第18話 夏至祭3

 昼食をいただいた後は、アクセサリーや小物を売っているお店を見たり、大道芸や少人数の楽団の演奏を楽しんだり。


 そんな風に過ごしているうちに、気がつけばもう夕方になっていた。時計塔を見ると、もう少しで歌姫大会の時間だ。


「エル、クロード、そろそろ時間だから行ってくるわ!」


「ああ、舞台の近くに行くから、頑張ってこい」


「レティシア様なら、きっと大丈夫です」


 二人の声援に見送られながら、私は舞台袖へと向かった。




「えー、それでは、只今より歌姫大会を開催いたします!」


 口ひげを蓄えた小太りの紳士が、舞台の真ん中で大会の開始を告げた。


「まず一人目は、酒場の看板娘、ステイシー・コール嬢です!」


 名前を呼ばれ、豊かな黒髪を片方の肩に流した、色っぽい女性が舞台へと上がる。常連客だろうか、数名の男性が口笛を鳴らし、手を振って応援している。


 ステイシーさんは、彼らに笑顔で手を振って応えると、数拍おいて歌い始めた。男女の情熱的な恋愛の歌だ。


 手振りを交えながら情感たっぷりに歌い上げ、歌い終わってお辞儀をすると、大歓声があがった。


「やっぱステイシーちゃんの歌はいいなぁ」

「色気があって、ぐっとくるよなぁ」


 おじさんたちが絶賛している。確かに艶っぽい素敵な歌声だった。私も拍手がもらえるように頑張らないと。


 そして、二番手、三番手と次々に歌が披露され、ついに十番目。私の番が来た。


 今のところ、最初に歌ったステイシーさんの時が一番盛り上がっていた。観客の雰囲気も少しだれてきたような気がするけれど、私の歌はちゃんと聴いてもらえるだろうか。


 少しだけ不安になって、舞台の近くにいたエルネストの方に目をやると、ギュッと拳を握って大きく頷いてくれるのが見えた。


「大丈夫だ、頑張れ」と言ってくれているように感じて、やる気が湧いてきた。


 ──大丈夫。きっとみんな聴いてくれる。


 私は背筋を伸ばして舞台へと上がった。


「それでは最後の十番目は、侍女のレティシア・オルトン嬢です!」


 司会に名前を呼ばれた後、私は大きく息を吸って歌い始めた。



 ──光降る朝 貴方と目覚める

   風が頬を撫で 私を呼ぶ

   緑萌え 花匂い 土ぬるむ季節に

   貴方を想い 歌を贈ろう

   永久とこしえの愛を込めて

   


 これは聖光神レイエル様を讃える古い歌だ。


 今ではあまり歌われることがないが、私は優しさと思慕が感じられるこの歌が好きだった。


 レイエル様に感謝と寿ぎの気持ちが届くよう、心を込めて歌う。


 四番まである歌詞を全て歌い上げ、お辞儀をすると、会場は水を打ったように静まりかえっていた。


 どうしよう……。失敗しちゃったかしら……。


 不安になってドレスをキュッと握ると、突然割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。


「古い聖歌ね! いい歌だったわ!」

「なんだか恋の歌にも聴こえる歌詞だったわね」

「繊細なのに芯があって伸びやかな歌声で、感動しちゃった!」

別嬪べっぴんさんで、歌声も素晴らしくて、今年の歌姫は彼女で決まりだな!」

「レティシアちゃん、よかったよ!」


 たくさんの温かい言葉が投げかけられ、嬉しさが込み上げてくる。私の歌が、ちゃんとみんなの心にも届いたのだ。


 ああ、とても充実した気分だ。

 こんな喜びが味わえたのだから、歌姫になれなくても十分満足だ。


 そんな風に満ち足りた気持ちでいると、司会が今年の歌姫の発表を始めた。


「今年の歌姫は────レティシア・オルトン嬢に決定しました!」


 え!? まさか私を歌姫に選んでもらえるなんて……!


 驚きと喜びで胸がいっぱいになる。


 司会に手招きされて舞台の中央へと進むと、賞金が手渡され、白と黄色の花を編み込んだ花冠が頭に載せられた。


「歌姫の花冠をあなたに……」


 司会がそう言った瞬間、不思議なことに、空からキラキラと輝く光の粒が降って来た。


 薄暗がりの中で優しい光が雪のようにふわふわと舞い落ちてきて、とても幻想的だ。


「き、奇跡だ!」

「さっきの歌がレイエル様に届いたんだ!」

「さすが歌姫だ!」


 観客たちから奇跡だの何だのと声が上がるが、私には分かる。これは、エルネストの仕業だ。


 ちらりとエルネストを見ると、片眉を上げて得意げな顔をされた。まったくもう。


 そんなこんなで最後に少し騒動のあった歌姫大会だが、万雷の拍手の中、つつがなくお開きとなった。


 舞台の裏側で、先ほどまでの余韻に浸っていると、エルネストとクロードが迎えに来てくれた。


「レティ! 優勝おめでとう!」


「ありがとう。少し緊張したけど、楽しかったわ。……私の歌はどうだった?」


「本当に素晴らしかった。歌詞と歌声が胸に迫って聴き惚れたよ」


「……よかった! エルに褒めてもらえるのが一番嬉しい」


「…………。レティ、これ」


 エルが後ろ手に持っていた何かを恥ずかしそうに差し出してくる。


「え? 花束?」


「……優勝祝いだと思って、受け取ってくれるか?」


「……ありがとう。お部屋の一番いい場所に飾るわ」


 なぜか顔が熱くなってきた気がするが、きっと、さっきの観客の熱気に当てられたせいだ。


 もうすっかり暗くなっているから、私の顔が赤いことなんて、誰にも分からないだろう。


 ──だから、大丈夫だ。

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