決勝戦・前半
第2話 直前(入場からキックオフまで)
アンダー17ワールドカップ・アメリカ本大会
ブラジル代表のここまでの成績
グループリーグE
第1戦 ブラジル2ー2オーストラリア
第2戦 ブラジル2-1コートジボワール
第3戦 ブラジル4ー0スイス
(グループリーグE首位通過)
決勝トーナメント
ベスト16 ブラジル2-2イングランド PK(5-3)
ベスト8 ブラジル1-0アルゼンチン
準決勝 ブラジル1-1オランダ PK(5-4)
6試合12得点6失点
--決勝 日本-ブラジル(試合前)
会場に大音量でFIFAのアンセムが流れ始める。
俺はこれまでどおりチームの列の最後尾に並んで入場した。
場所はアメリカ合衆国、フィラデルフィア。リンカーン・フィナンシャル・フィールド。観客席の入りは8割ほどか。座席数は7万弱のドデカいスタジアムだ。サッカーとアメリカンフットボールの兼用競技場。日本ではこれほど大勢の観客の前でプレーしたことはなかった。
地元のアメリカ代表はベスト8ですでに敗退しているが、ここまで映像や会場で観た限り客の入りは悪くなかった。良いプレーにはちゃんと歓声が、手酷いファールにはブーイングが上がる。会場の空気は日本の選手たちの背中を押してくれた。アメリカと同じくサッカー新興国である日本が大会を勝ち上がっていくことが彼らの歓心を得たらしい。
いまやあのリ◯ネル・メ◯シがいる国だ。もともとスポーツ好きの国民性ということもある。合衆国がサッカーの国になる日もそう遠くはない。そういう空気を感じながらこの一ヶ月間弱、アメリカの東海岸に滞在していた。試合が開催された都市はニューヨーク、ボストン、アトランタなどなど。
すでに興奮している観衆たちの絶叫を全身に浴びながら選手たちは入場する。国歌斉唱。7度目の君が代を口ずさむ。スタメンの11人の1人として。今日こそ役割を果たしてみせる。
続いてブラジル国歌。彼らのほうがより大きな声で熱唱していた。ワールドカップ五回の優勝を誇る強豪国はチームの一体感も強い。ユニフォームはいつももの上が
日本のユニフォームも同じくホーム仕様、上は濃い青(--ジャパンブルーを基調とし凝った意匠が描かれたもの)、下は白を身にまとっていた。俺にはファッションセンスというものがないので、このデザインの優劣については語れない。
だが一つ断言できることは、あるスポーツチームが他を圧するほど強いのならば、彼ら彼女らが身につけているユニフォームは自動的にかっこ良く見えるはずだ。
俺がこのチームを勝たせる。その覚悟をしてこの国へきたはずだ。今日一日で挽回してみせる。今日だけは俺のゴールで勝利をつかみとってみせる。
スタンドにいる日本代表のサポーター、ブラジル代表のサポーターはそれぞれ1割程度か。
握手を済ませ、両チームはそれぞれの陣地に散っていく。
とても同じ年齢層とは思えないほど彼らは老け顔だった。とはいえもう7試合目なので相手が外国人ばかりなのにも慣れている。相手がデカかろうが速かろうが上手かろうがそんなことはどうでもいい。そんな奴らばかり倒してきて今さら怖じ気づくことなどない。
11人で円陣を組む。
日本のキャプテンをしている左サイドバックの選手が苦笑しながらこう言った。
「みんなビビってないな。心配の言葉をかけてやろうかと思ったのに杞憂だったみたいだ」
そんなもの必要ない、残りの10人の眼がそう言っている。
確かにブラジルは厳しい対戦相手だ。それでも今日倒せば道は開ける。
フル代表を含めサッカー日本代表チームが(アジアサッカー連盟主催の大会を除き)国際大会で優勝したことは一度もない。
今日勝てば歴史に名を残せる。一蹴りで未来を変えられるのだ。
ウォーミングアップのボールを外に蹴りだす。いよいよか。
俺はセンターサークルのなかでキックオフの時間を待つ。
日本のフォーメーションは4-3-3。4日前のフランス戦と同じメンバーだ。
ブラジル代表のメンバーも準決勝オランダ戦と変わらない。大会中怪我人が続出し苦戦しながら勝ち上がってきた。
順調なチームよりも苦戦して勝ち上がったチームのほうが相手としては嫌かもしれない。連中は優勝候補相手に2回の延長戦とPK戦を経験している。それだけに『勝ち方』というものを学習しているはずだ。
ブラジルにはエースがいる。
グループリーグ第1戦で怪我で途中交代しベスト8まで欠場していた背番号10が。
半年前にサンパウロFCでデビュー済みのソウザ、童顔の彼は復帰したベスト8のアルゼンチン戦、準決勝のオランダ戦で立て続けにゴールを決めている。『ポジションはトップ下だが得点力はFW並』という前評判を裏切らない活躍ぶりだ。爆発的な推進力、両足のミドルシュートとスルーパス、トップスピードでも劣化しない繊細なボールタッチ。数年後にはトップリーグでプレーしているかもしれない。
俺はFWなので直接対戦することは少ないだろう。それより問題は相手の守備システムだ。
4-3-1-2。
最終ラインが高い位置をとり、3人のボランチが豊富な運動量で高い位置からボールを刈りにいく。そこから手数をかけず2トップとトップ下のソウザで相手ゴールに襲いかかる。ブラジルらしいカウンター型のチームだ。ボール支配率はゆずってもチャンスの質では圧倒できる。2トップはそれぞれ1人で攻撃を完結できる個人技を有していた。
イメージはできている。
4バックとMFの判断を間違えないビルドアップ、相手のハイプレスをいなし、ウィングに配球。相手SBと1対1、そこから一気にゴールまで迫り、カットインからチャンスメイク、俺が抜け出してパスを受けシュートを狙う。
なによりブラジル代表は最終ラインに累積警告による欠場者がいる。ベストメンバーではないし連携にも穴があるはず。得点の期待値は高い。
ブラジルディフェンスにとってそして7試合1得点の俺への警戒心はほんのわずかに薄くなるはずだ。ここまで絶不調だったという前提を利用できる。
俺は独り言をつぶやいた。
「俺を救えるのは俺だけだ」
いつものようにポジティヴなイメージで試合開始を迎えることができている。
そう、世界一を決める決勝戦とはいえ、たかがゲームだ。最悪なプレーを繰り返しベンチに引っ込められたとしても命まではとられない。
このときの俺は知らなかった。
この日本代表対ブラジル代表の一戦が自分の競技人生においてワーストゲームにしてベストゲームとなることを。
人生において『最悪の瞬間』と『最高の瞬間』をこのピッチで経験するとは夢にも思っていなかった。
キックオフの笛がなった。右WGが軽く蹴ったボールを、俺は自陣のアンカーまで下げる。
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日本代表スターティングメンバー
清水(11) 音羽(15) WG
IH IH
AC
SB CB CB SB
GK
ブラジル代表スターティングメンバー
FW FW
ソウザ(10)
CH AC CH
SB CB CB SB
GK
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