第9話 「俺って基本的にクズだから」
(1月上旬。神奈川県内の某カラオケ店にて。狭い個室にリュウジとシサ。リュウジはラフな私服姿、シサは黒いワンピース姿。上に羽織っていたカーディガンはイスの上に丁寧に折りたたまれていた。2人はテーブルをはさみ座っている。シサは大きなタブレットを手にし、モニターを熱心に見ていた。決勝戦の動画が再生されている。この日はリュウジ自身の口で試合を解説するという趣向の会合だった。試合開始から24分間が経過しようというタイミングで、少年は少女に対する解説を止めた。シサの横から離れ、スマホを手にし、誰かと通話を始めている)
『どうしたの急に。そっちはまだ午前中だよね?』
ディアスと話をするのは久しぶりだ。
「どうせ今の季節はシーズンオフで暇だろ?」
『大学で通信教育課程受けてるから暇じゃないけれど……』
「意識高いな……」
しばらく耳を澄ませてみた。なんだかきこえてくる音が騒がしい。音楽も流れているし人がいるようだ。
「なんかうるさいけれど人がいんのか?」
『ああ、今日は父の誕生日なんだ。家でパーティをやってる。毎年人が何百人もくるんだ。バンドもくるし食材が冷蔵庫何十台分と持ちこまれてふるまわれて。みんな正装してきて踊ってさ。朝まで騒がしくて眠ってなんてられないよ。俺もあいさつで忙しい」
「リア充オブリア充」
『? よくわからない表現だけど……。こっちだと知らない人はいないって有名人がわんさか集まってくるんだ。来年は君を招待したっていいと思うよ。くる?』
「いかねぇよ。あの超有名な怪物DFに『俺の大事な息子が助けた日本人選手ですぅ』なんて紹介されてパーティに参加しろっていうのか?」
『まぁそうか』
「ま、俺も別に1人じゃないし。女連れて密室にしけこんでるところだし」
今のこの状況を説明すればそういうことになる。
『女の子と一緒なの?』
「超絶美少女だよ」
命の恩人相手にマウントをとろうとするクズ。
俺にとってディアスは家族よりもディープな関係性がある。
相手にとってそうではないのかもしれないが、こちらからすれば生涯忘れることができない友人だ。
「あれ、信じない?」
『いや信じるよ。……リュウジを好きになる子なんだ、きっと素敵な人なんだろうね』
「なんでそんな俺への評価が高いの?」
「急に電話かけてどうされたんですか?」
シサが不機嫌な顔をして近づいてくる。
『本当に女の人の声がしたね』
「だろぅ、そうだろう。俺のファンなんだよ。かわいい子でさ。爛れた毎日を送っているよ」
『スペイン語じゃなくて日本語になったけれどなんて言ったの?』
シサにきかれてはいけない言葉をきかれてしまったようだ。
彼女はたったまま俺を白い目で見下ろしている。
そんな眼で見ないでもらいたい。興奮しちゃうじゃないか……。
「今なんとおっしゃいました? スペイン語……相手はディアス選手ですよね」
ポルトガル語とスペイン語は近いのでブラジル人のディアスとも会話らしいことはできる。お互いにゆっくり喋れば。仕事が仕事なのでスペイン語については自主学習していた。
俺はごまかすためにタブレットを手にとった。
スロー再生する。俺とディアスが浮いたボールを追いかけ、俺が先に飛び、それを妨害するような形でディアスがその軌道に入った(俺が落ちていくと観客たちが間延びした悲鳴をあげる)。
うーん、やはり100%俺の自業自得というわけではない。だがディアスのプレーがダーティであるわけでもない。
それでもだ。頭から落下しかけた俺をかばってくれたことは疑いようのない事実。あわや惨事という事態に主審が笛を鳴らし試合を止めた。
両チームの選手にカードがでたわけでもない。
ましてや得点が入ったわけでもない。
だがこの事故で試合の流れが一変してしまったことは確かだ。
今さらこの事件について直接ディアスと話をする気にはなれない。もう終わった話だから。この関係性をシサに理解してもらえるかはわからない。前時代的だがこれは『男の世界』だ。奴との勝負が終わったのだからもう遺恨は残っていない。
事件発生直後、俺自身の感情を分析したら……そうだな、恐怖が30%、不安が40%、そして憤激が30%といったところだっただろうか。
憤激--つまり俺は怒っていた。
「俺はおまえが嫌いになったんだよね。逆ギレだよ。命助けられたのにおまえが憎かった」
『リュウジはそういう顔をしていたね』
「俺がおまえの立場だったら良かった。相手を選手を助ける英雄的行動をとれたら良かったのに」
『……リュウジはそういう性格してるもんね。試合中観察してそう思ってたよ。15なのに味方に遠慮してなかったでしょ?』
俺は強いストレスに苛まれていた。
決勝戦のプレッシャー、
成果をあげられない大会、
そして相手選手に救助された事実。
あの苦しすぎるゲームのことを思えば、なにもしていない今は天国にいるみたいに快適だ。
同年代の女の子が隣にいる環境を思えば贅沢極まりない身分である。
シサが俺の腰に自分の腰をぶつけ、ソファの隣に無理矢理座りこんだ。
良い匂いがする。どこのメーカーのボディソープを使っているのだろう。
シサに右手を優しくつかまれ--それでもスマホをとりあげられたことには変わりがない。タブレットをもちあげ操作する。試合が前半27分から再開される。
「ここからはもう目が離せないね。疾風怒濤の展開だよ。シュトゥルム・ウント・ドラングだよ」
なぜかドイツ語に訳す俺。
「わかっています。この試合なんてもう10回は観てますから」
「そうですか」
流石に飽きると思うんだけれど。
「今日は私と話をするために会っていることを忘れないでください。続けてかまいませんね?」
