第2話 母

波留を抱いてそこから走って逃げた。

どうしたのだろうか。波留が離れると思うと急に愛しくなり仕方がなくなった。

嫌悪していたはずなのに。


波留の成長がこの目で見たい。

これが母となるという事か。沙也加は自覚していなかっただけで母になっていたのだろうか。


小銭を持ち、古いアパートを借りて生活保護の申請をした。

すぐに生活保護は下り、なんとか生活ができるようになった。


物乞いをしていた頃よりはいい生活ができる。

だが世間の目が気になる。

波留が「生活保護の所の子」として見られたくない。


胃を痛めながら面接という面接に行き、ようやくスーパーのレジ打ちのパートが受かり、少しずつではあるが給料も安定してきた。

決して贅沢はできないが自立できている。

波留が一歳になった時には生活保護から抜けた。それはようやく一人前に社会に馴染めたような、羽根が生えたような気持ちになった。



それから半年が経ち、波留はご飯を指さし「マンマ」と言い、沙也加を見て「ママ」と言った。


涙が溢れる。成長を実感した。

波留がこんなにもかけがえのない存在になっているとは思わなかった。

仕事が終わると即刻保育所に迎えに行き、夜は抱きしめ眠りにつく。

些細な変化を見れることが、今の沙也加の生活の中で一番嬉しく幸せなことだ。


二歳になる頃には車を見て「ブーブー、いた」と言った。

犬を見て「ワンワン、きた」と言う。その成長は沙也加が毎日話しかけ、愛情を与えている証であった。


憎い父親に似ていると思っていた顔も、少しずつ沙也加の面影を見せるようになった。


ある日悪戯で「メッ」と言うと波留は小さく泣いた。泣き顔が可愛く、つい何度も「メッ」と言ってしまった。

未だに反省している。




波留は今年十八歳を迎え、家に彼氏を連れてきた。

「ママ、私結婚する。実は妊娠したみたい」と照れながら笑う。彼氏は緊張した面持ちで正座をしている。


父がいるだけ沙也加の時よりも幸せだろう。本当に良かった。

しかし血は争えないな、こんな所も似てしまったと思わず笑みがこぼれた。

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母になる 村崎愁 @shumurasaki

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