第13話 継戦(ハーフタイム)





 本題に入ろう。


 ゲームプレイヤーは2人、俺とアンダー17サッカー日本代表監督伏見敏弥。

 俺の勝利条件は『この決勝戦の後半に出場し続けることを認めさせる』。

 時間は決勝戦の前半終了直後、

 場所はスタジアムの選手たちが出入りする通路の途中、ロッカールームまですぐそこという位置だった。

 広く明るいその廊下に俺と監督だけが取り残されている。

 しきりに腕時計を見る仕草をする監督。時間がないことは明確だ。

「で?」

「将来バロンドールを獲る俺をベンチに下げ負けたら歴史的に非難されますよ。準々決勝のドイツ戦でリ○ルメを下げたペケ○マンみたいに叩かれます。それでいいんですか?」

「自分をリ○ルメに喩えるとは大きくでたなリュウジ君。つうか引用が古い。俺はおれが正しいと思った采配を奮うだけだ。それに、君が将来どんな大物選手になろうと今はたかが15歳だ。そんな選手を使わなかっただけで叩かれるとは思えんな」

 反論は正論で潰されるだけか? なら次の手を打つ。


「ノータスクで1億、いりませんか? 出世払いです。それくらいは余裕で稼げます。あと10分だけでいい。……後半10分試合に出してくれるだけで金を--」

「それは買収しているつもりか?」

「そうですよ」

 即答する俺。

「もっとまともな意見をききたい。ほら、俺はロッカーに戻って後半の指示をださんといかん。『脅迫』、『買収』。次はなんだ? 泣き落としか? 暴力か?」

 悪手を重ねている。そんなことはわかっている。用意した言葉じゃ無理だ。


 1秒1秒が値千金。ハーフタイム、監督の時間は貴重。そんなことはわかっている。

 ここは自分の才能をアピールする場面ではない。技術アートではなくサイエンス。科学的なアプローチで強敵を倒す。

「プレー直後は出場している選手の気が立っている。指示をだすのはハーフタイムの半ばになってからでしょう?」

「とはいえ準備する時間は欲しい。今この瞬間この場から立ち去ってもいいんだぞ? おまえに許された時間はない。

 自分がいないチームに価値がないと思うんなら観客席にでも引っこんでいろ。それともスタジアムから去るか?」

「いいえ」

「なら今すぐ俺の気が変わるような言葉を言ってみろ。残り20秒」

 監督が腕時計の文字盤に視線を落とす、その直前に叫ぶ。

「『最強』じゃ足りない! 俺1人が『無敵』でも仕方ないんですよ。この大会でそれがわかったことは大きい。僕が土屋と津軽、あの2人と絡めばブラジルに勝てるはずです」

 その言葉をきき、監督は俺を見た。

「おまえの『最強』の定義は?」

「1番勝てるチームでプレーしていることですよ。センターフォワードというポジションにこだわりはない。なにせ『9番』がいない戦術だってあるんですし」


 監督は歩き出した。日本チームのロッカールームにむかって。時間が押しているというのに、早足ではなく、時折足を止め、壁にもたれかかり、なにか深く考えている様子で。

 俺は年長者に話しかけることを止め、後ろを振り返る。

「いつからいたの? 土屋」

 存在感を消して立ち聞きするのはやめろ。

「どうなりました? 後半出れるんですか?」

「んなことわかんねぇよ。選手から言えることなんてねぇよ。監督のオボシメシ次第だろ?」

「直談判しといてそんなことを言うんですね……」

 土屋はそう言って去って行く。


 監督と土屋がロッカールームに吸いこまれ、そしてすれ違う形で出てきたのは西だ。

 由利と組んでプレーしている右のセンターバック。

「おまえ遅えんだよリュウジィィィィィィ!! どこで時間潰してやがったああああぁぁ!!!」

「うるさいですね……」

 屋内だと余計声が響いてくる。ヘリコプターやジェットエンジンよりもうるさいんじゃないのかこいつ。


 怒らせるとなにをするかわからないので敬語を使っているが、この先輩に対して尊敬の意はあまりもっていない俺だ。野性的すぎるというか粗野で考えなしで天然で、しかしDFとしての能力は確かだ。


「おいおいおいおいどうしてあんときゲームに出続けるって判断しておいてよぉぉぉぉ! 監督も采配ミスったんじゃねえのかよおおおお!! おまえがまともに動けないって思ったブラジルが攻勢かけて失点しちまったじゃねぇかよ。

