第11話 エルネストの訓練
孤児院を訪問してから一週間。あの日以来、エルは早朝から鍛錬をしているクロードと一緒に聖力を扱う訓練を重ねていた。
聖力は魔法とは異なり、体内の魔力を消費して発動するのではなく、聖光神レイエル様の加護を受けた者が、レイエル様との繋がりを持ち、その御力を分け与えていただけるようになるものだ。
ただ、原理は異なるものの、イメージを形にするという使い方のようなものは同じで、エルネストはそこを鍛えているのだそうだ。
ところで、魔法は誰にでも使える訳ではなく、血筋や突然変異によるもので、魔法を使える人はおそらく国民の一割にも満たない。
主に王族や上位貴族に多く、稀に平民にも現れることがある。その能力も、強大な魔法をたやすく扱える者から、そよ風を吹かせたり、蝋燭に火を点したりといった
ちなみに、私は魔法が使えない。
クロードは身体を強化する魔法が使えるようで、騎士の仕事で重宝しているようだ。
どおりで先日、魔獣と戦った時も、物凄い速さの魔獣に劣らない常人離れした動きを見せていた訳だ。
並の騎士ではとても一人で太刀打ちできなかっただろう。クロードは本当に優秀な騎士なのだ。
話が逸れてしまったが、今日も朝早くからエルネストは訓練をしている。
いつもは、クロードが付いているから私は起きてこなくていいと言われていたので、寝かせてもらっていたのだが、今日は早くに目が覚めて眠れなくなってしまったので、訓練の様子を見学しに行くことにした。
美しく整えられた中庭ではなく、少し地味で開けた場所のある裏庭に行ってみると、ちょうどエルネストの訓練をクロードが見てくれているところだった。
「聖女様、だいぶ精度が上がってきましたね」
「そうかな? 的にすべて当てられるようになりたいんだけど……」
「この調子ならすぐできるようになるでしょう」
どうやら、何かを的に当てる練習をしているようだ。
エルネストは、祈祷の時とはまた違った真剣な顔つきをしている。朝の爽やかな空気の中、背筋を伸ばし、凛とした表情で一点を見つめるエルネストがなんだか高潔な騎士のように見えた。
「おや、レティシアが来たようですよ」
「え? なんだ、レティも来たのか」
こっそり見学するつもりだったのが、見つかってしまった。私は二人に手を振りながら駆け寄った。
「二人とも、お疲れさま。すっかり仲良くなったのね」
エルネストとクロードは朝の訓練を通じて仲良くなったようで、エルネストはすっかり素に近い口調で喋っている。
初めはバレるのではと冷や冷やしたが、クロードはこれが聖女様の故郷のド田舎の言葉遣いだと信じ切っているようで、全く疑われることはなかった。
今では、公式な場以外では、この口調で定着してしまっている。私もクロードの前では安心して、エルネストと気軽に話すようになっていた。
「今日は何の練習をしていたの?」
「今は光の矢を的に当てる練習をしてた」
「光の矢?」
「ああ、今までは聖力で結界を張ったり、怪我を治癒するようなことしかしてなかったけど、攻撃もできるようにと思って、色々試してるんだ」
聖女様が攻撃……。
歴代の聖女様は、聖なる乙女に相応しく、守護や治癒の力に特化していた。
エルネストはそれに加え、さらに攻撃能力も高めようとしていると言うのだ。
それが、魔獣と対峙しながらも戦えずに終わったあの日に出した答えなのだろう。
「ねえ、どんな風なのか見せてもらってもいい?」
「いいけど……。じゃあ、あそこの的に当てるから見てて」
私が実演をねだると、エルネストは百歩ほど離れた場所にある、大人の頭ほどの的を指差して言った。
思っていたよりだいぶ面積が小さい。本当にあんな小さな的を狙って当てることなんてできるのだろうか。
「レティ、危ないから後ろに下がってて」
エルネストがそう言って、右手を開いて胸の高さに上げると、白い輝きとともに三本の光の矢が音もなく放たれ、狙いどおりにすべて的に命中した。
「すっ、すごいわ、エル!!」
思わず歓声を上げると、エルネストも嬉しそうに破顔した。
「初めて三本とも命中した!」
「聖女様、お見事です」
クロードも的を眺めながら感心している様子だ。
「クロードに集中の仕方を教えてもらったおかげだ。ありがとう」
「もったいないお言葉です。聖女様はずいぶん上達されていますが、私が扱うのは身体強化の魔法なので、教えるのにも限度がありそうです。アラン殿下であれば、攻撃に優れた火の魔法をお使いになるので、聖女様もより多くを学べるかもしれません」
「アラン殿下か……」
なるほど、クロードでは攻撃魔法は使えないので、エルネストに教えられることも限られるようだ。
アラン殿下は確かに以前、火の魔法が得意だと仰っていたので、エルネストが攻撃能力を上げるための参考になるかもしれない。
ただ、エルネストは殿下に手の甲にキスされてから、殿下のことをだいぶ嫌がっている……。
殿下に教えてもらうというのは、心理的になかなか難しいかもしれない、と思っていたら──
「……そうだな。あまり気乗りしないけど、一度教えてもらえたらありがたい」
あんなに殿下を嫌がってたのに、自ら教えを乞いたいだなんて……。
かなり驚いてしまったが、それだけ強い気持ちで研鑽に励んでいるということだろう。
「承知いたしました。それでは、私から使いを出して殿下にお伝えしましょう」
「ありがとう、よろしく頼む」
そしてクロードが殿下に使いを出した後、超特急で返事が届き、一週間後に殿下と訓練のために出かけることになったのだった。
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