第3話女盗賊ケイト(1)

「ここって、どこよ」


 女盗賊のケイトは木の枝にひっかかっていた。


 情けなくなってくるような気持ちだったが「よいしょっと」掛け声をかけ、おもいっきり足を振り上げる。


 身体が宙に舞い、青い空が回転する。


 そうして、ケイトは大木の上に着地した。


 仁王立におうだちになると、す――っと、さわやかな風がケイトの頬をでていく。


「いったい、どこまで飛ばされてきたのやら」


 手でひさしを作り、木の上から辺りを見回した。


 緑豊かな森が広がっている。


 耳を澄ませば、小鳥のさえずりや動物たちの鳴き声に、カサカサと木の葉のこすれる音も聞こえてきた。


 ダンジョンのトラップに引っかかり、ケイトはここまで飛ばされてきたのだった。


「ふーん、危険はなさそう……。普通の森みたいね。でも、あんな床のトラップに気づかないなんて、ほんと、盗賊として腕がなまっちゃったみたい。なんだか、自信をなくしちゃった……。それでも、あの子たちは私の帰りを待っているんだよね」


 ケイトはこの森に降り注ぐキラキラとしたお日様の光を見ているうちに、帰りを待っている孤児院の子供たちを思い出していた。


「ねぇ、ねぇ、ケイトお姉ちゃんが助けてくれるの?」

 ケイトは子供たちの前で、胸を叩く。

「ああ、そうだよ。金貨五枚ぐらい、すぐに稼いできてやるよ!」

「すっごい、すっごい!」

「さすが、ケイトねえちゃんだ」


 喜ぶ子供たちと違い、ジョディ院長だけが暗い顔をしていた。

「ケイトちゃん……」

 いつもは笑顔の多い女性院長のジョディだが、この日ばかりは不安げな表情でケイトを見つめていた。

 そんなジョディに、ケイトは笑顔を向ける。

「心配しないで、ジョディ先生。冒険者ギルドでいい仕事がみつかったって言ったでしょ」

「でも……」

「大丈夫だって。虹色ハーブをダンジョンで採ってくるだけだから。こういう探し物は、昔から得意なんだ」

「ひとりで危険なダンジョンに入るなんて、それにケガもしているのに……」

「肩の傷は完全に治っているよ。ほらね」

 ケイトは、ぐるぐると肩を回した。

「それに、金貨五枚を今月中に払わないと孤児院のこの子たちが追い出されるんでしょ。絶対に金貨五枚を都合つけてくる。だから、ジョディ先生は子供たちと孤児院で待っていて」

 子供たちがケイトの周りを取り囲む。

「ケイトねえちゃん、待ってるから!」

「約束だよ、お姉ちゃん!」

「ああ、約束だ!」

「無理はしないでね、ケイトちゃん」

「わかってるって、先生!」

 そうしてケイトはダンジョンへ向かった。


 数週間前、ケイトは盗みに入った屋敷で、ドジを踏み、ケガを負ってしまった。

 逃げ込んだ先が、廃墟寸前の建物だった。そこで身を隠そうと思っていたケイトだったが、孤児院だったことに驚いた。肩のケガは強盗に襲われたと嘘をつき、傷の手当てを孤児院で受けることになった。そうして子供たちと同じ食事をして世話になっているうちに、ケイトは孤児院の危機を知ったのだ。

 今月末までに金貨五枚の借地料を払わなければ、領主から土地を取り上げられ、孤児院は閉院すると告げられていた。

 事情を知ったケイトは、黙って見過ごすことができなかった。

 施設を追い出された子供たちが、この先、路頭ろとうに迷うことになるのは目に見えている。

 自分のように盗みをしなければ、暮らしていけない未来が待っている。

 そう思ったケイトは、孤児院の子供たちや院長の前で金の工面を約束したのだった。

 ケイトにとって、盗みで稼ぐのなら簡単なことだった。だが、このお金だけは、まっとうに稼ごうとケイトは決めていた。しかし、期日が近いため、一気に稼ごうと、冒険者ギルドで無理な依頼を引き受け、上級者ダンジョンで虹色ハーブを採りに入った。

 ライバルも多く、時間との戦いでもあり、焦ったケイトは、ダンジョンのトラップに引っかかり、こうして森へ飛ばされたのだった。


「もう! 時間がないのに!」


 焦るケイトの前に、森の奥から白い煙が上っているのが見えた。


 鼻のいいケイトはその匂いを嗅ぐと、ぐぅ――とお腹が鳴った。


「こんな奥深い森に人が住んでいる? もしかしてエルフ? とにかく、空腹をなんとかしないと」


 ひょい、ひょいっと木の枝から枝へ飛び移り、ケイトは移動した。

 隙をみて、その家から食材を盗もうと思っていた。


 近くに行くと、どうも普通の家ではなく、料理店だとわかり、ケイトは静かに地面へ降りた。

 本日の料理と書かれた看板が出ている。

 

『沼カレーが、華麗に踊る』


 なにこれ、料理名――?


 ケイトが建物の下に隠れて、看板を見ていると、突然、頭上で声がした。


「いらっしゃい!」


 見上げると、コック帽子をかぶったぽっちゃり顔のおじさんが窓から顔を出した。


「……えっ!?」


 マジ? 完全に気配を消していたのに。

 裏に回ればよかった。

 そう思った瞬間、ケイトのお腹はぐぅっと鳴った。


「お客さんのお腹が、食べる気マンマンだ」


 お腹が鳴ったことを言われて、ケイトは顔が赤くなった。

 このおやじ、デリカシーないのかよ……。


「お一人様、ご案内!」


 コック帽をかぶったぽちゃり顔の店主は、店内に声をかけた。


「いや、まだ、入るとは……」


 って、中に誰かいるのか……。

 ケイトは失敗したと思っていた。

 隙をみて、食べ物だけ盗んで、すぐにおいとましようと思ったのに……。


「ほら、入った、入った」

「いや、ええっと……」


 一文無いちもんなし。

 困った……。 


「今日はね、沼カレーだよ。今から作るから」


 今から作るって……。

 すぐにでも上級者ダンジョンに戻って、虹色ハーブを見つけなければいけないのに……。

 こんなところで時間を取られている場合じゃない。

 そうだ、隙をついて食べ物をさっといただき、逃げればいい。店の中には誰かいるみたいだけど、二人いても同じだ。

 そうしてケイトは店主の後につづき、店の中に入った。


 だが、店内には誰の姿もなかった。


「え? 誰もいないじゃん」

「誰かいるって言った?」

「だって、さっき、お一人様、ご案内! って大声で言ったじゃん」

「気合いだよ、気合」

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