第21話 エルネストの誕生日

 私は今、神殿の厨房にいる。


「レティシアちゃん、材料はここにおいとくからね」

「はい! ありがとうございます!」


 なぜこんな場所にいるかと言うと──今日は、エルネストの十七歳の誕生日だからだ。


 誕生日のプレゼントは何がいいか聞くと、手料理で祝ってほしいと言われたので、私は張り切って厨房に立っている。


「またケークサレを作って、あとはスープもいるわね。贅沢に肉団子を入れちゃおうかな」


 エルネストが美味しそうに食べてくれる顔を思い浮かべるだけで、自然とやる気も湧いてくる。

 私は腕まくりして卵を握った。



◇◇◇



 さあ、いよいよ昼食の時間だ。また三人で、ささやかながらも楽しくお祝いしよう。


 私は料理を載せたワゴンを押して部屋へと向かう。


 熱々をたくさん食べてもらいたくて、スープを鍋ごと持ってきたので少し重い。


「お待たせ! できたわよ!」


 コンコンとノックして扉を開ければ、そこにはこちらを見るエルネストとクロードと──


「おや、いい匂いだね〜」


 ……なぜかアラン殿下がいた。食卓の椅子に腰掛け、長い脚を優雅に組んでいる。


「でで、殿下!? なぜこちらに……?」


「エレーヌ嬢の誕生日会をすると聞いて、僕も混ぜてもらいに来たんだ」


「レティシア、すまない。こんなに突然いらっしゃるとは思わず……」

 

 クロードが申し訳なさそうな顔で謝ってきた。


「あの……殿下にお出しできるような食事はないのですが……」


「僕も一緒に同じものを食べたいな。すごく美味しそうだ」


 殿下は気を遣ってそんな風に仰ってくれるけど、本当にこんな田舎料理をお出ししてしまってよいのだろうか……?


 私が困惑していると、エルネストが声を掛けてくれた。


「レティ、大丈夫。みんなで食べよう」


 殿下もエルネストもそう言うなら、それでいいのかもしれない。


「では、殿下の分も準備いたしますね。少々お待ちください」

 

 突然の殿下乱入には驚いたが、誕生日を祝うなら人数が多い方がいい。そう気持ちを切り替えることにした。手早く食卓に料理を並べる。


 ケークサレ、肉団子のスープ、野菜たっぷりのラタトゥイユ。


 いたって素朴な料理だけど、エルネストも私もこういう料理の方が食べ慣れている。


「ケークサレ、また食べたかったんだ。レティ、ありがとう」

「どれも美味しそうだ」

「レティシア嬢は料理上手だね。お腹が空いてきたよ」


 三人とも早く食べたそうな顔をしている。なんとなく、食べ盛りの息子たちを持つ母親のような気分になって思わず微笑んでしまう。


「では、準備ができましたので、いただきましょう」


 食前の祈りを捧げて、食事を始める。


「美味しい! やっぱりレティのケークサレは最高だ」

「肉団子もほろほろと柔らかくて美味しい」

「このラタトゥイユもいい味付けだよ」


 みんな口々に料理の味を褒めちぎってくれるので、とても嬉しい。


 頑張って作った甲斐があった。


 温かい料理のおかげか、上機嫌になって会話も弾む。夏至祭の思い出話や、最近の出来事などについて楽しくお喋りし、小一時間もすると料理は綺麗になくなってしまった。


「レティ、ご馳走様。今日も美味しかった」

「そういえば、手土産に王宮御用達の焼き菓子を持ってきてたんだ」

「では、お茶をお淹れしますね」


 食事でお腹いっぱいになっていたが、甘いものは別腹だ。しかも王宮御用達のお菓子だなんて、絶対食べたいに決まっている。


 私は一番高級で香り高い茶葉を使ってお茶を淹れた。


「女性は甘いものが好きだろう? 遠慮なく召し上がれ」


 アラン殿下が優しい笑顔でお菓子を勧めてくれるので、私は遠慮なくいただくことにした。


 フォークで一口大に切り分けて口に運ぶと、ナッツの香ばしい風味が口いっぱいに広がり、砂糖たっぷりの生地の甘みと溶け合って至福の味わいだった。


「……こんなに美味しいお菓子、初めて食べました」


 あまりの美味しさに、だらしなく弛み切った顔で味の感想を伝えれば、三人とも温かい笑顔を向けてくれた。呆れられないでよかった……。


「そうだ、エレーヌ嬢に贈り物がある。これを君に。誕生日おめでとう」


 アラン殿下は懐から、綺麗なリボンが巻かれた薄い箱を取り出して、エルネストに手渡した。


「……ありがとうございます。開けてもいいですか?」


「もちろん。気に入ってくれるといいんだが」


 エルネストがリボンを解いて箱を開けると、琥珀色の石がついたペンダントが入っていた。


 石は丸く滑らかで、なんとなくただの宝石には見えない。


「これは魔力を練りやすくする魔石のペンダントだ。僕も身に付けている。魔力とは違うが、聖力にも多少は効果はあるだろう。本当は指輪に仕立てようと思ったんだけど、嫌がられるかと思ってペンダントにしたよ」


「察しがよろしいですね。ペンダントが嬉しいです」


「せっかくだから僕に付けさせてくれ」


「はあ、仕方ないですね」


 アラン殿下が立ち上がってエルネストの側へ行くと、エルネストも椅子から立って殿下に背を向け少し屈んだ。


 殿下がチェーンに付いた金具を開け、エルネストの首に掛け金具を止める。


「……ありがとうございます。確かに、聖力が操りやすくなった気がします」


「聖力の鍛錬に役立てば嬉しい」


 殿下は満足そうに微笑んだ後、少しだけ不思議そうな表情をして、目の前に立ったままのエルネストを見つめて言った。


「……それにしても、久しぶりに会って思ったけど……。エレーヌ嬢、だいぶ身長が伸びてないかい?」


 クロードも立ち上がってエルネストに近づく。


「毎日一緒にいるせいか気が付きませんでしたが、言われてみるとそうですね……」


 確かに、数ヶ月前の出会ったばかりの頃を思い返してみると、女性にしては少し高いかなという位の身長だったのが、今では長身のアラン殿下やクロードに追いつきそうなほどに伸びていた。


 エルネストももう十七歳だ。成長著しい時期で、きっとこれからもどんどん背が伸び、男らしさも出てくるのだろう。


「きっと成長期ですわ! あと、新しい靴がだいぶ厚底で……」


 とりあえず私が適当に誤魔化すと、殿下は首を傾げながらも納得してくれた。


「そうか。まあ、どんなエレーヌ嬢も素敵だよ」


 我ながら苦しい言い訳だったけれど、なんとか騙されてくれたようで安心した。


 でも、こうして誤魔化すのもそろそろ限界かもしれないと強く感じた。

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