第22話 エルネストの決意

 その日の夜。私はエルネストの寝室の扉をノックして話しかけた。


「エル、ちょっと話してもいい?」


「レティ。ちょうど話したかったんだ。入って」


 エルネストが扉を開けてくれたので、私は寝室へと入った。


 窓の外に見える青みがかった満月は煌々と輝き、部屋に差し込む月明かりがエルネストの端正な顔を柔らかく照らす。


 寝支度を整え、短い髪と喉仏が露わになったエルネストは、まるで夜の精霊のように美しかった。


「エル、だいぶ背が伸びたよね」

 

「……ああ、そうみたいだ」


「もう、あまり時間がないと思う」


「……そうだな」


 このまま時間が経てば、もうエルネストは自身を聖女だと偽ることは難しくなるだろう。


 それだけ、初対面では少女らしいと思ったエルネストの顔つきや体型は、美貌はそのままにどんどん男らしい凛々しさを備えつつあった。


 おそらく、近いうちにアラン殿下やクロードにも疑念が生まれ、それはどんどん膨らんでいってしまうだろう。


「思っていたより居心地が良くて、のんびりしてしまった。追放計画、そろそろ真剣に動き出さないとな」


「……それなんだけど、本当に追放されないといけないの? 今更、他に真の聖女がいるなんて言っても、アラン殿下もクロードも信じないに決まってるわ。それに、アラン殿下はいい方だから、話せば分かってくれるんじゃないかしら」


「……事情を全部話すってこと?」


「ええ、全部。あの方なら、きっと悪いようにはなさらないと思う」


「確かに、アラン殿下は最初に考えていたような嫌な王子じゃなかった。騙していて悪いと思ってる」


 エルネストが眉を寄せ、考え込むように俯く。私はあえて明るい口調で言った。


「言いにくいなら、私から話すわよ。ここまで来たら、とことん付き合うわ」


「…………いや、俺から話すよ。殿下とクロードにも打ち明けて謝る。レティは知らなかった振りをしてくれ」


「え、でも──」


「元々そのつもりだったし、俺が蒔いた種だ。責任をとるのは俺一人でいい」


 エルネストがきっぱりとした調子で言い切る。固い決意を秘めた眼差しで見つめられ、私は頷くしかなかった。


「……分かったわ」


「クロードに頼んで、殿下をここに呼んでもらうよ。打ち明けて、神殿に一生閉じ込められるのか、それとも解放してもらえるのか。どうなるかは分からないけど、レティのことは守るから」


「私のことなんて気にしないで。どうとでもやっていけるもの。エルが神殿に囚われてしまうと言うなら、私が侍女になる。あなたを一人にはしないわ」


 エルネストを励ましたくてそんな風に言ったけど、私自身、エルネストと離れてしまうのは嫌だと思ってしまった。


 最初は面倒なことに巻き込まれたと思ったが、ずっと一緒に過ごすうちに、本当は優しくて、真面目な彼がいつしか大切で離れがたい存在になっていた。


「……レティは、本当に義理堅いな。俺のことなんて見捨ててくれて構わないのに」


 エルネストがぽつりと呟く。あまりにも儚げな顔で、そんなことを言うものだから、私はつい自分の気持ちを口に出してしまった。


「義理なんかじゃないわ。私がエルと離れたくないの」


「レティ……?」


「エルがどうなっても、側にいたい」


 顔が赤らむのを感じながら、エルネストを見つめて訴えると、彼はその紫水晶のような瞳を大きく見開いた。


「……夢みたいだ」


「え?」


「レティは真面目で義理堅いから、俺のことを見捨てないでくれるんだと思ってた。レティを巻き込みたくなかったから、俺の気持ちなんて伝えないほうがいいと思ってた」


 エルネストが熱のこもった眼差しで私を見つめる。


「本当は、レティを手放したくない。レティがいてくれれば、後はどうなってもいい。それくらい、レティのことが好きなんだ」


 思いがけない愛の告白に、私の心臓が大きく高鳴る。


 なぜだか泣きそうになってしまい、溢れそうになる涙を必死に堪えると、エルネストは切なげな表情をして、両手で優しく私の頭を包んだ。


「せっかく我慢してたのに、そんな顔をされたら抑えられない」


 エルネストの綺麗な顔が近づいてくる。


 何をしようとしているのかは分かるけど、逃げたいとは思わなかった。


 だって、私もそうしたいと思ったから。


 私も、エルネストが好きでたまらなかったから。


 エルネストの柔らかな唇が、私の唇にそっと触れる。


 私がエルネストの背中に腕を回すと、彼もぎゅっと抱きしめてくれた。


 作り声ではない、エルネスト本来の少し低い声が耳元で囁く。


「本当はずっとこうしたかった。レティ、本当に好きだ」


「私も。エル、大好きよ」


 そうして、しばらく抱き合っていたけれど、エルネストが体を離した。


「……ごめん。もう遅いからレティも部屋に戻らないとだな。俺も抱きしめるだけじゃ我慢できなくなりそうだし……」


「え?」


「いや、さっそく明日クロードに相談して、アラン殿下の予定を聞いてみる」


「そうね。……何があっても、私はあなたの味方だからね。それじゃあ、おやすみなさい」


「ありがとう。今日は今までで一番の誕生日だったよ。おやすみ、レティ」


 私は嬉しさと恥ずかしさで、ぎこちなくエルの寝室から出て、一目散に自分の部屋へと入った。そのままベッドに倒れ込み、ごろごろと転がって悶える。


 エルネストは、いつの間にあんなに大人っぽくなっていたのだろう。


 ぐんと背が伸びて、キスをするのに見上げなければいけなかった。


 抱きしめられたら、腕も胸もしっかりと筋肉がついているのが分かった。


 表情も、少年というより青年と言った方がしっくり来るほどの色気があった。


 今までは聖女と侍女として、そして友人として接していたが、これからは恋人になるのだ。


 一度意識してしまうと、恥ずかしくて仕方ない。クロードや他の人もいるのに、今まで通りに振る舞えるだろうか……。


「はあ……。眠れない……」


 そうして、なかなか眠れないまま夜は更けていった──。

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