第11話 忸怩①(前半36分〜前半終了まで)
決勝戦の2週間前。
グループリーグ第3戦日本対クロアチア。
まず知ってもらいたい情報がいくつかある。
①日本とクロアチア両チームは2連勝ですでにグループリーグ突破を決めていた。
このゲームの結果によって順位が決まり決勝トーナメントの『山』のどこに入るかが決まるが、対戦相手の難易度はどちらもさほど変わりがないという認識があった。よって両チームにとってこのゲームの勝敗はさほど重要視されていない。
②両チームともにサブ組が中心となったスターティングメンバーを選んでいる。監督に先発で使ってもらいたい彼らはアピールのため、前半戦積極的に相手ゴールに迫り互いにチャンスをつくった。しかし得点は生まれなかった。
③後半戦になると両チームはメンバーを入れ替え始めた。サブ組がピッチを去り主力組がピッチに登場する。
主力組はサブ組ほど実力を示す動機がない(2連勝中の好調のチーム事情。勝っているチームのスタメンはいじりにくい)。怪我をしたり必要以上に体力を消費したりすることは避けたい。したがって徐々にこのゲームは観る者にとってエキサイティングなものではなくなってきた。やる気のない選手がチームに1、2人いるだけでもサッカーの得点期待値は下がっていく。
現にスコアは0-0のままだ。
④だがご存じの通り俺は大会無得点のストライカーなわけだ。音羽リュウジだけはモチヴェーションにあふれている。
⑤時間は後半3分。後半のどこかで俺も交代されてしまう可能性が高い。このまま得点を奪えないまま。
--クロアチアのストライカー、イゴールがシュートを外した。日本のゴールキックで試合が動き出す。
GKから攻撃が再開する。真横で左右に開いたセンターバック。あらかじめ定められたビルドアップの配置。まぁ実戦で攻撃の練習をしていると思えば悪くはない時間だ。
だが練習だとしても本気度が低い。
相手選手のやる気がない。主力組は特にプレスもゆるゆるだし接触プレーも避けるだろう。短いパスならどこまでもつなげそうだ。
俺はセンターバックの様子を見る。こいつの特徴は把握していた。足は速いが……、
選手の士気のある・なしは勝敗を大きく別ける。俺は超本気だった。
ここまで2試合連続ノーゴールは屈辱でしかない(この大会は絶不調のままだぞ←俺)。
ディフェンスラインでボールを回す。センターバックの間のスペースに下がってきたアンカー。ボールを受ける前に首を振りマークを確認した。クロアチアのFWがプレスをかけるが、その速さは精々早足といったところか。
アンカーが前を向き、俺にむかって指示をだす。
日本語ゆえその内容を相手は知り得ない。
アンカーはGKにバックパス。
俺にとって旧知の仲であるGKの黒瀬。背番号1。この世代では断トツの知名度、そして抜群の実力を有するGK。10年に1人の逸材と言われる黒瀬に俺がアシストをつけてやる。
数秒まえ、俺はスパイクのヒモを結ぶフリをして座っていた。
俺より前にいたDFは安心していたはずだ。オフサイドの位置に立つ俺から眼を離した。
DFは少しずつまえにむかって歩いている。もう少しそのまま移動してもらえると助かるのだが。
俺は自陣にむかって引く。止まりそうになったDFの前に回りこんだ。相手の進行方向を塞ぐ形で。
DFは困惑した顔をして、何事かわめいたあと俺を押しのけるように--だが審判に咎められない程度に優しく--まえに回りこんだ。これは反射的な行動だ。
「これならファウルにはならないな。別におまえの身体に触れたわけでもないし」
「?」
「大丈夫かその位置? 死線をまたいでいるけれど」
日本語だからわからないよな。
俺は右腕でボールを要求。
ほぼ同時に黒瀬のロングフィードが射出された。黒瀬が蹴るまえに俺はDFよりもわずかに後ろにいた。
だが奴は足下を見ていなかった。瞬足ゆえの舐めプ。そして気の短い性格が徒となったな。
奴がまたいだのはハーフウェーライン=オフサイドライン。
俺が『よーい、どん!』を始めるスタートラインでもある。パスの直前にその線に沿ってあらかじめ加速。
相手陣内においてはオフサイドルールは適応されない。
黒瀬の60メートル以上の長いパスは超高弾道、ゆえに俺が走りたどりつく時間はそれなりに……ある!
後ろからDFが追いかけてくる。最高速なら奴が上、長い距離ならこの遅れを取り戻すはずだ。俺はボールではなく相手をふりかえり見、ボールへの最短距離ではなく相手の進路方向をふさぐコースをとりながら、疾走、あのDFはファウル覚悟で肩をねじこんでくるが、
俺は倒れない。
カードがもらえる状況でも不倒をつらぬく。
ファウルがもらえることよりも得点で試合を動かしたいから。
怒気をはらむ呼吸がきこえる。ユニフォーム越しに腕をつかまれた。振り払う。GKも、やっぱ出てくるよな!
それを確認すると同時にDFに腰をぶつけられ倒されあと少しでボールが落ちてくる笛が鳴らない主審は流しているまだここにいないから確かめようがないボールの弾む音がすぐ近くで迷っている時間はない手を使えないキーパーが近づいて止めにくるこの距離でこの動作ゴールに背をむけてしまっていたでもどこにゴールがあるかぐらい頭の中で把握しているさ。
だってストライカーだもの(リュウジ)、
俺は尻もちをつきながら身体を反らせ接地しながらのオーヴァーヘッドキックを挙行する。地対空ミドルシュート!
