第16話 夏至祭1
そして、あっという間に夏至の日になった。
午前中は、いつもの朝の祈祷に加えて、大掛かりな儀式を執り行うため大忙しだった。
しかも、王族や宰相、大臣たちも参加されるということで、かなり緊張してしまった。逆にエルネストは全くの普段通りだったので、さすが肝が据わっている。
一番立派な大聖堂で、大勢の神官や聖女であるエルネストが、レイエル様へ祈りと讃歌を捧げ、感謝と
偉い方々が退場されるのを見送った後、滅多に来ない大聖堂を見学しようと、エルネストと二人で色鮮やかなステンドグラスを見上げていたら、コツコツと誰かの足音が響いた。
「──アラン殿下?」
振り返ると、先程帰ったはずのアラン殿下が戻ってきていた。式典の正装である明るいブルーの衣装がよく似合っている。
「忘れ物でもありましたか?」
エルネストが尋ねると、殿下が意味ありげな笑顔を見せた。
「まあ、そのようなものかな。……今日は夏至の日だから、これを君に」
優雅にひざまずいてエルネストに伸べた右手には、可憐で清楚な花束が握られている。
エルネストは聖女への捧げ物扱いで受け取りはしたが困惑した表情だ。
「これは……?」
「王都では、夏至の日に大切な女性に花冠や花束を贈る風習があるんだよ」
……つまり、聖女への捧げ物ではなく、エレーヌへの贈り物という意味のようだ。
エルネストも殿下の意図に気付いた様子で、ものすごく引きつった顔をしている。
「……それはどうも。部屋に飾りますね」
花束に罪はない。
後で花瓶に入れて、窓際にでも飾ってあげよう。
「そういえば、今日は夏至祭に出かけるんだって? 僕も一緒に出かけたかったけど、あいにく他国の賓客の相手をしないといけなくなってね。残念だけど、君たちは楽しんでくるといい」
アラン殿下はそう言うと、今度こそ帰っていった。王子ともなると、楽しいお祭りの日も公務で忙しいようだ。
それでも僅かな時間を縫って会いにくるのだから、本当にエルネストを気に入っているらしい。想いが実ることはないのが可哀想ではあるが……。
そんな風に慌ただしく時間が過ぎ、あっという間に午後になった。
「お祭りには食べ物の出店もあるみたいだから、昼食は出店で買って食べない?」
「そうだな、そうしよう」
「じゃあ、みんな着替え終わったら集合ね」
エルネストとクロードは、それぞれ着替えをしに自分の部屋へと戻った。
私も部屋に戻って、クローゼットから、この日のために選んだ一着を取り出す。
鮮やかな若草色のドレスで、何層にも重なった真っ白なフリルと大きなリボンが可愛らしい。
「ふふ、こんなに素敵なドレスを着るのは初めてだわ! せっかくだから、今日は髪もいじっちゃおうっと」
実家にいた頃は、ダサいドレスや家事で汚れてもいいようなドレスばかりで着飾る楽しみはなかったし、神殿でも侍女の制服か寝巻きしか着ていなかったので、年頃の女の子らしいドレスを着られるのはとても嬉しい。
ドレスに合わせて髪型を決めたり、お化粧したりするのがこんなに楽しいなんて。
「……よし、こんなものかな」
肩下までふわりと広がる髪は緩いハーフアップにしてバレッタで止め、最後に淡い桃色の口紅を塗って、身支度を終えた。
我ながら、なかなか可愛くできた気がする。
扉の外ではエルネストとクロードが「聖女様、その髪は……?」「もちろん
……エルネストは私の格好をどう思うだろうか。褒めてくれたらいいのだけど。
期待と不安が入り混じりながら、エルネストの部屋へと続く扉をそっと開ける。
「……お待たせ、着替え終わったわ。どうかな……?」
私の声に、クロードと話していたエルネストが振り返る。そして、私はそのまま固まってしまった。
だって、エルネストがとても格好よかったから。
この間、着替えて見せてくれたときも素敵だったけど、今日は聖女用の
エルネストもなぜか私と向かい合ったまま微動だにせず、綺麗な菫色の瞳でじっと見つめてくる。
なぜだか恥ずかしくなって俯くと、クロードが声をかけてくれた。
「レティシア、とても可憐で似合っている」
「ありがとう。騎士服じゃないクロードも新鮮で素敵だわ」
クロードが驚いたような顔をしながらも褒めてくれて、ホッと安堵する。
今日のクロードは凄腕の用心棒といった装いだ。これなら聖女様の護衛騎士とバレるようなことはないだろう。
クロードと話した後も、エルネストがなかなか声をかけてくれないので、私は自分から話しかけることにした。エルネストも似合っていると思ってくれているだろうか。
「……エル、どうかな? 変じゃないかしら?」
スカートを摘みながら尋ねてみると、エルネストは戸惑ったように頭をポリポリと掻いて答えてくれた。
「……いつもと全然違うから驚いた。よく似合ってるし、可愛いと思う」
「よかった! ありがとう! エルもとても格好いいわ」
エルネストに可愛いと言ってもらえたのが嬉しくて、思わず顔が綻んでしまう。
エルネストは女の子を褒めるのが恥ずかしかったのか、耳の端が真っ赤になっていた。
「では、お二人とも、夏至祭に出かけましょう」
そうして、準備万端に整った私たちは、夏至祭で賑わっている街へと繰り出したのだった。
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