母になる
村崎愁
第1話 子
「お願いします。この子を育ててください。」
汚い格好をした乳飲み子を抱えた女が道行く人に声をかけ続けていた。
女の前には欠けた器がある。
乳飲み子を受け取る人はいないが、器に少ない金が入っていく。
その少ない金で女は生活をしていた。
女は本当に子を手放したかった。
女の名は沙也加。子の名前は波留という。
沙也加は所謂、劣等生で学校にもほとんど行かずに遊んでいた。
バイト先の父親ほど歳の離れた男に、吞み会の帰りに犯され妊娠をした。
まさかその一回で妊娠するとは思わずに、気が付いた時には堕胎ができない時期になっていたのだ。
男は妊娠がわかると職場を去り逃げた。
波留は女児でその男の顔によく似ている。とてもじゃないが愛せない。
手放したいのに子は母を欲している。
両親は妊娠がわかり、沙也加を家から追い出した。
家も無く、金も無い。
腹はどんどんと膨れていく。
そんな女に手を差し伸べる男などいない。
親しい友人もいない。
誰も頼れない。もう精神は限界だった。
一昨日も昨日も今日も毎日、街中で子を貰ってくれる人を探した。
ある日いつものように、街で波留を育ててくれる人を探しながら物乞いをしていたら裕福そうな夫婦が目の前にきて「その子供、いらないのですか?」と聞いてきた。
ついに波留を手放す時がきたと思う。
沙也加はいらないはずの子を隠し「いえ、この子は渡せません」と口をついて出た。
自分の言葉に驚く。
夫婦は理解できないという表情で去って行った。
誰かこの子供を育ててくださいと言ったのは沙也加だ。
その時初めて波留を手放したくないと強く感じた。
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