 ものの数分で同点に追いつかれたんだぞ!!! リュウジ、おまえが戦犯になりかねねえぞどうすんだオラ!!!!」

 ゲームに対する勘は本物だ。野生児らしい直感的な分析ではあるが真をとらえている。

 俺は耳をおさえながら反論した。

「俺がもし前半途中で交代されて日本が戦術を変えたら、前半のうちにブラジルが対策をうっているはずです。伏見監督はそれを見越して後出しで戦術を変えるつもりだったんでしょう」

「な……なるほどそうだなリュウジ!! 監督とかすっげー考えてるんだなぁおおいッッ!!!」

「はい」


 西(cv檜○)は攻撃的センターバック、DFだけではなくMF、FWのポジションをやらせてもプロ級の技量をもつ万能選手だ。

 まず背の高さ、当たりの強さというセンターバックとして基本的な性能が高い(車でいえばエンジン、ハンドリング、ブレーキのようなものか)。

 それに加えサッカー選手として求められるおおよそのスペックがある。フィジカルもテクニックもスタミナもなにもかも。

 だが欠点がない、とはいえない。強者であるからゆえの舐めプ癖、そしてディフェンスの選手でありながら攻めに色気がありすぎる。ビハインド、あるいは同点の場合、残り時間が少なくなると自陣から勝手に攻め上がることが多々あった。3バックならまだしもセンターバック2枚で守る4バックでそれはちょっと……。


『雑に強い』センターバック、相手を挑発し味方を鼓舞し、そして気合いで状況を押しきろうとするところがある。優れたサポートをする味方がいれば運用しやすい。日本の4バックの他の3人はその点成熟したプレイヤーだ。西という『番犬』をうまく制御できている(実際西のボール奪取数はチーム1)。

 個人として最強のDFである由利は、この使いにくいパートナーと組まされたことで味方を動かすコーチング能力がはるかに高まったのだ。常に直感で動きたがる西をどやす由利の声がいつも自陣からきこえてくる。


「見えている穴は穴じゃない」と指摘したのは伏見監督だった。「おまえらディフェンス陣が西を上手く運用できるか否かにこの大会の成否はかかっている」

 化け物には化け物をぶつける。

 西という怪物DF(筋肉の量質ともに日本人選手としては規格外)がいなければ強豪国のエースには対抗できなかった、そういう場面がこの大会には何度もあったわけだ。


 情熱でプレーする男の右頬はいつも赤いアザができている。こちらのメディアに疵面スカーフェイスの二つ名がつけられていた。


 異常者。兇人。

 というかヤンキーか。リーゼントなんてしてないけれど怖い顔をしている。

「つうかよおおおお!! 全然活躍してねぇおまえが監督に物申してんじゃねぇよ雑魚ストライカー!!!」

 西の俺への苦言には一理あるとは思うがここは言い返しておこう。

「上手い選手でなければ発言権がないっていうのなら、監督もコーチもみんな俺たちよりもプレイヤーとして劣ってますし、あの人たち現役のころそこまですごいキャリアを積み重ねているわけじゃないですよ。

 俺たちは代表で自分たちよりも下手な人たちにしたがって練習してますし、試合でも言うこときいているんですよ? 矛盾してないですか?」


 サッカーが上手いからあの人たちにしたがっているわけではない。だがサッカーを知っている。兵士が上官に逆らったら戦争には勝てない、ただそれだけだ。

 俺は進言はしたが監督が意思を曲げるかなんてわかったもんじゃない。

「確かにそうだな!!! リュウジの言うとおり!! おまえすっげー言うじゃねぇかよぉぉぉ!!」

「監督が痺れを切らしてますよ。後半俺が出ようが出まいが西さんは頑張ってください。この試合は絶対に勝たないとダメです」

 手を叩き座った選手たちの注目を集める伏見監督。

 ロッカールームの奥にあるホワイトボードのまえに立つ。そこには出場する選手たちの名前が記されてあった。1列下がった中盤の位置、津軽と土屋のすぐまえに音羽の名前がある。


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日本代表後半立ち上がりのメンバー


 清水(11)     河田(10)


      音羽(15)

   土屋(7) 津軽(8)

       AC


村木(5)由利(4)西(3)内藤(2)


      黒瀬(21)

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