日給三万円

扉を開けた先に広がる世界

[登場人物]

コダーマ学園設定より

鵜堂 楽:とある会社のバイト面接に来た学生

安城 佑綺:会社社長


[台本]

とあるオフィス。

佑綺「えー……と、鵜堂さんね。ここの求人はどこで知ったわけ?」

楽「あ、はい、バイト求人誌で。あの、日給三万円って本当ですか?」

佑綺「あぁ、そのぶん働いてもらうけれどね。どういう仕事か求人ちゃんと見た?」

楽「はい、お客さんから指定された人物の人生でなにがあったかを聞いて、それを本人の前で即興で一人で演じるって」

佑綺「そ、だからその場で即対応できる人材をウチの会社は求めてるわけ。誰でも彼でもほいほい採用しているわけじゃないから。じゃ、さっそく試験ね。赤ちゃんから、年寄りの声まで適当に演じて」

楽「は?」

佑綺「出来ないの?じゃ、不採……」

楽「ややややや、やりますよ! いきなり言われたからびっくりしただけです。そんなにすぐに始めることないでしょう?!」

佑綺「うち、即戦力求めてるから」

楽「俺、超ブラック企業に面接しに来ちゃったかも。この女社長、全然堅気の人に見えないし怖そうだし」

佑綺「あ゛~ん?」

楽「なんでもないですっ! やりますって! んんっ(咳払い)、ほぎゃあほぎゃあ、まんま、まんま」

佑綺「おぉ、すげーっ、そこに赤ん坊いるみたい!」

楽「おかあさーん、今日のごはんなーにー? えっ、ハンバーグ? やったぁ~!」

佑綺「はぁ~やるねぇ」

楽「この資料ですが、弊社はこのサービスを売りにしておりまして。はい、御社に大変魅力的な商品だと思います。いかがですか?」

佑綺「おぉっ、突然会議室に放り込まれたみたいだっ」

楽「母さぁ~ん、ビール取ってくれぇ。今日の煮物、うまいねぇ。この前、畑で取れた芋と人参入れたのかぁ?」

佑綺「まじか、熟年夫婦みてぇな貫禄が漂ってる!」

楽「あたたたた……。最近起きると腰が痛むのぉ……。ば、ばぁさん、湿布取ってくれんかぁ……」

佑綺「その声の潤いが無くなってヨボヨボになっている感じ、まさにジジィ……。くそっ、やべぇ、めっちゃこいつ芸達者じゃん」

楽「……どんな感じですか?採用ですか?」

佑綺「は?そんなんで採用するわけねーじゃん」

楽「えっ?! 俺のいまの演技見たでしょ!!」

佑綺「あぁ。すげぇよ。普通に感動したよ。でも、こっちは体ひとつでクライアントのところに行くわけ。相手がトラックの運転手やってたとか、町工場で働いていたって言ったら、そういう効果音も即興でやってもらいたいわけ」

楽「えぇ!?」

佑綺「あんなぁ、日給三万出すにはそれ相応の対価をこっちも求めてるわけ。あんたの履歴書にボイパ出来るって書いてるけど、適当にドラムの音を聞かせてよ。今度行く客にジャズドラマーの人がいるんだよ。流れるようなドラムラインを聞かせてくれたら最高なんだけれど」

