第12話 殿下との訓練?
アラン殿下との約束の日。エルネストとクロードと私は、朝の祈祷を終えた後、迎えに来てくださった殿下と一緒に馬車に乗って、何処かへと出発した。
今日は殿下の護衛の方々がいらっしゃるので、クロードも馬車に乗っている。
私とクロード、エルネストと殿下が隣り合って座っている。
「アラン殿下、今日はお……私のお願い事を聞いてくださって、ありがとうございます」
「君から頼ってもらえるなんて嬉しいよ。それにしても攻撃能力を上げたいだなんて、歴代の聖女とはずいぶん毛色の違った考えだね」
「守護の力だけでは、本当に守ることはできないと思ったのです」
「……なるほど。その考え方は好きだな。僕にできることなら何でも協力しよう」
アラン殿下も、エルネストの聖女としては一風変わった考えに賛同してくれたようだ。
向上心を持って日々訓練に励むエルネストを応援してもらえて、私まで嬉しくなる。
「……ところで殿下、この馬車はどこに向かっているのですか?」
エルネストが窓の外を見ながら尋ねた。私もずっと気になっていたので、じっと殿下の顔を見つめて返事を待つ。
「ああ、ちょうどユラの花が見頃だから、花見をしようと思ってユラの花の名所に向かってるよ」
「は、花見……!?」
アラン殿下はなんてことないように言うが、私たちは訓練のために出かけたのではなかったっけ……?
いつの間に花見なんてすることになってたのだろうか……。
「そう。訓練も大事だけど、せっかく君と過ごせるんだから、花見もしたいと思ってさ」
殿下はそう言って、またお得意のウインクをかましてきた。
「レティシア嬢もユラの花を見たいだろう?」
急に殿下に話を振られて焦ったが、こくこくと頷いて見せる。
ユラの花は、春になると枝一杯に赤や白、ピンクの可憐な花を咲かせる木で、春の風物詩だ。
故郷でも、初春にユラの花が咲くと、家族揃ってバスケットにサンドイッチを詰めて出かけ、ユラの花を愛でながらワイワイとピクニックを楽しんだものだ。
薄っぺらいハムや、潰したゆで卵を挟んだ質素なサンドイッチだったが、美しい自然に囲まれて、家族みんなで食べると、ものすごく美味しいご馳走を食べている気分になった。
ふとそんなことを思い出し、エルネストと一緒にユラの花を見られたら、すごく楽しいだろうなと思ったのだ。
「……レティが見たいなら、ご一緒します」
エルネストは、私が頷いたのを見ると、そう答えた。
そして、殿下が嬉しそうにこの後の流れを決め、まずは花見と昼食を楽しんで、それから訓練をすることになったのだった。
◇◇◇
「さあ、着いたよ」
「まあ……なんて綺麗なの……」
馬車から降りると、そこはたくさんのユラの木に囲まれた静かな場所だった。
色とりどりのユラの花が満開に咲き誇っていて、甘く芳しい匂いが風に乗って優しく香る。
陽当たりの良い場所にある木は花びらが散り始めているものもあった。
柔らかな日差しの中でユラの花の花びらがひらひらと舞い散る光景はとても美しくて、言葉もなく、ただただ見惚れてしまう。
「レティはユラの花が好きなのか?」
「ええ、大好き! 故郷にユラの木の並木道があって、春になるとよくそこへ行ってはこんな風に眺めて楽しんでたわ」
私が笑顔で答えると、エルネストは少し言葉を詰まらせ、慌てて視線を逸らすかのようにユラの花を見上げた。
「……確かに綺麗だ。レティがそんなに喜ぶんなら、あの殿下に感謝しないとだな」
少し離れたところで花見の準備を指示しているアラン殿下をちらりと見ながらエルネストが呟く。
「エルの故郷にもユラの木はあった?」
「そういえば、家の裏山に何本か生えてたな。小さい頃、妹が花びらを集めてシチューに見立てて、おままごとに付き合わされたことがある」
妹さんとの思い出を懐かしむように、エルネストが優しく笑う。
その表情は、至って普通の妹思いの兄といった雰囲気で、そんな顔を見ていると、ここにいるのが聖光神の加護を賜った特別な人だということを忘れそうになってしまう。
「微笑ましい思い出ね。エルも普通のお兄さんなのね」
「……俺は聖力が使えるだけの、普通の田舎生まれの兄貴だよ」
「ふふ、それって普通なのかしら。……でも、そうね。エルはエルね」
「ああ、俺は俺だよ」
なんとなくそのまま無言になり、心地よい静寂に身を委ねていると、後ろから殿下が呼びかける声が聞こえた。
「エレーヌ嬢、レティシア嬢、花見の準備ができたからおいで!」
◇◇◇
殿下たちのところへ向かうと、大きなユラの木の下に厚手のブランケットが敷かれていた。
その上にはサンドイッチやピクルス、鶏のロースト、デザートの焼き菓子に瑞々しい果物の盛り合わせなど、豪勢な料理が並んでいる。
「すごい……! ピクニックであんなご馳走が……!」
「急にお腹が空いてきた……」
「君たちの口に合うといいんだけど。クロードも護衛は僕の騎士たちに任せて、一緒に食べるといい」
「……はい。お心遣い感謝いたします」
「そういえば、クロードは神殿で上手くやっているかな?」
果実水で乾杯をすると、アラン殿下が尋ねてきた。
「はい、レティが魔獣に襲われそうだったところを助けてもらいましたし、私も聖力の扱い方を見てもらったりして、とても助かっています」
「本当に、頼りになる騎士様をつけてくださって、殿下には感謝しています」
「それはよかった。でもクロードばかりエレーヌ嬢と仲良くなって妬けるなあ。エレーヌ嬢と気安い口調で会話する仲になってるって、神官から聞いたよ」
羨ましそうに横目で見てくる殿下に、サンドイッチを頬張っていたクロードがゴホゴホと咳き込む。
「……聖女様が、郷里の言葉の方が話しやすいとのことでしたので……」
「そ、そうなんです。それに、クロードは私の護衛だからで、殿下にはさすがに身分の差がありますから、故郷の言葉でなんて話せないです」
「そんなの気にしないでいいのにな〜。まあ、婚約するまでは我慢しようか。ね、エレーヌ嬢」
殿下は、色々エルネストのことを気遣ってくれてありがたいのだが、こうやって婚約アピールを挟んでくるから厄介だ。
一応、分別があって強引に来ることはないから助かっているが、これがもしせっかちで無理やりなタイプだったら、今頃はいろんな意味で危険なことになっていたかもしれない……。
「私、まだ殿下のことを全然知りませんので」
「じゃあ、この後の訓練でいいところを見せようかな」
冷たい笑顔を返すエルネストに、それにもめげず、さらにアピールを重ねようとする殿下。
エルネストたちとの初めてのお花見は、こんな感じで和やかだったり、冷え込んだりしながら、お喋りの花も咲くのだった。
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