第12話 「俺は徹底的に戦いたかった」



(前回と同日。リュウジとシサは大きな駅の構内で休んでいた。パン屋の店内奥にあるイートインスペース。リュウジはカスクートを、シサはホットコーヒーを買っていた。他に利用している客の姿はない。シサはリュウジの横に座り、ワイヤレスのイヤホンをつけ引き続き試合を観賞している。1対1の同点のまま前半が終了したところだった)



「ハーフタイムになにがあったんですか? 中継が止まっていてわからないですが、リュウジ君が監督に呼び止められたところは映っています」

「伏見監督が俺を交代すると告げたんだ。だからそれを止めるために交渉した」

「リュウジ君を交代する!?」

 これには驚いた。あまりリュウジ君のまえで感情を露わにしたくないのだが仕方ない。

 私はこのあとの展開を知っている。彼はこの15分間のハーフタイムを終え、試合の後半が始まったあとも試合に出続けていたのだから。

「伏見さん? は、撤回……したわけですか? 1度交代すると言っておきながら……」

「そう。俺が説得したの。まぁ、客観的に言って俺を交代するってプランは正しい、間違ってないよ。あんな死亡事故未遂があって即交代しなかったことのほうが不自然だ。

 でも俺の受け身とディアスのカヴァーが完璧で、身体のほうにはまったくダメージがなかった。プレーすることには支障がなかったよ」


「でも」

「でもサッカーどころでなかったことは確かだ。俺が死ぬあるいは重傷の場合試合は中止、両チーム優勝で大会は終わっていたかもしれない。サッカーでこの手の事故は滅多に……というか俺は前例を知らない。

 世界中で今この瞬間も何百と試合が行われているけれどそんな死ぬような事故は滅多に--何年に一回も起こりゃしないよ」

 私はうなずく。

「でもあのときは起こった。正確にいえば未遂だけれど……。そうなったとき死にかけた選手を試合に出し続けてるっていうのは体面的に悪い。万が一のことがあってはいけないからね。

 そして俺の精神状態も加味するべきだ。自分で評価するのは難しいけれど、前半24分からハーフタイムまでの俺は……少なくとも完璧ではなかった」

「何点ですか? 100点ですと」

「うーん99点かな」


 思ったより高い。

 まぁ、理由はなんとなく察することができる。

「リュウジ君が味方の選手に依存したプレースタイルだったからですね」

「そう。俺は味方のパスに操られる側の選手だったから。土屋のあのパスを除いたらいいチャンスはなかった。ブラジルが攻勢をしかけ日本は守勢に回ってしまった。別に受け身のサッカーが悪いとは思ってないけれど……」


 彼のサッカー観について詳しく知りたかったが、そのことはおいておいて。

「まだゲームに出るつもりだったんですね」

「もちのろんだよ」

「今の『の』はどういう意味ですか?」

「ただのギャグです。俺が試合に出続けたいっていうのは『まだゴールを奪えてないから』、『勝負所の終盤まで出場していたいから』っていうのはあるけれど、今回の試合に限ってはある動機ができたんだ」

「どのような動機なのです?」

 私は微笑んで彼に続きをうながした。

「……あのときのプレーで死にかけてわかったんだ。『人は死ぬ』ってね。そんな当たり前のこともわかってなかったんだよ……」


 リュウジ君は言い淀んだ。

 私は彼が思っていることを推量する。ディアス選手とぶつかり亡くなりかけたことで--

「この試合が生涯最後のゲームのつもりでプレーしていた?」

「瞬間瞬間を必死になって生きていたかった」


 だからあの決勝戦に出ることを伏見監督に懇願したと。

 私はあの監督のことをあまり知らなかった。これは予習不足だ。リュウジ君のことは好きだが、他のメンバーや代表スタッフの面々については不勉強なままワールドカップ本大会・決勝の解説を頼んでしまった。

「伏見監督を説得できる勝算があったんですか?」

「そんなものなかったよ。あの人は優秀だ。いい指導者だし、勝負師でもある。選手のことを考えてくれているし、同時に勝つために手段を選ばない人でもある」

「そうですね、そのことは間違いないです」


「どう考えても正しいのは伏見監督のほうなんだよね。俺じゃなくて。俺なんてまだ中学生だったし、中学生が大人に正論ぶつけるなんて反抗期あからさまじゃん。今思えば恥ずかしすぎるよ」

