第4話女盗賊ケイト(2)
なんの気合いだよ……、ったく。
食えねぇおやじだな。
「ふーん、いい店じゃん」
カウンターと椅子から、木のぬくもりを感じた。
窓の外に視線を向けると畑が見えた。
背丈が高く、青々とした茎(くき)に実ったものは、トウモロコシだとわかった。
「おっちゃん、トウモロコシ育てているんだね。よく育ってるじゃん」
「へぇ、そんな見た目で、詳しいね」
「まあね。孤児院の裏にある畑で、子供たちと野菜を育てているからね。でもさ、土も痩せてるから、人数分なんて
「それじゃ、味なんて、しないでしょ」
「それでもいいんだ。私はずっと一人で生きてきたから、みんなで食事するのがあんなに楽しいなんて初めて知ったよ。だからさ、ぜったいにあの子たちを……、って、おやじ、料理は?」
「あ、そうだった。えへ、今からつくるよ」
「いや、ほんと、頼むよ。時間がないんだから」
あれ?
ケイトは首をひねった。
いつのまにか、おやじの料理を待っている……。
そうだ、私には時間がない。
こんなおやじと、のんびり話をしている場合じゃない。
一刻も早く……、虹色ハーブを見つけないと。
でも、この状況をどうしようか。
こうなったら、この店にある金目の物を盗んで逃げるか……。
そう思った瞬間、首筋にヒヤリとしたものを感じた。
なんだろう……、今のは――。
首を
頭の中で、そんなイメージがしたのだった。
「どうしたの? お客さん」
顔を上げると、キラリと光る刃物が見えた。
ケイトは体を強張らせた。カマだ。
このおやじ、両手にカマを持っている。
「おやじ……、そのカマは?」
ケイトは、腰を浮かせ、いつでも逃げられる体勢でおやじに尋ねた。
「ああ、これね、カマイタチのカマを借りたのよ。ほら、お客さんの隣に座っているでしょ」
おやじはあっけらかんと言った。
「えっ!?」
横を見れば、カマイタチの魔物が椅子に座っている。
「ええっ!?」
人間のように、カウンターの席に、ちょこんと折り目正しく魔物が座っていたのだった。
い、いつの間に……。
「ちょっと……、魔物でしょ。なんで、こんなところにいるのよ、危ないでしょ」
「大丈夫だよ、話はついているから」
店主がそういうと、カマイタチの魔物はペコリと頭を下げた。
じゃ、さっきのヒヤリとしたのは、この魔物?
でも……、なんだか違う感じがした。
「カマちゃん、手伝ってよ」
店主から声を掛けられたカマイタチは、椅子から立ち上がった。
「カマちゃんに借りたカマさ、カーブしているから使いにくいよ。だから、このニンニクとショウガをみじん切りにして」
カマイタチは謝るようにペコペコと店主に頭をさげながら、カウンターの中へ入った。
いや、おやじ、魔物からカマを借りるなよ。ってか、そこに包丁あるんだから、自分でそれを使えよ。
「あとね、玉ねぎをくし切りにして、このボールに入れて、あとでチンするから。じゃ、ボクは、フライパンでみじん切りにしたショウガとニンニクを油で炒めて、合いびき肉を焼くから。うぇ、このミンチ臭いよ、カマちゃん。なんの肉持ってきたのよ?」
カマイタチが店主に、こそこそと耳打ちする。
「え? イノブタとバッファローを狩ったから、手土産にボクのところへ持ってきたって? カマちゃん、今回の手土産は失敗だね」
がっくりと肩を落とすカマイタチ。
「もう許してあげるから、ほら、料理手伝って」
申し訳なさそうにカマイタチは、おやじにぺこぺこ頭を下げていた。
いや、おやじ……、魔物からもらった土産に文句言うなよ。
「しょうがないな、この匂いをどうしないと。うん、そうだ。リンゴを8分の一ぐらいすりおろそう! はい、罰として、カマちゃん、すりおろして、このミンチ肉に火が通ったら入れといて。ボクは、チンしてくるから。ああ、そうそう、塩コショウも忘れずに」
カマイタチはリンゴをすりおろし、慣れた手つきでミンチ肉を入れたフライパンに塩コショウで炒め、言われた通り、すりおろしリンゴを入れている。
このおやじ、人使いが荒いな、いや、魔物使いが荒いのか。
そんなことを思いながら見ていると、店主は「チン!」と自分の口で言って、見たこともない四角い箱を開け、中から熱々のタマネギの皿を取り出した。
「それじゃ、カマちゃん。あとは代わるよ。このチンした玉ねぎと炒めてくれたミンチ肉に、少しの水とトマトジュースをいれて、コンソメひとつ、カレー粉ひとかけ、あとはローリエを1枚入れて、ぐつぐつ煮だった見た目が沼に見えない? お客さん」
突然、フライパンの中を見せられたケイトは聞き返す。
「沼?」
「そう、そう。一度足を踏み入れては抜けられない。名付けて、沼カレー。そういえば、同じ料理名がすでにボクの世界であったんだよね。その沼カレーは炊飯器でつくるみたいなんだ。それを知らずに看板に書いちゃった。でもさ、これは玉ねぎをチンするからもっと時間短縮できるんだ。あ、そうだ!
時計のような物をパキリと真ん中で割り、店主は中に入っていた金の砂のようなものを振りかける。
「はい、パパパ」
「なに? その粉?」
「おおっと、最後にボクの踊り」
そう言って、店主はなにやら、扇を片手に踊り出す。
踊るって、そっちの踊るかよ……。
「はい、もう一度、パパパ」
「いや、だから、その粉は何よ。これまで詳しく、作り方を言っていたのに、最後だけ言わないなんて不自然でしょ。その粉、おかしなもんじゃないでしょうね」
「え? これは時の錬金術師クロノスの砂時計だよ。ちょっと
「マジ……? 料理に振りかけた金の粉って、クロノスの砂時計なの!?」
「うん、マジマジ」
あっけらかんと認める店主に、ケイトは驚いていた。
裏の世界で絶対に敵に回してはいけないと言われている錬金術師クロノス。
クロノスは錬金術で創り出した道具で、時をあやつり、人の命さえ操ると言われていた。
「だってさ、クロノスって、いくら頼んでも、この砂時計を貸してくれないんだもん。だから、黙って借りてきちゃった。ほら、中に入っている金の粉って、華やかなボクの踊りにぴったりだもん。ほら、パパパ」
「いや、もういいから。――って、やばすぎでしょ? クロノスだよ。どこに隠れても、必ず探し出し、敵対するものを消すという……。そんな人のモノを盗むなんて」
カマイタチも、その通りだというようにケイトの言葉に大きく頷く。
「え? ほんと? ぼくちゃん、やばい?」
「だと思うけど……」
「うわ、どうしよう」
「わたしが言うのもなんだけど、盗むなら相手を選ばないと」
「盗む相手?」
店主の言葉に、ケイトは盗みに入ってドジを踏んだことを話し始めた。
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