第12話伯父さんの秘密、たかしの内緒
地下室の一件から数か月後、たかしが屋敷に来てから一年が経とうとしていた。
結論から言えば、その後のたかしはあまり変わらないように見えた。
外見的には少し色白になり、顕著なものとしては牙が伸びた、とせいぜいその程度の変化だ。
しかし、たかしの牙は純血の吸血鬼とは異なり自由に収納することができなかったので、牙を隠すように笑うことが癖になっているように見えた。
そして彼は傲慢な性格をのぞかせるようになったが、そんなことはたかしの年齢的に仕方のないものであり、そもそも自分の若い頃や彼の母親に比べると遥かに大人しい方だと伯父さんは思った。
(たった一年足らずで……なんという才能だ……これほどの力を持つ者があの時、一人でもいてくれれば結果は変わっていただろうに……)
たかし本人に直接言うようなことはしなかったが、たかしはまさしく規格外で彼の力は伯父さんが知る中でも最強の吸血鬼を明らかに凌駕するものとなっていた。
「ふぅ……」
伯父さんは深いため息をつくと、黒光りする獅子の彫刻に彩られた黒檀のベッドに体を預け、天井を眺める。
(……お前に嫌われても仕方ないな)
しばらく見ていると天井の染みがまるで人間の顔のように見えた。その表情はどこか悲しげで、自分のことを責めているように感じた。
全てはたかしのため、そして自分のためだ。
伯父さんは甥を施設に預けた後も、ずっと監視を送り続けていた。
妹の仇を取りたいという気持ち、そして自分の力を奪い去った者への復讐心。それが彼を突き動かしていた。
「たかしだってきっと怒るだろう……」
伯父さんは天井の顔を見つめたまま、ぽつりと呟く。
たかしがまだ小さい頃、彼の周囲で次々と不幸が続いたのも、美しい彼を人間の邪な気持ちから守るためのものだったのだ。
人々が大怪我を負ったのも、教師を自殺に追いやったのも、仕事を首にさせたのも、そして眠ったままの力を無理やりに開花させようとしたことも、すべてはたかしのためなのだ。
誇り高き血族として、我々は偉大な存在であらねばならない。
甥が無能な人間として生きていると聞かされて最初は愕然とした。自分の手で殺してやろうとすら思った。
死にたい。
だが、妹の面影が残る青年にそう告げられた時、悲しみで胸が張り裂けそうになった。
伯父さんは目を閉じる。
まぶたの裏に浮かぶ妹の顔はもう長いこと笑ってはいない。
自分がしていたことが正しいのか、間違っていたのか、もう彼にはわからない。
だが、我々は人間とは違うのだ。
吸血鬼としてたかしはこれから先、数多の存在を従えて、数々の偉業を成し遂げられるはずなのだ。
そうすればいつかまた……。
そこまで考えると、彼の意識は闇の中へと溶けて行った。
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「ねぇ、たかし……パパにバレないようにしてよ……絶対殺されちゃうから……」
「あの伯父さんが俺のこと殺すわけないだろ」
たかしは従姉妹の髪を撫でながら、彼女の言葉を軽く笑い飛ばす。
いつの間にかたかしと伯父さんの娘は肌を重ね、二人は互いの温もりを感じながら愛を囁き合う関係になっていた。
たかしは自惚れが顔をのぞかせるようになっていたが、それでも彼は伯父さんのことを慕い、尊敬し続けているようだった。
「でも……」
たかしは唇を重ね、従姉妹の言葉を遮る。
それは愛情を確かめるための行為というよりは、互いの生存を確認する儀式のようなものだ。
従姉妹はたかしの知らない伯父さんの恐ろしさをよく知っているようだった。
「……油断しない方がいいって……もしあんたが私のことを裏切ったら、パパは絶対にあんたのこと殺そうとするから……」
「んなこと……」
「あるってば!!だって、ほら!!」
従姉妹は怯えた顔を見せながら、たかしの背後を指さす。
「えっ、ちょっ!嘘だろ?!」
慌ててシーツから上半身を起こすと、そこには予想に反して何もなかった。呆然としていると背後から従姉妹のくすくすという笑い声が聞こえてくる。
「ほーら、めっちゃびびってんじゃん」
「……別にびびってねーよ」
「……」
「……」
「……ねえ、たかしって来週から働き始めるんだよね?」
「ああ……」
「仕事が落ち着いたら絶対迎えにきてよ」
「当たり前だろ」
「連絡は毎日すること!電話もメールもするから」
「わかったよ」
「ちゃんと約束してよ」
「約束する」
「……私のこと裏切ったらパパが怒るから」
「……わかってるよ」
「うん……なら今日はもっと優しくして」
二人は体を寄せ合い、互いの存在を確かめ合う。
従姉妹は名残惜しそうな表情を浮かべながら、たかしの首筋に牙を立てる。なぜなら二人は吸血鬼だから。
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