 リュウジ君は眼を泳がせ顔を赤くしていた。

 もう2年も前のことだというのに今起こったことのように恥じている。彼のなかではまだ消化しきれていない出来事だったのか。

「……続けてください」

 私は遠慮なんてしない。

「……俺はブラジルに見下げられたんだと思う。死にかけた死に駒が前線にいてもカウンターが怖くない。だから前半途中から攻勢をかけられて同点に追いつかれてしまった」

「そのことを監督はわかっていたから」


 リュウジ君はまだ戦えた、だがそのことを対戦相手のブラジルチームは認識できなかった。

 MFならともかくFWは良い形でボールが入らなければ存在感を発揮できない。

 あのときの彼は思ったより詰んでいる状況だった。


「ま、そもそも不満が残ったまま試合が終わることなんて当たり前だよ。育成論でいえばストレスがないと若い選手は成長しないわけだし。

 ていうかすべての試合が納得した形で終わるだなんて思っている人はそういないでしょ。スポーツはシナリオのないドラマ……だったけ? 物語ならわかりやすいハッピーエンド、バッドエンドがあるもんだけれど、現実は中庸なんだ」

「ちゅうよう?」

 日本語の語彙に関してはリュウジ君のほうが少し多い気がする。話をしてみるとわかるが意外(?)と教養(?)がある人だった。


「どっちつかずって意味ね。だから結果を残さずベンチに下げられる経験だって何度かは……まぁ何度かはあったね。

 でもそれを実際に体験させられると……そんな成功体験のまえに先に苦労させるイヴェントはさまないで欲しいねって思う。整うまえの熱いサウナじゃないんだから。サウナ入らないからよくわからないで言ってるけど」

「私の家のお風呂にはありますよ、サウナ」

「はい金持ち自慢~。いや他意はないのか?」

「ただの事実ですよ。今度入りにきますか?」

「どういうお誘いなんだよ……」

 サイズ的に2人で入ると少し狭いかもしれない。


「伏見監督はどういう方なんですか?」

「尊敬しているよ。あの人の言うことなら信じられた。できればこの先も代表チームで一緒に戦えたらなって思わせる人だった。でもね、そのときの俺は滾っていたから……」

「ボルテージが上がった、くらいの意味ですか?」

「雄心勃々としていたね」

「ゆうしんぼつぼつ?」

 スマホで調べてみた。

「後半のこの2文字はエッチな意味じゃないですよね?」

「エッチな意味ってなんでわかったの?」

 すっとぼける私。

「話を戻してください」

 私が指摘するとリュウジ君はにやりと笑いこう叫んだ。

「オ……オレは…オレは……………

 昔のオレにもどりたかったんだ!!! 残忍で冷酷なサッカー選手のオレにもどってなにも気にせずブラジルと徹底的に戦いたかったんだ!!!

 気に入らなかった…知らないうちにチームメイトたちの影響をうけておだやかになっていく自分が……居心地のいいチームもスキになってきてしまっていたんだ…

 …だ…だから監督を裏切って…もとの悪人にもどる必要があったんだ…!

 …………おかげでいまはいい気分だぜ…」

 リュウジ君がなにかの作品のセリフを引用していることはわかるが詳細は不明だ。コミュニケーションに問題があることは確かだが、それはまだ私が彼の求めるレヴェルに達していないのかもしれにない。好意的に解釈すればそんなところか。


「で、どうしたんです?」


「大人相手にごねてみたら奇跡的に意見が通ったってだけ。諺でいうと『大事のまえの小事』かな。……いやニュアンスが違うか」

 リュウジ君はスマホで言葉の意味を調べ発言を撤回する。


 私は彼の思ったところを推測してみた。

「つまり、このときのリュウジ君は引き続き試合に出て活躍したいという強いモチヴェーションをもっていたので、監督を説得するという面倒な仕事にも正面から向きあうことができたというわけですね」

 美味しいところだけは食べられないというわけだ。

「イグザクトリー(そのとおりでございます)」

 お辞儀をしながらそう答えたリュウジ君。食べ終えたカスクートを気に入っている様子だ。やはり機嫌が良い。この試合について語っているときの彼は大体そうなのだが。

 ふざけた態度をとられているが、それは私に対して好意的な印象を持っているからだろう。これはポジティヴに捉えておいて問題ない。私とリュウジ君の関係はさておき、


 リュウジ君と伏見監督、この2人の間でハーフタイム中にどういったやりとりがあったのか。

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