第23話 偽りの聖女1

 エルネストの誕生日から一週間後。


 エルネストと私は今、神殿の庭園にある東屋のテーブルで、アラン殿下とクロードと向かい合っていた。


 あの日の翌日、さっそくクロードに頼んで、アラン殿下にお話ししたいことがあるから神殿まで来てほしいと伝えてもらったのだ。


 そして今日、クロードにも話を聞いてほしいと言って、一緒に席についてもらっている。


「アラン殿下、お忙しいところお呼び立てして申し訳ありません」


「いいよ、他ならぬ君の頼みだ。それで、僕とクロードに話とは何かな?」


「……何か私に至らない点があったならお詫びいたします」


 クロードは、自分に関する苦言か何かの話だと思っているのか、神妙な顔をしている。


「クロード、そういう話ではないんだ。その、なんて言うか、今更こんなことを話すなんて申し訳ないと思ってるけど……」


 エルネストも自分の正体を明かす話はさすがに緊張するのか、なかなか核心に触れられない様子だったが、何度か深呼吸をした後、ついに決心がついた表情で口を開いた。


「実は俺は聖女ではなくて、本当は──」


 そう言って、エルネストが黒髪のかつらに手をかけた瞬間、すぐ近くから聞き覚えのない女の人の嘲笑が聞こえてきた。


「フフッ! やはりそうだったのね!」


「……君は、メルシエ公爵家のアデル嬢……? なぜここに?」


 クロードが立ち上がって前に出ると、アラン殿下が見知らぬ女の人に尋ねた。


 どうやら、公爵家のご令嬢らしい。いかにも高級そうな濃い紫色のドレスに身を包み、豊かに波打つダークブロンドの髪が妖しい美しさを醸している。


「アラン殿下、ご機嫌よう。わたくし、そちらの《聖女様》に会いに来たのですわ」


「僕が先約だと聞かなかったのか? 話し合いの場に割り込んでくるなど失礼ではないか」


「そんなことを仰らないでくださいませ。殿下にも関係する、大切なお話がありますの」


 ……なぜだろう。アデル嬢の所作は優雅で、声音も穏やかなのに、その灰褐色の瞳が異様にぎらぎらと輝いていて、得体の知れない不気味さが感じられて仕方ない。


 それに、箱のようなものを大切そうに抱えているのも奇妙だった。エルネストも怪訝な表情でアデル嬢を睨みつけている。


「僕に関係することだって?」


「ええ、そうです。殿下も今、お聞きになったでしょう? その女が言ったことを」


 アデル嬢がエルネストを真っ直ぐに指差す。


「君、この方は我が国の聖女だ。失礼な振る舞いは止めろ」


「殿下、お可哀想に……。あなたはこの女に騙されていたのです。この田舎女は偽物! わたくしこそが真の聖女であり、あなたに相応しい乙女なのです!」


 アデル嬢が声を張り上げ、恍惚とした表情でアラン殿下を見つめる。


 どうやら、彼女は自分こそが本当の聖女だと信じ込んで、このような暴挙に出たようだ。


 少し前までなら、エルネストの代わりに聖女に成り代わってくれる女性だとありがたく思っただろう。


 ただ、今出てこられても殿下たちには到底信じてもらえないだろうし、何よりアデル嬢の様子にただならぬものを感じて、絶対に彼女を止めなければという気がしてならなかった。


「……何を馬鹿なことを。エレーヌ嬢こそが聖光神の御加護を賜った真の聖女だ。僕は彼女が聖力を操る姿も見ている」


 アラン殿下が眉を顰めるが、アデル嬢はよほど自信があるのか、全く怯む様子を見せず、滔々と語り始める。


「それはまやかしの力です。その偽聖女は、聖光神レイエル様のお力を邪悪な術で封印していたのです。レイエル様はわたくしこそが運命の乙女であると告げて助けを求められ、封印を解けばわたくしに加護を授けてくださると仰いました。これがその証拠です」


 アデル嬢が抱えていた箱を開き、中から鏡のようなものを取り出した。


「それは、封印の鏡ではないか……!」


 アラン殿下が驚愕の表情を見せる。


「そうです、レイエル様のお導きの下、今ここに封印を解き、私が真の聖女であると証明いたします!」


「やめろっ! それはレイエル様じゃない!」


 エルネストが声を荒らげると同時に、アデル嬢がその手から鏡を滑り落とし、芝生の上に落ちた鏡を靴の踵で思い切り踏み付けた。



 パリンッ──!



 鏡は真っ二つに割れた。すると、鏡の表面からどす黒いモヤが中空に向かってどんどんと湧き出してくる。


「ああっ……! レイエル様! わたくしが封印を解きましたわ!」


 アデル嬢がモヤへと駆け寄り、両手を高く掲げると、やがてモヤの中から大きな人型の何かが姿を現した。


 人の背丈の優に五倍はあり、どす黒い肌に赤く濁った瞳。手足の爪は鋭く、額の横からはとぐろを巻いた二本の角が垂れ下がり、背中には蝙蝠のような皮膜のついた羽が生えていた。


「レ、レイエル様……? そのお姿は……?」


 見るからに醜悪な姿に戸惑うアデル嬢を、人型の何かが静かに見下ろす。


「アデル。信じたいものだけを信じる愚かな娘よ。だが、封印を解いたことには礼を言おう。我はヴィシャス。この世を闇と絶望で覆う者」

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