楽「む、むちゃぶりにも程がありませんか?!」

佑綺「その分、こっちも高い日給払うってんじゃねぇか。出来ないならいいよ、はい不採……」

楽「待ってください! できますっ! やりますっ!! んんっ、ごほごほ。あっあっあっ、ボッツーカッツーボッツーカッツー、ツクツクツクツクツクツー、ドッドッドッ」

佑綺「うおっ、まじか。すげーじゃん。じゃあさ、銃声が火を噴くかんじって出来る? リボルバーあたりだと最高なんだけど」

楽「それくらい簡単っすよ。ボシュュュュューッ!」


ナレーション「一時間後」


佑綺「いいよ、あんた採用」

楽「本当ですかっ? やった、これで新発売のスマホが買える……」

佑綺「じゃあ、この契約書類に必要事項書いて」

文字を書く音。

楽「あの、社長さん。ひとつ聞いていいですか?」

佑綺「あんだよ」

楽「なんでこの仕事をしようと思ったんですか?」

佑綺「あぁ?そんなの聞いてどうすんだよ」

楽「あの、僕らこれから一応ビジネスパートナーになると思うんで、企業理念くらいは聞いてもいいかなって」

佑綺「……たいした話じゃねぇよ」

楽「なら、なおのこと聞かせてくださいよ」

佑綺「あたしさぁ、これまでろくな人生送ってねぇんだよ」

楽「まぁ、まっとうな人生は送ってなさそうですよね」

佑綺「うるせぇよ。不採用にすんぞ。で、電話使って可哀そうなお年寄りから孫のふりして金を巻き上げようとしたこともあったわけ」

楽「え? これもそういう……」

佑綺「ちげぇよ、最後まで聞けよ! いざ電話をかけたら繋がった先のババアが元気なのかとか、ちゃんと食べているのかとかやたら心配してきてさ、話してるうちにしらけちまって電話切ろうとしたんだよ。そしたら、まだ切らないでほしいって言いやがるんだよ、そのババア。で、あたしになんて言ったと思う?」

楽「えぇと、わかりません」

佑綺「あたしの声が死んだ娘にそっくりだから、頼むからもう少し声を聞かせてくれってさ。最初から詐欺だってわかっていたんだよ、そのババア。お金に困っているならたくさんあげるから話をしようってさ。馬鹿らしくなってすぐに電話を切って、その仕事もすぐやめちまったよ。そのあとさ、体の調子がすっげぇ悪いなって病院行ったら余命宣告されて入院したのは。ずっと病室の天井見てたら、あたしの人生なんだろって思ってさ。親もダチも来ねぇ、大した人生じゃなかった、あたしの人生は無駄だったなって」

楽「はぁ……」

佑綺「こんなあたしでも、弱気になって魔ってのが差しちまってさ。金を巻き上げようとしたババアにもう一回電話しちまったんだよ。バカだろ? びっくりされたけれど、あたしの話を聞いて慰めてくれたよ。で、電話を切る前にババアがさぁ、『こんな私でもあなたの役に立ててよかった。生きてきてよかった』って泣きやがったの。こっちの無駄話をただ聞いてもらっただけだぜ?あたしのろくでもない話を聞いて生きてきてよかった、なんて言われてみろよ。人生感が変わっちまうってもんだろ?」

楽「いい人に出会って良かったですねぇ」

佑綺「うるせぇよ。でまぁ、なんか知らねぇけどそのあと病気治っちゃってさ。世の中にはきっと死ぬ間際になって、あたしみたいに自分の人生後悔する奴がたくさんいるんじゃねぇかなって。あたしのクソみたいな人生と比べたら、あんたらは十分立派に生きてるよって話して聞かせたら、多少あと腐れなくあの世に旅立てるかもしれねぇと思ってこの会社立ち上げたわけ」

楽「俺、なんかいま、すっごいホワイト企業に採用された気になりました」

佑綺「あっ?! てめぇはまだ仕事をひとつもしてねぇだろ、バカ」

楽「あの、俺、これから一応あなたの下で働く社畜になるんですけれど。もう少し優しい言葉かけてくれませんか?」

佑綺「はっ、かけるかよ。使えなかったら即クビだからな」

楽「ひ、ひどい……。やっぱりブラック企業だ」

メールが届く音。

佑綺「おっ、さっそく仕事の依頼だ。なになに? 元テレビ局のアナウンサー? 相撲実況もしたことがあれば、競馬実況もしたこともある父の人生を語ってほしい? っかー、こいつは難しい仕事だな。おい、行くぞ!」

楽「えっ?! まだ書類が……」

佑綺「うちは即戦力求めてるって言ってんだろ! 時間は待ってくんねぇんだよ。行くぞっ!!」

楽「あっ、はい!」

扉が閉まる音。

(おわり)

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日給三万円 @sio_solt

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