第13話自警団ジャック(2)
俺はケガをした腕を庇いながら、コック帽をかぶった店主の前に出た。
「いらっしゃい。おやおや、ケガをしているようだ。そうだ、お客さん、食べていきなよ。ちょうど、今、ワンプレートのフルコースがあるんだ」
正直、腹が減っていた。
もう、どうにでもなれ。
そうして店主が勧めるように、俺は諦めの境地で開いた扉の中へ入った。
不思議だ。
まるで人間の住まいのように中は温かい。
俺は店主を見た。
「さあ、ここへ座って」
店主は椅子を引き、俺に席へ座る様に促した。
俺は黙ってその席へ座る。
テーブルにはプレートに乗った料理が出てきた。
店主はオリーブの実をつかった肉だ、魚だ、オリーブの実だ……などと、なんだか、わけのわからないことを言っていたが、俺は話も聞かず、ガツガツと食った。
食った、食った。
上手かった。
そうして食べている間に、店主が腕の傷を見ていた。
「お客さん、これは魔物にやられたのかい?」
俺は口に一杯食べ物を入れながら頷いた。
「そうかい。そのネックレスは、自警団の……」
なぜかわからないが、俺はこの男に正直に話していた。
「たぶん、これが俺の最後の仕事になる。だから、どうしても、奴を倒したい。一時でもいい、あの頃の俺に戻れたら……、一人でつっぱしるのも止める。本当はわかっていたんだ。俺自身気づいていた。昔のように俊敏じゃなくなった。動きは鈍くなり、視界も狭くなった。判断力も遅い。だが、認めるのが嫌だった。仲間に置いて行かれるような気がしたからだ。しかし、こうしてケガをして仲間の足をひっぱり、引退する覚悟ができた。だが、この仕事だけは最後までやり遂げたい。どうしても」
「そうか」
店主は俺が食べた皿を下げながら言う。
「全部食べてくれたんだね。このオリーブの実には若返り効果があるから、わずかな時間だけど、魔物退治の時間ぐらいはお客さんの希望通りに動けるよ」
「俺をバカにしているのか? 料理を食べて若返るなど聞いたことはない」
「まあ、試してみよ」
軽く店主が言った。
「俺はこうして仲間たちと逸れた。それに、あの魔物もすでに森の奥に逃げ込んだだろう。もう探し当てることも無理だ――。全部俺のせいだ」
店主は笑って俺に言った。
「間に合うって」
その笑顔を見ていると不思議とまだ間に合うような気がした。
すると、いつしか、元の森にいた。
なんと、木々の向こうに、あの熊の魔物が見えた。
近くに仲間たちがいるのも匂いで分かる。
視覚、嗅覚、聴覚、すべての感覚が研ぎ澄まされている。
俺は、仲間を呼んだ。
「おい! ここにいるぞ! みんな!」
俺に気づいた魔物の大熊は襲い掛かって来た。鋭い爪で、俺をひっかこうとするが、俺は後ろへ下がった。
動ける、軽い、俊敏だ。
あの店主の料理を食べたからか?
腕のケガをみた、治っている。しかも、腕の毛もつやつやとしていて、まるで若い頃の様だ。
「ジャック! 無事だったのか」
「ああ、それよりも、奴だ」
「よし、みんな取り掛かれ」
そうして熊を取り囲み、無事に討伐に成功した。
※※※
俺は自警団を引退して、牧草地にいた。
「ジャックの働きはどうですか?」
相棒だったアントニオがこうして牧草地のオーナーの元へ、俺の様子を見にやってきた。
「よく働いてくれるよ。さすが、もと自警団にいた子だね。聞き分けもいいし、俺の言葉も理解してくれるよ」
俺の頭をオーナーがなでてくれる。
俺は尻尾をふった。
牧羊犬として、俺は第二の人生を楽しんでいる。
悔いは残っていない。
あのオリーブなんとかという料理を食べて、俺は最後の大仕事を成し遂げたからだ。
しかし、人間とも魔物ともわからない、不思議な店主だったな……。
「ジャック、手伝ってやれ」
オーナーに言われて、俺は駆けだした。
まだひよっ子の羊飼い、馬に乗ったオーナーの娘の元へ手伝いに行く。
青空の下、俺は羊を囲むように吠えながら走る。
「ワンワンワン!」
おわり
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