第32話伯父さんの懸念、そしてたかしの心配事
「どうした一体、そっちで吸血鬼の知り合いでも出来たのか?」
「はい、同僚なんですが……なんというか、力の弱い吸血鬼というのはいるのかと思いまして」
「なるほどな。わざわざガンドライドに所属するくらいだから、その同僚は力をひた隠しにして生きていきたいわけではないのだろう……だが、たかし、お前に比べれば大抵の者は弱く見えるんじゃないか」
「ですが……そういった弱いというのとは少々違うような気がしていまして」
たかしからあたけの特徴を聞かされた伯父さんは電話の向こうで少し考えた後、こう答えた。
「まあ、私にもわからないことはたくさんある。お前の同僚についても、今のガンドライドが新規加入メンバーの能力をどう評価しているのかもな」
「伯父さんにもよくわからないんですか?」
「ああ、吸血鬼の力の多くを失った私は戦うことからはだいぶ遠ざかってしまったからな。ただ、お前の同僚について一つ言っておくと、何らかの理由で吸血衝動が抑えられていて血を吸うことが出来ていない可能性はあるかもしれん」
「はい」
「吸血鬼にとって血を吸うという経験は鳥が巣から飛び立つようなものだ。その肉体の力は巣にいた時よりも強くそして大きくなり、その精神は大空を羽ばたくかのような高揚感に包まれる。もちろん、個人差はあるがな」
「……はい」
「だが、それは決して良いことばかりではない。巣の外は危険で、羽ばたき続けるためには常に血を吸わねばならないという呪いに縛られるということだ。一度でも血を口にすればもう完全に逃れることは出来ないし、その反動は通常の飢餓感などとは比べものにならない」
伯父さんの言葉を聞いて、たかしの中で後悔のような感情がずきりと生まれては消えていった。
伯父さんは続ける。
「……たかし、その同僚のことで深入りするのは止めておけ。特に誰を吸血するだのしないだのと口出しするような真似は禁物だ。それは吸血鬼同士の争いの火種になりかねないことなんだ」
「わかりました」
たかしは素直に返事をする。
伯父さんは優しく、そして厳しい人だ。
だが、優しいからこそ時に厳しく突き放すこともあるということをたかしは知っている。
伯父さんは暗に切り捨てろとたかしに言っているのだ。
だが、たかしにとってあたけは同僚であり、部下であるという以上に唯一と言っていい対等に話せる友人なのだ。
あまり性格のいい奴とは言えないが、見捨ててしまうのはたかしにとっては辛いことであった。
「ありがとうございます、伯父さん」
「……いや、ああ」
あたけの力になれることがあるのならば力になりたいと思う一方で、たかしにはどうしていいかわからずにいた。
(俺に何ができるだろうか……)
たかしがあたけに対して出来るのは彼の相談に乗ってやることぐらいだろう。
それでも何とかせねばとたかしは電話口の前で思いをめぐらせる。
そんなたかしの思いを知ってか知らずか、伯父さんはまるで世間話のように別の話題を切りだしてきた。
「まあそれはいいとして……たかし、お前は最近、私の娘に連絡を寄こしてないな?」
「……」
「…………」
「……え?ええっ!!?し、してます!してますよ!?昨日だってちゃんと……」
伯父さんの声のトーンが急に下がったことに驚き、たかしは思わず声が裏返ってしまう一方で、伯父さんはたかしの反応に安堵していた。
地下室の一件以来、甥っ子がどこか遠い所に行ってしまったような気持ちがあったからだ。
「本当か?」
「はい!本当です!」
「本当にか?」
「誓って本当です!」
伯父さんは少し意地悪そうな口調でたかしをからかうように言う。
「ならお前はあの子が嘘をついていると言いたいのか?」
「え!い、いや、そういうわけでは……違うんですよ!何というかこう、互いのすれ違いのような?そう、すれ違いがあったような、俺自身にも至らない点があることは否定しないのですが……」
「それで?」
「も、申し訳ございません。彼女が連絡が足りないというのなら、ええと、やはり俺に否があったのだと思います。ですので、もう、も、もう一度、彼女に連絡してみます!今すぐ!」
たかしの頭の中では色々な思いがぐるぐると渦巻く、自分がうまく立ち回れているのかどうかもよくわからないまま、何とか伯父さんの機嫌が治ってくれればと懸命になって言葉を続けた。
慌てふためくたかしの弁解を聞いた伯父さんの声色はなんとも明るく楽しそうなものだった。
「ははは、まあ、お前の言い分の方が正しいんだろうな。では後で連絡してやってくれ、ごちゃごちゃとうるさいからな」
「ええっ?」
「なんでもない。また、近いうちに会おう」
「は、はい!では失礼致します!」
おじさんとの電話を終えたたかしは大きく深呼吸すると、にこりと完璧な笑顔を浮かべながら従姉妹の番号をタップした。
電話口から彼女の沈んだ声が聞こえてくる。
「ごめん、伯父さんに叱られちゃったよ」
それでもたかしがまるで花に水をやるかのように優しく囁いてやれば、従姉妹はいつもの調子を取り戻し、いつものように話し始めた。
今度は海外に行きたいという従姉妹の話を聞いている間、たかしはずっと上の空で、彼の心は鳥のように自由に羽ばたいていくのであった。
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