第8話 痛恨①(前半24分)



(アンダー17ワールドカップ本大会の5年前、スペイン国内のスポーツ誌記事、現役引退したディアスの父親へのインタヴューより抜粋)


『37歳で引退した世界最高のDFはなぜ代表招集を断り続けたのか?』


 --ディアス選手は輝かしいキャリアを残して現役を引退されます。CLを2回制覇、スペインリーグとイングランドリーグでベストイレヴン、異なるクラブで2回3冠を獲得。イングランドではシーズンMVPを受賞しています。あなたのことを史上最高のセンターバックであると見做す解説者もいるほどです。


「いいか、あんた? 俺はバロンドール--世界最優秀選手に選出されたことは一度もない。最高順位は3位だ。リーガで3冠を獲りシーズン最少失点記録を更新したときも俺の順位は3位にすぎなかった。それがなぜだかわかるか? 俺が守りの選手だからだ。


 DFやGKはスーパースターにはなれない。なぜなら所詮後ろで相手の攻撃をふせぎ、前にいる選手にボールをつなぐだけの存在にすぎないからだ。チームの得点には直接関わらない。サポーターが喜ぶのはチームが得点を奪ったときで、ディフェンスが成功したときではない。


 そんなことはわかりきっている。なにせ守備が成功することはサッカーという競技にとって当たり前のことだからだ。だから守備は軽んじられる。俺たちがどんなに必死こいて守ってもそんなことは観ている一般人には理解できないからだ。


 俺たちは毎回のように決死のスライディングを決めたり、身体をぶつけてボールを奪ったり、相手のシュートに身体を投げ出して止めたりしているわけじゃない。わかるか? そんなリスキーな守備を繰り返しているようなチームは毎試合大量失点しちまうような脆いチームだ。


 本当の正しい守り方、失点が少ないチームっていうのはリスクの少ないやり方で守っている。観ている側が少しも怖く感じないやりかたでな。だがそれじゃ観客は『相手の攻撃の仕方がお粗末だ』、『あんな攻撃俺がピッチにいても止められる』そう思うわけだ。だからつまり--


 1番優れたDFやGKが感動をあたえる機会は実は少ない、ということだ。


 現に守りの選手に金銭的な価値は少ない。アタッカーに比べて後ろの選手に多額の移籍金を投資するクラブは少ない。知名度も薄い。そうだろ? サッカーを知らない人間だってメ○シやク○ロナの名前を知っているもんだ。だが俺の名前は奴らと比べたらマイナーもいいところだ。俺はあいつらとやりあって勝ってきたっつうのに……。


 DFのミスはいつもあげつらわれる。『あーあの選手。○○との試合でやらかしたあの間抜けか』って言われようだ。たった一つのパスミスで無能呼ばわりされる。そんなポジションがどこにある?


 試合を観ればわかる。ストライカーやMFのほうが手酷いミスをしているんだ。どんな名手もそうだ。ゴール前、たった数メートルのシュートを外す。それも無人のゴールの。シュートすべき状況で味方へのパスを選び決まらない。まったくお笑い沙汰だぜ?


 だが結局連中は笑いものにならない。なぜか? 得点を決められるからだ。挽回のチャンスが無限にあるのが攻撃の選手なんだ。アタッカーは試合中何度でもゴールのチャンスがあたえられる。ゴールやそれにつながるプレーがありさえすれば『ああやっぱりこいつはすげぇ選手だ。さっきのミスはなにかの誤りなんだ』ってなるわけだ。だがDFとGKにはそれがない。


 俺たちにはミスをあがなう手段がない。ほとんどな。


 だいたいな、サッカーは失敗のスポーツだ。両チームの選手全員がミスをしなければすべての試合は0対0で終わるんだ。そんなスポーツ誰が観る?


 DFとは99%の確率で成功するプレーを100%に近づける仕事なんだ。それでも100%にはならない。ミスは起こる。


 ディフェンスが犯した些細なミスを見逃さないのが優れたアタッカーだ。だから俺たちDFは全力を尽くしてミスをなくそうとするんだ。肉体の限界を越えた動き。頭を使って守る。経験も精神もなにもかもその日のゲームに賭ける。シーズン中の50試合以上すべてのゲームに。だがな、それでも負けることはある。


 いいんだよ、あんたらマスコミが叩こうとサポーターがブーイング浴びせようと。俺は古い人間だからSNSなんて自分でアップしてない。あれやっているのは雇ってるスタッフだよ。俺はファンサーヴィスなんてやらない人間だ。結局他人からの批評なんて耳に入れる価値はない。だがな……。


 チームメイトからの意見は別だ。あれは堪える。あれは……。なぁわかるか? 優勝したシーズンだった。リーグ戦は首位を独走した。カップ戦もCLも獲ったあの伝説的なシーズンだ。チームメイト--得点王を獲ったあのストライカーが俺になんて言ったかわかるか? 『なんであのとき失点につながるプレーをしたんだ? あの失点がなかったらシーズン無敗で終わったのに。余計な失点が多い。CLももっと圧倒的な内容で勝ち上がることができたはずだ』。ふざけるな。


 世界最高峰のコンペンションで最上の結果を手にしていながらより完璧なサッカーをしろと要求されたんだ。俺はどうすれば良かったんだ? これ以上いいプレーをしろだなんて俺には無理だ。ならおまえらFWがもっと守備に走り回っていれば俺の負担も軽くなるだろう。そんなこともわからないのか? 俺はキレて別のクラブに移籍した。プレミアに。そっちはまだマシな環境だったからな……。