地面を叩き起き上がりゴールに向かって走り出した俺は気づく。
シュートが上にわずかに外れたことと、すぐ隣に河田(と相手DF)がいたことに。河田に託したほうがずっと確率が高かった。
アクロバティックなプレーに声援をもらってうれしいか俺。
肝心なのはチームの勝利だろ俺。
同じ手口をこの大会では使えなくなった。また別の騙し方を考えなければ。それが盗賊の極意だ。
俺を倒したDFにイエローカードが出る。こうなったら退場に追いこんでチャンスを量産するしかないか?
河田と戻りながら話をした。
「チームが大事だろ? 自分のゴールよりも」
「俺はまだゴール童貞なんですよ。河田さんみたいにこの大会で得点奪ってないんで」
この人にはなぜか敬語を使ってしまう。
年長者相手にも大きく出る俺にとっての例外(その1)だ。
「童貞なの? 誰か相手いないわけ?」
後半の言葉きいてないのかよ。
河田は真顔でそうきくのでこちらはマジボケだと思ってしまうぞ。
「まぁ俺なんて地元に帰ったら嫁も子供もいるしな。いっぱい稼がないといけないって動機があるから活躍できてるのかも」
「あんたまだ高校生でしょ……」
俺をツッコミ役にしないでもらいたい。河田は俺に並ぶチームのお笑い担当なところがある。河田は滑ろうが気にせずチームメイトの前でギャグを連発するし、俺は試合で笑いものになることに定評がある。今みたいに。
いやスポーツのチームにムードメイカーって絶対必要なのよ。
「黒瀬にアシストつけたかったんですよ」
俺と阿吽の呼吸があるのはIHの2人、WGの2人とだけではない。アンカーや4バック、そして1番後ろのGKにもアシストをつけたい。チーム全員にその可能性がある。マジで上手い選手が後方にもそろったチームだから。
「GKにアシストってきいたことないよ。どんだけゴールから遠いと--」
「あいつのフィードなら無理な話じゃないです」
「あ、あれか。そういや昔あんなことあったよな。……おまえと黒瀬って」
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
黒瀬について。
黒瀬
失点すれば吠え立て、
シュートをセーヴしたあとはDFを叱咤し、
味方が得点を奪えばサポーターを煽り立てる。自分の想ったことを素直にアウトプットする性格。もっともGKという人種はみなそろってそういう性格をしているものだ。失点するかしないかに直接関わるポジション。感情を隠したままではストレスに潰されるからだ。
GKはある意味個人競技をプレーしている。
10人のチームメイトとともにプレーしながらも失点の責任を押しつけられかねないポジション。
フラストレーションがたまったテニスプレイヤーがラケットをぶっ壊すように、GKも試合中に喜怒哀楽を表にだしがちなのだ。
俺はなるべく感情の振り幅を一定にしたままプレーしようとする。黒瀬とは違う。ところで、
俺は加害者で黒瀬は被害者なのだ。
さかのぼることおよそ1年前、高校年代最高峰の高円宮杯プレミアリーグ(ア○アシでおなじみのアレだ)、その日本の頂点を決めるチャンピオンシップ、イーストリーグ首位チームとウェストリーグ首位チームが激突するそのゲームで俺は対戦相手の黒瀬の右腕を負傷させた。
接触プレーでぶつかって傷つけたのではなく、純粋にシュートの威力で相手を傷つけてしまった。
俺は強烈なシュートを至近距離で放ち、黒瀬は腕を犠牲にして止めて見せた……。あの瞬間の気分は、ったく、最悪だった。
試合後黒瀬と会ったが、彼は自分の技術のなさを自虐するのみで、決して俺のことを責めようとはしなかった。自分に対して厳しい男なのだ。
全治1ヶ月の軽傷。
この程度の傷で黒瀬の能力が衰えることはなかった。1ヶ月サッカーができないくらいで他の連中に追い抜かれることはない。俺も中1のときに交通事故で同じくらいの期間ボールが蹴れなかった時期があったが、依然同学年でトップの選手なわけだから。
だが俺は気にしている。
代表で黒瀬と再会した俺は、彼にタイトルをもたせるためこの世代のチームにタイトルをもたらすため全力を出し続けてきた。
黒瀬と俺は国内において最強の存在であり続けた。
日本にははるか昔からトレセン制度というものがある。地区選抜→都道府県選抜→地域→ナショナルトレセン。有能な選手は選抜チームに選ばれ、そこで眼をかけられればさらに上位のチームに選ばれる。ナショナルトレセンともなれば実質世代別代表チームに選ばれるためのテストのようなものだ。
俺も黒瀬も、自分と同等のプレイヤーをナショナルトレセンにきても発見できなかった。
高校のサッカー部の部内で1番優秀な選手であるとか(3000人程度いる)、
クラブユースの全国大会に出場しただとか(700人以上はいる)、
あるいは高卒でプロ入りが決まっている選手(毎年70人前後はいるものだ)、
そんな程度の才能は掃いて捨てるほどいる。
(日本のどこかに隠れた才能が眠っていて代表の序列を脅かす、みたいなおとぎ話を俺は信じない。各地区を代表する推薦者の眼が節穴なわけがない)。日本中からサッカーが上手い奴が集まる合宿(ナショナルトレセン)があって、
その期間中のトレーニングおよびゲームで結果と内容を残した俺と黒瀬は、FWおよびGKというポジションにおいて唯一無二の存在だったはずだ。
もちろん下に位置する選手たちも成長するだろう。
でも俺たちは代表活動を含めプレイヤーとして長足の進歩を遂げてきた。
誰がアンダー17の代表監督をしていようと、100人中100人がスターティングメンバーに『音羽リュウジ』と『黒瀬東亜』の名前を書き込むはずだ。それほど他を圧倒する力を手にしきていた。
そしてこの世界大会の決勝戦に至るわけだ。
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