 ブラジルとしてはソウザをピッチに残したいだろう。残る2人のアタッカーはまだベンチメンバーでも替えが利く。だがそれでも最大火力を発揮するのは現行のメンバーのはず。


 両チームとも選手交代なしで後半が始まる。

 ブラジルのキックオフで試合が再開した。

 相手ボール--守備の場合やる仕事はいままでとまったく変わらない。味方のなかで1番高い位置に残ってボールを奪いにいく。

 下がったボールを追いかけながら気づいた。

 スタジアムの観客たちは依然相手チームを推していることに。


 日本が先制点を奪ったときもそうだった。

 ブラジルが同点ゴールを決めたときはなおさらそうだった。

 前半が終わり後半が始まった今はなおさらそう感じる。


 日本のゴールはラッキーな形で奪ったゴールで、

 ブラジルのゴールは崩した形で奪ったPKの判定、


 日本はしょせんダークホースで、

 ブラジルはこの大会の大本命、FIFAランキング3位の最強候補の一角だ。


 その序列を強調するかのようにブラジルが日本陣内に押し入ってくる。

 俺はいつも以上に首を振り、選手たちの配置を確かめながらプレスバックする。

 ブラジルのビルドアップが確かなのはFP最後尾のディアスがいるからだ。

 奴は間違えない。

 同じセンターバック、西と由利よりも恐らく攻撃性能が高い。

 位置どりや身体の向き、単純なパスの精度、運ぶドリブル……それらは決定的な要素ではない。

 信頼されている。難しいバックパスを難なく処理し、そしてGKに簡単に返してしまう。ワンミスで即失点がちらつくポジションだというのになんという強心臓。

 ハーフタイムの間に覚悟を決めたか。

「やるじゃない!」

 相手にむかって叫ぶ俺。

 ききとれない日本語に首を傾げるディアス。


『後ろの声は神の声』とは不変のサッカーの定理だ。

 後ろに立っている選手のほうが状況を把握しやすい。

 クリアボールの弾道すら予測できる。由利が蹴りだしたボールを日本の陣地で奪ったディアス。左サイド、外のレーン。

 胸トラップから確実に納めると(日本は前を空けてしまった)、

 パスフェイントをいれ、

 日本のディフェンス陣のタイミングをずらし縦方向にスルーパス。

 その意図に気づいた俺は叫ぶ。

「なにィ!!」


 こいつ!! 主審の足下を狙いやがった!!


 慌ててボールをかわす主審、が障害物となり右サイドバックの内藤がボールにアタックできない。

 左のペナルティエリア角、

 ボールをもったソウザが反時計回りに旋回しカットイン、

 いい形でしかけられ……、

 日本のアンカーがたまらず後ろからユニフォームをつかみ倒してしまう。

 ペナルティエリアの外、左寄りでフリーキックを与えた。


 これがセンターバックの攻撃参加か?

 攻撃に関してはワールドクラスと遜色しない。父親と同等のポジション適性……こいつは天性のセンターバックだ。ふたたびゴールを奪いにきたブラジルにとって最強の手札が後方に控えている。

