第11話牧師フランクと少年トラッシュ(2)
大きな白い皿に赤く焦げ目がついたロブスターを見るとキラキラした顔でトラッシュが声をあげる。
「うわぁ、すごくおいしそう」
「いただきましょう」
フランク牧師が胸の前で十字を切ると、トラッシュもマネをする。
ジャラ……、と鎖の音が鳴る。
トラッシュは鎖でつながれた手で、ロブスターにかぶり付いた。
ガシ――。
ロブスターを
「トラッシュ、殻ごと食べるより、こうすると食べやすいです」
フランク牧師は自分のロブスターをハサミで割って、トラッシュの前の皿に置いた。
その様子を横目で見ていた女が、
「ねぇ、信じられない。あの子、殻のままでロブスター噛り付いたわよ」
「貧乏人なら食べ方も知らないだろう」
男はメニューを見ながら言った。
「ねぇ、みて。今度はフィンガーボールの水を飲んでいるわよ、あの子。信じられない」
男はせっかくメニューを見ているのに、うるさい女だと思いながら顔をあげた。
窓際の席にいる若い男が、嬉し気にロブスターを食べていた。
正面に座る牧師も嬉しそうな表情をしている。
だが、すぐに気が付いた。
ロブスターを持つ少年の両手には鉄の鎖があり、よく見れば足元にも鉄の鎖がついていた。
「おい、あれは……、囚人だろう。どうしてこんなところに囚人がいるんだ!?」
男は、メニューをテーブルに叩きつけ立ち上がった。
「しかもアイツは死刑囚のトラッシュ・レザーだ! 脱走してきたのか、どうなんだ!」
その言葉にトラッシュは身を縮めた。
「やめてください。トラッシュは脱走などしていません」
フランク牧師の言葉に、男は唾を飛ばしながら指を指す。
「じゃ、どうしてこんなところに死刑囚がいるんだ。お前が脱走を手引きしたのか。死刑囚と交流を持って情が移ったんだろう。だがな、騙されるなよ。こんな幼い顔をしていても、女ばかりを五人も殺した男だ」
「え? あの子が、売春婦を五人も殺した連続殺人鬼なの!?」
女性は驚きの表情でトラッシュをみた。
その視線にトラッシュはうつむいた。
庇うようにフランク牧師が立ち上がる。
「そうです。しかし、トラッシュは幼いころからまともに教育も受けられず、誰からも優しい手を差し伸べられたことがありませんでした」
「それがどうした。新聞で読んだぞ。そいつの幼少期のことが書かれた記事を。母親は夜の街で客をとり、そうして客の子を身ごもった。子供の名前は、いらない子、ゴミという意味でトラッシュと付けた。母親はトラッシュを生みっぱなしでまともに養育もせず、客を取る日はアパートの部屋からトラッシュを放り出した。学校にも通えず、客の男から手を上げられることも度々あったそうじゃないか。だが、それが理由になるか! 人殺しは人殺しだ!」
「まぁ、まぁ」
取りなす店主に男は声をあげる。
「俺を誰だと思っている。俺は街で一番の実力者だ。すぐさまここへ警備兵をつれてきてやる。こんなところで囚人をかくまって、料理を出すなんて許せん。この店を徹底的に調査するからな。二度と店が開けないように!」
トラッシュが店主に頭を下げた。
「僕のせいでごめんなさい」
「お客さんが謝ることはないですよ。大丈夫だから」
「なにが大丈夫なんだ! こんな死刑囚のいる店で俺に食事をさせるつもりだったのか」
「はいはい、わかりましたよ、市長。あなたにはうちの料理は必要ないでしょう。いつもおいしい料理と女性をたくさん召し上がっているのでしょうから」
店主の言葉に男はうろたえる。
「貴様、な、なにを言っているんだ。俺が、こんな安っぽい女をホテルに呼びつけるはずないだろう」
「信じられない、わたしのどこが安っぽい女なのよ」
「と、とにかく、俺は、お前を許さないからな。覚えていろ」
男はまだ何かを言おうとしていたが、次の瞬間消えていた。一緒にいた女性も消えていた。
「あれ……? あの人たちは?」
トラッシュは不思議そうに首をかしげて牧師を見た。
「これも神様のお導きかもしれません」
牧師の言葉を店主は笑顔で頷き、牧師も微笑み返す。
「さあ、トラッシュ、あなたはゆっくり食事を楽しんでください。これが最後の晩餐なのですから」
「はい、先生」
気が付けば、市長のリッチー・マーコフは牢屋にいた。売春で捕まった女性ばかりの牢屋にいたのだった。
「おい! すぐに出せ! 俺は市長のリッチー・マーコフだぞ! どうして俺が、こんな女たちと一緒に牢屋へ入れられないといけないんだ!」
大声でガチャガチャと牢屋の鉄格子をつかんでいる男に、女たちは軽蔑した視線を送っていた。
※※※
午後の広場には絞首刑の台が設置されていた。両手と両足を鎖でつながれたトラッシュが台に上る。すぐ後ろにはフランク牧師もいて、警備兵もいる。だが、市長のリッチー・マーコフはいなかった。
皆が見上げている中、爽やかな風を受けながらトラッシュの首に縄がかけられる。
トラッシュの表情は満足げだった。
ガチャン――。
死刑執行が行われた。
森で鳥が鳴いていた。
看板を店の外に出しながら、夕暮れの空を見上げて店主が言う。
「料理を食べて何も起こらない、そう望んだ特別なお客さんもいるってこと」
おわり
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