第19話 鈍感男の勘(クロード視点)
私の名はクロード・デュラン。デュラン侯爵家の三男だ。
我が家は代々優れた騎士を輩出している名家で、私も幼少のみぎりから剣の道を志して鍛錬に明け暮れていた。
雨の日も雪の日も、一日も欠かすことなく剣を振り、十五歳に受けた王都騎士団の入団試験では首席で合格することができた。
そこでもひたすら稽古と仕事に邁進し、二十歳で騎士団最高峰の近衛騎士任命の栄誉を賜った。
近衛騎士になってからは、実直な仕事ぶりが気に入ったと、アラン殿下に目をかけていただき、殿下のすぐ側でその尊い身を護らせていただくことが多くなった。
殿下は剣術に優れている上、ずば抜けた魔力をお持ちで、護衛騎士など付けなくても暴漢の百人や二百人くらい余裕で相手できるほどお強いが、第一王子殿下としての威容を示す目的もあるし、万が一ということもある。
それに殿下に信頼され、身の安全を任せていただけるのは、この上なく名誉なことで、私はますます気を引き締めて近衛騎士としての任務に当たっていた。
近衛騎士となってから三年目のある日。わが国に百年ぶりの聖女様が現れたとの報せが入った。
なんでも、辺境の農村に酷い大怪我もたちまち治癒してしまう者がいるとのことだった。
さっそく神殿が高位神官を派遣して聖女様と接見し、ご両親も他界されていたとのことだったので、そのまま王都の神殿へとお連れしたという。
聖女様といえば、その貴重な聖力が他国の手に渡らないよう、そして聖光神の加護を賜った聖女様の血を王家に取り込むため、歳の近い王族と婚姻させるのが慣わしとなっている。
聖女様の出現は不定期ではあるが、そのように魔力持ちが多く現れる王家と聖女様の血が混ざることで、王家からは度々凄まじい魔力を持つ赤子が生まれるようになり、その権威をさらに強固なものへとしていった。
そういう背景があり、今回の聖女様の出現で、一番年齢が近く、正式な婚約者がいなかったアラン殿下と聖女様を婚姻させる運びとなったのは当然のことだった。
ただ、最初はアラン殿下も戸惑ったのか、なかなか顔を合わせようとはなさらなかった。
そうして日が経つうちに、聖女様がその御力を発揮して王都に結界を張られるようになると、ようやく聖女様と向き合う気持ちになったのか、一目会ってくると仰り、神殿へとお出かけになった。
私はその日非番だったために同行することはなかったが、その後、殿下の御指名で聖女様付きの護衛騎士となることが決まった。
百年ぶりの聖女様の護衛など私に務まるのだろうかと不安にも思ったが、敬愛するアラン殿下直々の命なのだから、全力を尽くし、聖女様をお護りすることだけを考えようと努めた。
聖女様に最初にお会いした時は、私がすぐ馴染めるようにと茶を淹れてもてなしてくださり、お優しい方なのだなという印象だった。
毎朝祈祷をして結界を張られるお姿は神々しく、疑っていた訳ではないが、その御力もまさしくレイエル様の御加護を受けた本物の聖力だった。
ただ、聖女様は強大な聖力をお持ちだが、悪意や脅威に立ち向かう術を持たないか弱い乙女だ。
護衛騎士である私が、聖女様の盾となり、剣とならなければ。そう思い、日々の鍛錬にますます身を入れて取り組んだ。
しかし、ある日、転機が訪れる。
結界を広げるために訪問した孤児院で、聖女様の侍女であるレティシアが魔獣に襲われかけたのだ。
犬型の魔獣で敏捷さが厄介だったが、案の定、恐ろしい素早さでレティシアに襲いかかってきた。
私が身体強化の魔法でさらに速度を上げて仕留めようとした時、聖女様がレティシアに守護結界を張って守ってくださった。レティシアも私も聖女様に感謝したが、聖女様は何か納得されていないご様子だった。
そして翌日から、聖女様は聖力を攻撃にも使えるようにするため訓練を始められたのだ。
聖女様が攻撃の訓練をするなど、前代未聞だ。非常に驚いたし、困惑もしたが、私は訓練に協力することにした。
アラン殿下も仰っていたが、守護の力だけでは本当に守れないというお考えに共感したからだ。
そしてアラン殿下のご指導もあり、聖女様は瞬く間に新たな能力を開花させていった。元々の才能もあるが、強い意志と弛みない努力の賜物だと私は思う。
聖女様はお優しいだけでなく、芯の強さがあり、聖力を使いこなそうという強い責任感と気概を持ち合わせていらっしゃる。
繊細な見た目に反して言動にいくらか粗野な部分が見られることもあるが、辺境の田舎で生まれ育ったということなので、致し方ないところもあるだろう。
言葉遣いや所作など、これからいくらでも改められるのだから、大切なのは内面だ。その点、聖女様は王子妃となられるに申し分のないお方だと私は確信していた。
そして、最初はあまりいい雰囲気とは言えなかったアラン殿下と聖女様の仲も、聖力の訓練を通して、良い方へと変化していた。
これは喜ばしいことだ、このまま殿下に向き合ってくださればと思った。ただ、私はなぜか一抹の不安が拭い去れなかった。
日々、聖女様を近くで見守っていて感じたことだが、聖女様のお気持ちはどこか別のほうを向いているように思われるのだ。
聖女様の優しさや責任感も、その源は聖女という立場や殿下への想いから来るものではないと。
おかしな話だが、聖女様のお心の大半は専属侍女であるレティシアに向けられているように感じられる。
確かに、レティシアは美しいだけでなく、明るくて思いやりのある素晴らしい女性で、料理上手なところや、どこか泰然とした佇まいも好ましい。
侍女としての働きも申し分なく、聖女様を精神面でもお支えしていると感じる。聖女様がレティシアを大切に思うのは当然だ。
しかし、聖女様がレティシアを見る目には、侍女に対する信頼や好感以上の想いが込められているように思えて仕方ないのだ。
そして、レティシアも同じような想いを抱えていると。
先日、夏至祭に行った時などは、それが特に顕著に感じられた。
聖女様と専属侍女がそのような想いを寄せ合うなど、女性同士だし、あり得ない話だとは分かっている。私は他人からも、人の心の機微に疎いと言われることが多いから、全くの勘違いということもあるかもしれない。
ただ、どうしても疑念が心に引っかかって離れないのだ。
──いや、こんなことを考えるのはよそう。きっと私の目が曇っているのだ。
何よりも優先して護るべきお方に対し、このような穿った見方をしてしまうなど、私の心が乱れているに違いない。
最近、聖女様を差し置いて、なぜかレティシアを目で追ってしまうことも多い。
このような体たらくでは聖女様の護衛騎士として失格だ。明日の朝はいつもより厳しく鍛錬して雑念を払わねば。
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