 あんたもわかってるだろ? 。CLの決勝戦でセットプレーから逆転ゴールを決めたじゃない。6ポインターで足を攣りながら韓国人エースのドリブルを止めたじゃない。

 ブラジル代表でのことだよ。ワールドカップの南米予選、大一番のアルゼンチン戦、満員の大観衆、そこで俺がなにをしたか……。


 俺はビッグプレーを見せた。相方のセンターバックがFWに裏をとられ、俺が猛然と戻り、一か八かのスライディングタックル、倒されたFWがファウルを要求するも主審の笛は鳴らない。そこまでは良かった。


 ボールをもった俺が前を向いた。そこで相手がプレッシャーをかけた。俺はGKへのバックパスを選んだ。そいつは完全に死角に消えていたんだ。オフサイドになる位置、俺の背後からボールをかっさらいそのままゴールに流しこんだ。あれは……。


 チームメイトがなにか喚いているのはわかっていたんだ。だがスタジアムの歓声が俺の耳を潰していた。今でもあれが最善な選択だったと思っている。ゴールを決めたあいつが抜け目なかっただけだ。


 俺は敗戦の全責任を負わされた。ブラジルサッカーにとってアルゼンチン相手に公式戦で負ける以上の屈辱はない。そんなことは言うまでもない。俺はとてつもないバッシングに遭った。

 当時25歳だったな。経験が求められるセンターバックとしてはまだ若い俺に。俺は必要以上にセンシティヴになった。3日後にも南米予選はあったというのに、練習会場を抜け出し、代表チームを離脱し、そして関係者にこう告げたんだ。『もう二度とカナリア色のユニフォームを着ることはない』と。


 そもそもどうして世界中のサッカー選手たちはナショナルチームで活動しているんだろう? あんたは疑問に思ったことはないのか?


 巨万の富が手に入るクラブチームでの活動に比べ、代表チームでの活動で選手たちが得るものといったら--わずかな報奨金、知名度、名誉……そのくらいのものか? どれも俺には不要だ。


 レヴェルの高いチームメイトや環境で練習し試合をすることで実力が向上する? 冗談だろ? 代表チームなんかよりもクラブチームのほうがずっと強い。これは事実だ。

 生まれついた国籍で所属するチームが決まる各国の代表なんかよりも、各ポジションに適切な戦力を補強できるビッグクラブのほうが強いに決まっている。代表なんて所詮寄せ集め集団だ。


 俺はそれから12年間、代表招集を拒否し続けた。監督が新しくなるたびに説得を受けたよ。あるいは過去のレジェンド達と顔をあわせるたびにそれらしい言葉を浴びせかけられた。懇願され泣き落とされ脅されたさ。

 だが俺には無理だ。あの試合で俺を笑い嘲り罵倒したあいつら--同じ国の奴らが……数万人の同胞が直接面と向かって脅迫されたあの瞬間、俺はセレソンを捨てたんだ。


 そしてそれは正しかった。

 代表ウィークの旅に大陸間を旅客機で移動する必要もなくなった。時差で体調を崩すこともない。金にならない代表戦で怪我をする心配もないわけだ。全盛期の状態でプレーできる期間がずっと延びたはずだぜ。俺だけ合法的なドーピングをしてサッカーをやっていたようなもんだ。

 クラブの人間も俺の選択を喜んでいたと思う。代表を引退して選手としての価値は上がったんだ。


 代表引退を早める選手なんてそう珍しくはない。ペ○もクラ○フも三十路になるまえに身を引いているじゃないか。

 俺はまだ25だった? ……まぁな、俺は確かに裏切り者だった。

 同年代のブラジル人選手達がナショナルチームで四苦八苦している間、俺はクラブでトレーニングを続けるかバカンスを楽しんでいた。

 ワールドカップね。興味がないといえば嘘になる。試合は観ていたよ。だが俺には関係のない大会だ。


 俺はプロの選手だ。金を稼ぐためにトレーニングして試合に出ていたんだ。金にならない試合には参加しない。

 ワールドカップがもっともメジャーなスポーツ大会だってことは理解しているさ。CLよりも商業的な規模は大きい。あれよりも大きな大会といえば夏季オリンピックくらいしかないんじゃないか? NFLのスーパーボールが同じくらいだときくが胡散臭いもんだ……。


 俺は現役中ずっとバッシングを受けていた。ビッグゲームに勝つたびに『ディアスが代表のスタメンに加わればブラジル代表はダントツの優勝候補だ』ってな。だがそれは無理な話だ。

 自宅には警備員が常駐しているがそれでもワールドカップやコパ・アメリカで敗退するたびに輩が石を投げたり火を点けようとしてきたもんだ。俺を含め家族もボディガードをつけないと外出できない。まぁシーズン中は俺がプレーしている国にいたからそんなには気にならなかったが。


 俺はおそらく国で一番嫌われている人間だったろうな。政治家を除けば確実にそうだ。

 俺自身は他人からどう思われようと気にしない。サッカーは商売で効率良く金を稼ぐための道具にすぎなかったからだ。サウジではたんまり稼がせてもらったよ。それこそ小さな国が買えるくらいの額は貯めこませてもらった。


 俺には一人、息子がいるんだ。サッカーをやっている。今10歳でね。どうやら才能があるみたいでな。


 もしかしたらプロにだってなれるかもしれない。


 もしかしたら代表選手にだって選ばれる可能性もあるかもしれん。


 仮にそうなったとしたら、俺は息子が代表チームで活動することは止めない。

 俺は子供を束縛する気はない。自由に生きて欲しい。俺は中学までしか通ってないし、最低限高校は卒業して、大学教育も受けてもらいたい。でもそれは親の都合ってもんだ。あのかわいい子がなにかやりたいっていうならいくらでも金銭的に都合はつけられる……。


 だが一つだけ守ってもらいたいことがあるとしたら--センターバック(ザゲイロ)だけはやるな。あのポジションはこの世の地獄だぞ。……それについてはもう伝えてあるんだが」

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