第14話 レティシアの手料理

 お花見から一月ひとつきほど経ったある日の朝。エルネストは朝練を終えてソファで寛いでいた。


 朝練はもう毎日欠かすことのない日課になっていて、今では数種類の攻撃法を扱えるようになったようだ。


 偽聖女として追放されることを目指しているのに、そんなに能力を上げようとしていいのかと思わなくはないが、エルネスト曰く、それとこれとは別らしい。


 私にはよく分からないが、とりあえず侍女として仕えるしかない。


「はい、紅茶を淹れたわ。今朝は雨が降っていて寒かったでしょう?」


「ありがとう。今日はずっと失敗してた追尾攻撃ができるようになったんだ」


 熱いカップで冷えた両手を温めながら、エルネストが嬉しそうに言った。


 できることが着々と増えてきて自信がついたからか、今までも美少年だったけれど何処か子供っぽさがあったのが、最近はハッとするくらいの凛々しい魅力が滲み出るようになってきた。


「……それはすごいわね! 私も訓練のお手伝いでもできればいいのに、もどかしいわ」


「いや、好きでやってることだから。レティが一緒に喜んでくれるだけでやる気が出るよ」


「でも……。そうだわ、せめて上達のお祝いくらいはさせてもらえる?」


「お祝い?」


「ええ、実家でお祝い事があるとよく作ってた料理があるの! あ、でも、私の料理なんて素朴すぎていらないか……」


「そんなことない。作ってもらえるなら……すごく嬉しい」


 エルネストが照れたように赤い顔でそんなことを言うので、私はすっかりその気になってしまった。


「それなら、今日のお昼に作るわね! ちょっと厨房を使わせてもらえるようお願いしてくるから待ってて」


「うん、楽しみだ」


 エルネストが楽しみにしてくれるだけで、不思議と心が弾む。


 私もずいぶん侍女らしくなってきたのかもしれない。スキップしたくなる気持ちを抑えつつ、私は早歩きで厨房へと向かった。



◇◇◇



「エル、お待たせしました!」


 私は、焼き立ての料理を真っ白なお皿に綺麗に盛り付けてテーブルへと運んだ。


「さあ、ケークサレよ。召し上がれ!」


 ケークサレは塩味のケーキのことで、砂糖を使わず、小麦粉の生地に肉や魚、野菜やチーズを入れて焼き上げたものだ。


 切り分けた時の断面も、色々な具材が顔を出して賑やかで、食卓がパッと華やぐ。


 実家では、食事はいつも質素だったが、家族の誕生日などのお祝い事があると、好きな具材を使ったケークサレを焼いて、少しだけ豪華な食事を楽しんだものだった。


「エルネストが好きな、トマトとそら豆とチーズが入っているわ」


「本当だ。美味しそうだな。食べてみてもいい?」


「もちろん、温かいうちにどうぞ!」


「いただきます。…………うん、美味しい!」


 エルネストは目を丸くしながら、パクパクとあっという間に二切れを平らげてしまった。


「これ、美味しすぎていくらでも食べられそうだ」


 本当にいい顔で食べてくれるので、見ている私まで幸せな気持ちになる。


「……作った甲斐があったわ。まだあるから、たくさん食べてね」


「ありがとう。でも、一人で全部食べたいところだけど……せっかくだからレティも一緒に食べないか? クロードも……羨ましそうに見てないでこっちに来ればいい」


「……そんな顔をしていましたか?」


「ふふ、お祝いだからみんなで一緒にいただきましょう」


「……ご相伴に預かります」


 やっぱり、大切な人たちと同じ食卓を囲めるのは、とても幸せなことだ。


 ささやかでも温かい料理を分け合って、友人を祝い、共に笑い合う。


 いつまでもこんな穏やかな時間が続けばいいのにと思うが、エルネストはいつか追放されなければならない。


 だから、これは束の間の団欒かもしれないけれど、今はただこのひと時を楽しんでもバチは当たらないよね。


 そんなことを思いながら、私も一切れ、ケークサレを頬張った。



◇◇◇



 その日の夜。クロードが仕事を終えて部屋へ戻り、私も続き部屋の自室に行こうとした時、エルネストが声を掛けてきた。


「レティ、今日は手料理をありがとう。美味しかった」


「ううん。こちらこそ、たくさん食べてくれてありがとう」


「俺の好きな具材ばかりだったけど、教えたことあったかな?」


「いつも見てれば分かるわ。エルは好きな食べ物は最後まで取っておいて、ゆっくり味わう派でしょ?」


 食事の時、いつも付け合わせのトマトやそら豆やチーズを最後に取っておくエルネストが、少し子供っぽくて微笑ましいなと思っていたので、覚えていたのだ。


「そう言われると、昔からそうかもしれないな。後味良く終わりたいだろ?」


「なるほどね。昔はどんな料理を食べてたの?」


「妹が作ってくれてたけど、固い丸パンに、野菜やら豆の煮込みスープとか、釣った魚を焼いたりとか、普通の田舎料理だったよ。懐かしいな」


「あら、そういう料理なら得意だから、また作ってあげるわよ。妹さんの味には敵わないでしょうけど」


「……妹の料理も美味いけど、俺はレティの料理のほうが好きだな」


 あのシスコ……妹思いのエルネストがそんなことを言うなんて、私の料理の腕もなかなかのものなのかもしれない。なんだかくすぐったくて恥ずかしい。


「ふふ、嬉しい。また作るから、楽しみにしててね!」


「ああ、楽しみだ」


 そして、どこか名残惜しさを覚えながら「おやすみ」と挨拶を交わして、自分の部屋へと入った。


 パタンと扉を閉めた後、急に寂しくなったのは、昼間の和やかな時間を思い出したからだろうか。……きっと、そうだ。

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