第5話女盗賊ケイト(3)

 悪徳領主ソクーム家。農民や真面目に働く市民から高額な税を徴収し、支払いが遅れると畑や家を取り上げる。それでいて貴族や聖職者などの特権階級を優遇し、自らもぜいを尽くした生活ぶり。その悪名高い領主ソクーム家の屋敷に忍び込み、ケイトは鼻を明かしてやろうと思った。だが、屋敷で盗みをしている最中に見つかり、ケイトは肩に傷を負ってしまった。そうして逃げ込んだ先が、孤児院だった。


 院長のジョディは、ケイトの本当の正体をうすうす気づいていた。それでもかくまってくれていたことに、ケイトもわかっていた。

 領主は、肩にケガを負った怪しい人物を見つけたら金貨十枚出すと、ケイトに賞金クビをかけていたからだ。しかし、孤児院のジョディ院長は、ケイトのことを領主に報告することはなかった。


 施設の存続に必要な五枚の金貨が手に入るというのに――。

 これまでの経緯をケイトは店主に打ち明けていた。


 カウンターの奥にいるカマイタチでさえ、同情するような表情をしていたが、店主は違った。


「お客さん、早く食べてよ。冷めるでしょ。僕の渾身こんしんの料理、時短沼カレーで華麗に踊るだよ」


 沼のように、不気味な緑色のカレーがケイトの前にあった。


 自分にはぴったりだとケイトは思った。

 一度、この道に入ったら抜け出せない泥棒稼業。


 この沼のようだ。

 いくら良い行いをしようと思っても、この有様(ありさま)なのだから。


 ケイトが「そうだね」とスプーンをつけようとしたとき、ひょいっと、店主が皿を持ち上げた。


「あ、気が付いた。時短沼カレーってネーミングは炊飯器で作るからちょっと違うんだよね。それに、ボクちゃん、さっきの踊りに納得できなかったんだ。よくよく考えればおかしいでしょ。カレーが華麗におどるって料理名なのに僕が踊るのって」


 そうしていつの間にか、店主の手元から消えたカレーは四角い箱の中に移動していた。


 店主が「オーブンでチン!」というと、カマイタチが中からこんがり焼けたカレーを出してきた。

 さきほどの沼カレーの上にのったチーズが、チリチリと踊るように焼けている。


「はい、今度こそ、正真正銘しょうしんしょうめい、時短焼きカレーが華麗に踊る。沼の上にチーズを敷いて、チーズを躍らせた焼きカレーだよ。でも、食べたら、味にハマるのは間違いない。ベースは沼だけに」

 店主が自信ありげ胸を張ると、改めてケイトの前に出した。


「ああ、うん……」

 ケイトはもうなんでもいいから早く食わせろと思っていたが、

「この完ぺきな僕ちゃんさえ、こうやって料理名をつけることに失敗することもあるんだから。底なし沼だって、ほら、焼けばこの通り」

 と店主は笑った。


「え?」

「とにかく、食べて。行くところがあるんでしょ」

「あ、そうだ」


 ケイトはスプーンですくって口に入れた。

 おいしい――。

 こんがり焼けたチーズに、まろやかなカレー。

 下のバターライスには、黄色いトウモロコシが入っている。


 ケイトは子供たちの笑顔が思い浮かんだ。

 あの孤児院だけは助けたい。


 そうだ。あれしか方法はない。

 院長のフリをして、領主の屋敷に入った盗賊が孤児院にいると通報すれば、賞金の金貨十枚は孤児院に入る。


 それでいい――、そう思いながらケイトは焼きカレーを食べていた。


 もし七色ハーブが手に入らないときは決めていたことだった。


 ケイトは焼きカレーをじっくり味わうことにした。


 食べ終わったケイトは満足していた。


「ごちそうさまでした」


 空になった皿に手を合わせたケイト。


「はい、いってらっしゃい!」


 ぽっちゃり顔の店主とカマイタチが、ケイトに手を振った。


「え?」


 すると、ケイトはダンジョンの中で、たたずんでいた。


 なんと、目の前には虹色のハーブがあった。

 七色に輝くハーブ。

 だが、いま、まさにその光が消えかけようとしていた。

 虹色ハーブは一枚でも葉を摘み取ると、その光は摘まれた葉に移るという。

 誰かが先に積んだため、残ったハーブの光が消えようとしていた。


 そんな――。


 やっと見つけたのに……。

 ケイトの前で、虹色の光は消えた。

 これまで、悪いことをしてきたむくいいのように思えた。

 いくら頑張っても手の届かない光。

 やはり子供たちのなかに、わたしのいる場所なんてなかった。

 すでに覚悟はできている。

 自分のかかった賞金首の金貨十枚で、孤児院を救えるはず。

 それしか手がない。


 そんなとき、どこからか、声が聞こえた。


「あ、言い忘れていた。僕の店で料理を食べるとスキルが得られるんだ。キミが得たのは、時の砂時計のスキル効果。一生に一度だけだから大事に使ってね」


 さっきの店主の声のようだった。

 ケイトはすぐに聞き返した。


「クロノスの砂時計?」

「うん、そう。十分間だけ、時間を戻せるの。キミの職業なら、いつ、その首を切り落とされてもおかしくないでしょ。だからさ、そういうときに使えばいいんじゃないかな」


 ああ、そっか。

 ケイトは気づいた。

 領主にクビを切り落とされる。それが、あのおやじの店で物を盗もうとおもったときに、頭に浮かんだ光景だった。

 それは盗人として、自分の最後だと。

 もしかして、あの店主のおやじは、その時がくれば逃げるよう、わたしに人生一度きりのスキルをくれたのかもしれない。


 ケイトは頭をふった。

 うん、もう十分だ。


 人生最後の料理を、あの店で食べることができて良かった。


 ケイトは光の消えたハーブの前にしゃがみ込み、自然と手を添えていた。すると、光が消えたハーブは生き生きと命が注がれたように七色に輝く。

 摘まれる前の虹色ハーブに光が戻ったのだ。


「このハーブを施設の畑に植えればいい」


 虹色ハーブを植えかえると周りの土地を豊かにするという。


「これであの子たちもしばらくは食べ物に困らないだろう」


 ケイトは丁寧に土から掘り出し、ダンジョンから脱出すると、虹色のハーブを施設に持って帰り、裏の畑に埋めた。


 ハーブは土に返り、畑はみるみるうちに、豊かな作物がなり始めた。

 それを見届けたケイトはジョディ院長のフリをして、領主の家に入った盗賊が孤児院にいると屋敷の警備兵に伝えた。

 だが、数日経っても、領主やその配下すら孤児院に来ないことにケイトは不思議に思っていた。


 そんなある日、悪徳領主ソクーム家では当主交代劇があった。当主のクショカネが突然、引退したのだった。


 クショカネの枕元には、錬金術師クロノスの砂時計が割れた状態であり、クロノスの怒りをかった領主はヨボヨボの老人にされたと、街の人々が噂した。


「おやじ……、そういう手を使ったんだ」


 クロノスの空っぽの砂時計が領主の枕元に置かれていたと噂を聞いたケイトはクスクス笑っていた。


「ケイトねえちゃん、はやくはやく」

「もう、おねえちゃん! さきに採るよ」


 立派なトウモロコシがなっている畑の前で子供たちがケイトを待っている。


「うん、今行くから!」


 輝くような子供たちの笑顔に向かってケイトは駆けていく。


 心の中で店主にお礼を言いながら。


 おやじ、ありがとう。時短焼きカレーが華麗に踊る、おいしかったよ。





 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る