「ごめんね。一緒に試合観るって同意しておいてあれだけど、見たくないシーンをごまかすために電話したの。普通の人間は自分が死にかけたところなんて眼にしたくないんだよ」
それってホラーじゃないか。
スマホを見る。まだ通話は打ち切っていない。
ディアスが地球の裏から喚いているようだが返事をしてあげられない。
「どうしてこんなことがあったのに、試合に出続けたんですか?」
画面上でフィールドから起き上がった俺を見ながらシサは言った。
「俺しかいないと思ったからだ。ウィングの2人は点を獲っていたけれど疲労が色濃かったから。疲労が色濃い。イロコイ族」
俺のギャグはシサに無視された。完璧に。
「清水さんと河田さんですね。確かに決勝戦ではあまりチャンスをつくれていなかったでしょうか……」
決勝戦では本来の実力の9割5分しか発揮できていなかった。
「それでも先発で使ったのは、ブラジルのディフェンスが大会5点の2人を無条件で警戒するからだ。実際の実力よりも点を獲っているという事前情報のほうが重要」
「日本の両翼が警戒されるからこそリュウジ君が今度こそ点を獲る機会が生まれるはずだと」
「そういうこと。だから俺は残されたんだと思う」
あんなことがあっても出場続行が許された。
試合勘の差もある。他のセンターフォワードに適性がある選手を先発で使いにくかったわけだ。
「俺の性格の悪さも加味されたんだろう。他の奴らが同じ目に遭ったらさ、ディアスに対して遠慮しまくっていたはずさ。センターフォワードってやっぱ性格が悪くないとできないんだよね。やっぱ性格ってサッカーに出るよ」
「リュウジ君の性格……」
「俺って基本的にクズだから。相手が思っていることを推測してさ、相手が嫌がることをするのがアタッカーの仕事なんだよ。性格がいい奴はFWにはなれないね」
そう言うと俺はスマホをつかみ直した。またディアスと話をする。
「どう? 代表拒否で有名なおまえの父親はどう思ってた? 自分の息子がよりにもよってセンターバックやってさ」
『やっとでた。なにがあったのかと思ったよ……。父は--褒めてくれたよ。『自分の意志で決めたのなら尊重するよ』と」
「……あんたの父親が全盛期でも俺はゴールを奪う自信があるよ」
デカいことを口にしてしまった。うーん、あの大男を相手にするのはどんな選手にとっても厳しいもんなのだが。奴はオリンピック級のアスリートだった。
俺よりも20センチ弱大きいDFだ。相手にしてみれば身長差がある分腕で押して止めるのは難しい--なんて具体的に対戦するシチュエーションを想像してみたり。
イスに背をあずけふんぞり返った姿勢のまま通話を続ける。
『リュウジらしい発言だね』
「公平に見て……おまえのほうが父親よりも厄介なセンターバックだった」
『俺の親父と対戦したことないでしょ? どこのクラブに所属してどれだけタイトルをかき集めているか知っているはずなのに……』
「俺は自信家なんだよ」
『まだ子供のくせに勝てるつもりでいるの?』
「そういう正論俺嫌いなんだよね。ディアスは金持ちの息子だからさ……なんだかんだ坊ちゃんだよね」
『急にどうしたの?』
「育ちがいいんだ。おまえがもっと嫌な奴なら……差別主義者で趣味が悪くて、態度がデカくて自己中で、ツラが悪くて友達がいないような奴だったら良かったんだけれどな」
俺はまた同じ話をしているだろうか?
「今日は代表のチームメイトたちも呼んでいるんだ。電話誰かと代わろうか?」
「それはいいよ」
「2年ぶりに全員集合してるんだよ。直接会って話をすることはいくらでもあったからね。あいつらの誰かと話したくない? 先月A代表に呼ばれたソウザとか……」
「ない」
俺は即答する。
学校の友達が集まって遊ぶのとは訳が違うだろうに。ブラジルの国土の大きさを考えると、どれほどディアス個人に人望があればチーム全員集合なんて無理難題をかなえることが可能なんだろう。金があればチャーター機で移動はできるが時間はかかってしまう。
うーんやっぱり人付き合いのいい奴だ。圧倒的陽キャ。近づきがたいオーラがある。俺はサッカーしか取り柄がない人間なので、サッカーが間に挟まらないとディアスとはコミュニケーションがとれないのだ。
俺は電話を切った。
シサは俺にキスをした。
熱いものが口のなかに入っていく。顎をこじ開けられ舌がはいっていくのを感じる。
シサを無理矢理引き剥がす。
あんなことを俺にした癖にシサは顔を赤くし、恥ずかしそうに視線をそらしている。
そうか、俺のセリフ--「俺のファンなんだよ。かわいい子でさ。爛れた毎日を送っているよ」--あれの意趣返しか。
「ど、どうです? リュウジ君が言ったことを実現してあげましたけれど……」
俺は床にとり落としてしまったスマホの無事を確認していた。
「とりあえず河岸を変えよう。試合の解説は人目があるところでしようね」
これ以上なにかされるリスクを負いたくはない。カラオケルームで男女があれやこれやなんて通報されて恥さらしになるのがお望みなのか。
「いいですね。この時間帯から活躍される--土屋さんがどういう選手なのか教えていただけますか?」
奇人という点においては目の前にいる少女よりも上かもしれない。
左IHの土屋はいわゆる『ファンタジスタ』だ。FWでもない選手に使うのは適当ではないかもしれないが、少なくとも俺の定義ではそうなる。奴こそが日本チーム最高の奇人。変態の一種。
--にしても土屋といいシサといい俺よりも奇行で目立つのはやめてもらいたい。
まるで俺が変人自慢しているだけのただの一般人のように思えてくるではないか。
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