 攻撃の起点となったディアスにむかって親指を立てるソウザ。笑っていやがる。ここまで気が利くチームメイトがいたらゲームが楽しくて仕方ないだろう。


 日本選手が壁をつくる。前に残すのは清水1人。ここはまず守り切ろうと選手たちは判断し、ベンチの監督たちもその意見に同意した。

 ボールがセットされた地点から9.15メートル離れた位置に並び立つ。

 角度はゴール中央に対して左斜め30度弱、距離は20メートル強。

 ブラジルは日本と同様プレースキッカーの人材が豊富だ。

 ボールの前に立つのはフェレイラと右サイドバックの選手。

 ここは「飛ぶ」。

 左右どちらのキッカーが蹴っても直接狙ってくるはずだ。

 壁の横に立つブラジルの選手たちはシュートを避けこぼれ球を狙っている。


「全員集合していると最終回みたいだな。なのに清水は1人だけハブかよ」

 俺は壁のはしでつぶやいた。

 横にいる土屋が応戦する。

「冗談言ってないで集中してくださいリュウジ君!」

「いや、俺今日本当にツイてないからさ、ボールぶつかるなら俺だよ。顔に喰らってKOされるかも。それか急所にぶつけられてタネなしになるか」

 俺は懸命に両手で股間を守る。

「いやこれでいい。リュウジはしゃべるほうが調子がでるんだ」と言ったのは津軽だった。

「じゃあしゃべるぜ。俺はこのセットプレーが決まらないほうにベットする。賭けに勝ったらこの試合ずっとラッキーなことしか起こらないね」


 俺を中心に日本チームがゴール前で口論でもしていると思ったのか、偽装はなしに隙をつく形でプレースキックが蹴られた。蹴るのは左利きのフェレイラ、わずか2ステップ、ユニフォームの下に隠れた年輪の詰まった太く固い丸太のようなフェレイラの左脚から放たれる砲撃(170km/h)。無回転しかし無変化。


 野太い声で歌い続けるブラジルサポーター、息を止め見守っている日本サポーター、そしてフィールド上の選手・審判・コーチ陣でさえも、そのシュートの成否を眼ではなく音で知った。


 クロスバーにシュートが直撃。

 ボールが炸裂しかねない威力。

 たっぷり一拍遅れて黒瀬がジャンプした。触れられない。跳ね返ったボール、ヘディングで押しこもうとするブラジル選手。

 だが村木に身体を寄せられまともにヒットしない。

 浮き球を西がオーヴァーヘッドキックでクリアした。

 これを後方にいるブラジル選手が追いかけるもウィングの清水が先にキープ、さらに奪われそうになるが相手の身体に当てタッチラインを割らせた。


 攻勢終了。


 立ち上がり早々の失点の危機を脱した。

 運試しに勝った。出場しているゲームの結果で運試しなんてするもんじゃねぇだろ←俺。

「な! 外しただろ! これでもうゲームは俺たちのもんだ」

 俺は前に走り出したチームメイトたちにそう言ってきかせた。

「はいはい」

 白々しい眼を俺にむける内藤。

 まぁわからんでもない。ゴール前のFKがゴールに結びつく可能性なんて本来極小。今の場面で決まる確率なんて5%にも満たなかったはずだ。例え蹴っているのが史上最高のフリーキックの名手であるジュ○ーニョ・ペルナ○ブカーノであったとしても。

 俺は当たり前のことに喜んでいる。

 俺のような雑な人間は、実に些細なきっかけでポジティヴになれる。

 前半にあったことは忘れよう。試合はまだ同点。

 声をだしていこう。思ったことを口にすれば叶う。

 俺が言っていることはすべて真実で、

 俺が思っていることはすべて実現するのだ。


 だから俺は周囲の選手たちにこう言った。

「ブラジル代表! 今からおまえらをビビらせてやる!」


 俺の脇をとおりすぎるソウザが言った。

「日本語で言ってもわからないよ」


 内藤が渋い顔をして遠いサイドから叫ぶ。

「~~ッッ、だから不言実行しろって言ってんだろリュウジ!」


 俺はスローインしようとする村木にボールを受けるため近づく。

 位置はハーフウェーラインの手前5メートルくらいの位置だ。まだブラジル陣内。ミドルサード、中盤だ。ボールを受けられる位置にいるのは土屋、アンカー、由利、そして俺。

 センターフォワードの俺が中盤に残っている。

 3トップの他の2人、左右のウィングの清水と河田は前線で『深さ』と『幅』をとっている。

 これは今だけの現象ではない。

 相手の虚を突くための奇策の類ではない。後半はこれでいく。

 ブラジル選手たちの顔が険しくなった。対戦相手の嫌な嫌なことをするのがゲームだ。監督の戦術変更は間違ってなかったようだ。

 今日本がやっているサッカーはセンターフォワードの中盤落ち。

 いわゆる偽の9番だ。

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