第15話 エルネストの男装

 新緑が眩しい初夏のある日。珍しくクロードがエルネストに尋ねてきた。


「聖女様は夏至祭の日はどのようなご予定ですか?」


「夏至祭?」


 エルネストが不思議そうに首を傾げる。


「はい、王都では夏至の日に祭りが行われるのです。午前中は神殿で儀式に参加される予定ですが、午後の予定はお決まりですか?」


「王都ではそんなことをするんだ。故郷でも夏至の日は特別な日だったけど、祭りなんてのはなかったな」


 夏至の日は、聖光神レイエル様を信仰するこの国では特に大切な日だ。


 一年で最も日が長いこの日は、レイエル様から人々へ祝福が贈られる日であり、レイエル様を讃え、感謝を捧げる日なのである。


 私の故郷でも夏至祭があり、昼から人々が集まって歌い踊り、太陽に見立てたジャガイモを使ったパイや、初摘みのベリーを食べていたが、どうやら王都でもお祭りがあるらしい。


「王都ともなると、きっと盛大なお祭りなんだろうなぁ」


 大勢の人で賑やかな様子を思い浮かべながら私が言うと、クロードが微笑んで答えた。


「ああ、出店もたくさん並んで大賑わいだ。あとは、歌姫大会も人気がある」


「歌姫大会?」


「王都の夏至祭の恒例行事で、歌が上手い女性たちが競って、その年の歌姫を決めるんだ。賞金も出るらしい」


「……賞金が?」


 いけない、思わず目の色を変えて聞き返してしまった。


「レティ、賞金が気になるのは分かるけど、歌に自信があるのか?」


「ふふふ、何を隠そう、実は故郷の領地では歌うま令嬢として有名だったのよ」


「……本当に?」


 エルネストは疑っているようだが、本当に歌には自信があるのだ。歌しか自慢できる特技がないとも言うが。


「賞金がいただけるなら、私も参加してみたいわ。王都のお祭りも気になるし。……でも、エルを置いてそんなことできないからダメか」


「みんなでお祭りに行けばいいんじゃないか? 神殿の儀式は午前だけだし」


「でも、聖女様がお祭りに来たら騒ぎになってしまうわ」


「それなら、変装して行くのはどうだろう。町の人たちに紛れられるような格好をしてさ」


「いいわね! クロードはどう思う?」


「そうだな……。変装はいいと思うが、設定をどうするかだな。夏至祭は男女の出会いの場でもあるから、女性二人に私一人だと、声を掛けてくる者がいるかもしれない。もう一人、アラン殿──」


 クロードが、明らかにアラン殿下を誘おうと言い掛けたところで、エルネストが遮った。


「分かった! お、私が男装する!」


「は? エルが男装? そんなの──」


 そんなの元から男じゃないと言いそうになって慌てて口を噤んだのと同時に、クロードが困惑顔で言った。


「聖女様が男装なんてできると思えませんが……」


「大丈夫。私は言葉遣いもこんなだし、《私》じゃなくて《俺》って言えば完璧だと思う」


「ですが……」


 クロードは、エルネストが女性だと信じ切っているのだろう。


 でも、私はエルネストが本当は男だと知っている。きっと男装しても似合うだろう。いや、男装も似合うという言い方はおかしいか。


 ……そう、本当のエルネスト。

 彼の偽りない姿を見てみたいと思った。


「……二人とも、ちょっと待ってて。男物の衣装を見繕ってくる」


 そう言って、出かけることしばらく。私は衣装部屋からエルが着られそうな男物の服を調達してきた。


「さあ、エル。まずはこの町人風の服を着てみて」


 エルネストに手渡したのは、地味な色合いの質素な服と帽子。ごくごく普通の町人が着るようなものだ。


 エルネストが着替えのために寝室に入る。

 そして──


「どうだ?」


 寝室の扉から出てきたのは、地味な服装なのにやたらと麗しい美少年だった。


 帽子の下のかつらは後ろで縛っていて、首元は喉仏が見えないようにちゃんとスカーフをしていた。


「これは……。驚きましたが、ちゃんと少年に見えますね」


「うん……でも、なんだか……逆に色んな人に声をかけられそう……」


 こんなに綺麗な顔の一般人がいたら、老若男女、貴賎を問わずに声を掛けられまくってしまいそうだ。


「確かに……。もう少し身分の高そうな格好の方がいいかもしれない」


「もう一着、貴族風の衣装もあるから、次はこれを着てみて」


 そしてまたエルネストが着替え終わって出てくると、今度は──


「……素敵! とっても似合ってる! これに決まりだわ!」


 青色が鮮やかな貴族風の衣装に身を包んだエルネストは、どこかの高貴な王子様と言われても信じられるくらいに格好よかった。


 サラリとした黒髪に澄み切った菫色の瞳。装飾の多い服を見事に着こなし、聖女のゆったりとした衣装では分からなかった長い手足が際立っていた。


「これなら、気軽に声は掛けられないでしょう。聖女様とレティシアは貴族の令息と令嬢、私はその護衛という設定でいきましょう」


「分かった。レティとクロードも、夏至祭までに衣装を決めておいてくれ」


 久々に男の格好ができるとあって、エルネストはだいぶ張り切っているようだ。


 私も、歌姫大会で賞金をもらって実家に仕送りができるよう頑張らなくては。


 半月後の夏至祭に向けて、エルネストも私も気合いを入れるのだった。

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