第7話二度目の口づけ

「はぁ……」


従姉妹は頬杖をつくと、たかしの顔を見つめながら感心したようなため息を漏らす。

少し開いた彼女の唇から、真っ白な牙が覗いているのがわかった。


人間の歯とは明らかに異なるものだ。


(本当に……吸血鬼なんだ……)


やっぱり自分は吸血鬼の住処にいるのか。

たかしは改めて不思議な気分になりながら、目の前の湯呑みを見やる。


従姉妹の口から少しかすれた声の呟きが聞こえる。


「ああ……かっこいい……まるで王子様みたい……」

「え、いや、はは……そんな……おきれいで……」


「ははは、おいこら……」


伯父さんは軽く咳払いをすると、お茶を口に含んだ。


そんな伯父さんの様子などお構いなしといった感じで従姉妹は身を乗り出し、たかしの目をじっと見据えてくる。


伯父さんが居なければ今にでも飛び掛かってきそうな勢いだ。


「ねえ……たかしさん……私のこと、どう思う?」

「ど、どうって……」

「ストップ!ストップ!そこまで!」


伯父さんは従姉妹を押しとどめると、困り果てた様子で娘の顔を見る。どうやらたかしに対する娘の反応が全くの予想外だったらしい。


「お前……もっと他に言うことがあるだろう」


「……別にぃ……。ただ、ちょっと聞いてみただけじゃん」

「その……なんだ。もっと落ち着いて話したかったんだが……たかしくん。早いところ本題に入った方がいいか」


「は、はい……」

「君に見せたかったものというのは、君が私の親類であり、そして君が吸血鬼の血を引いているという証拠だ」


伯父さんはそう言って立ち上がり部屋の隅にある押し入れを開ける。

しかし、やがてバツが悪そうに頭を掻いた。そこには様々なものが入っていたが、お目当てのものはなかったようだ。


「すまない、この部屋じゃなかったな。何をやってるんだか」

「え?」

「悪いが、ちょっと待っててくれ……」

「あ、はい……」


「おい、たかしくんを困らせるなよ!」

「……うん」


伯父さんは従姉妹に釘を刺し、小走りで廊下へと消えていく。

取り残された二人は顔を合わせると、お互いに気まずそうに目をそらした。


「……ごめんなさい……」

「い、いえ……」

「……あの……私……変な人じゃないから……」

「え?」

「……えっと……」


「……お、俺、あなたの従兄弟で半吸血鬼らしいです……なんか変な感じですけど……」


「あ、あの……たかしさん、手を見せてもらっていいですか?」

「え?」

「……だめ?」

「あ、はい……どうぞ」


「……ありがとうございます。う、うわぁ……」


従姉妹は湯呑みを置き、ゆっくりと立ち上がるとたかしの手を取る。

白くてほっそりとした指がたかしの手の指の形を一本一本を確かめるように這いまわる。


「きれいっ!」

「え?」

「肌も滑らかですべすべしてる!それに爪まできれいだなんて……指も長くてすごく整ってる……」

「あ、ありがとうございます……あ、あはは……」


たかしは悪い気がしなかった。

彼は照れ笑いを浮かべ、従姉妹のしたいようにさせる。


「……それにほら!手のおっきさだってぜんぜん違う!」


従姉妹はたかしの腕に手を絡ませてきたかと思うと、そのままたかしの胸元に頭を寄せて彼を見上げる。その瞳は妖しく輝き、彼女の吐息はどこか甘く感じられた。


「あ……あはは……あの……ちょ、ちょっと……」


「……たかしさんって恋人いるの?」

「え、や、俺は……その、何も……いないですよ……」

「えー……絶対嘘だぁー……かっこよすぎるもん……」

「はは、いやそんな……」


「ねえ……こっち見てよ」

「え……うっ!?」


従姉妹はたかしの首に腕を回したかと思うと、彼の顔を自分の方に引き寄せた。

彼女の息遣いがすぐそばから感じられる。


「あのさ……お願いがあるんだけど……」

「はっ、はい」

「キスしていい?」

「へっ?!」

「いいよね」

「えっ、あっ、あのっ、そのっ……」

「いいの?」

「えっと、ええ……ど、どうぞ」

「ありがと」


従姉妹の顔が近づいてくる。心臓が高鳴った。

唇が重なり、舌先が絡み合う。


これでたかしのキスは二回目だ。

初めては小学5年生の時、担任の女だった。


それは奇妙な思い出でしかないが、今のたかしは従姉妹の行為を素直に受け入れることができた。


「ん……」


彼女の唇の端からとろけるような甘い声が漏れ出した。

胸元に預けられた細い肢体がびくりと震える。


やがて唇が離れると、彼女はたかしの首筋に顔を埋めた。


「ふぅ……」

「……あ、あの……大丈夫……ですか?」


「ごめんね……嫌だった?」

「え……い、いや、そんなことないですよ!」


「よかった……じゃあさ、もう一回しちゃおっか」

「え、いや……ええと……」

「いいでしょ?」

「あ、はい……」


従姉妹は再びたかしの首に抱きつくと、頭を押さえつけながら再び唇を重ねてくる。しばらくすると従姉妹は素早く身を翻し、たかしの体から離れて座布団の上に座り直した。


伯父さんが戻ってきたようだ。


「待たせたな……」

「は、はい……」


「あ、パパ、おかえり~」


吸血鬼たちは耳がいいのか、あるいは鼻がいいのか、伯父さんには二人が何をしていたかわかっていたようで眉間には深い皺が刻まれている。


「まったく……たかしくんを困らせるなと言ったろ……」


「えー、でも、ちゃんと許可はとったし……」

「私はそういう話をしてるんじゃない」


伯父さんは湯呑みを一気に煽ると、大きなため息をつく。

そして、座卓の上に透明な液体の入った瓶と一冊のアルバムを置くと座椅子に腰を下ろす。


「……これは?」

「まずはアルバムを見てくれ。そこに君の母さんの写真があるはずだ。赤ん坊の頃の君の写真もな」

「ええっ、あ、はい……」


たかしは自分の生まれた時の姿を想像しながら、伯父さんが持って来てくれたアルバムを開く。

そこには小さな自分が写っていた。赤ん坊なのに髪の毛がふさふさとしており、手足は短い。そして自分は笑っているように見えた。


「これが俺ですか?」

「ああ」

「なんか……変な感じですね」

「はは、そうだろうな」


「……」

「……まあ、とりあえず次のページを見てくれ。……少しばかり刺激が強いかもしれんが、我慢して欲しい」

「?……はい」


たかしは次のページをめくる。


そこにはプールサイドで一人の女性がプレロスラーのようなマスクを被り、うつ伏せになっている長髪の美青年にキャメルクラッチを仕掛けている写真があった。


美青年の顔は苦痛に歪んでいるものの頬は紅潮しておりどこか嬉しそうだ。

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