第11話 母乳外来

 家に帰ると、助産師さんという先生がいないので、生活サイクルがきちんとできるまで手探り状態が続く。


 でも入院延長のおかげで、その間のことや言われた事を思い出しながら、なんとか毎日を過ごせている。


 義母の作り置きしてくれる料理と夫のサポートのおかげで、日中は直母の練習を頑張れる。


 でも、1日、2日、3日…何日経っても、何回トライしても、何も変わらない。


 少しでも上手くいく兆しが見えれば、私も頑張ろうという元気が湧くのだけど、全く進歩が無ければ、その気持ちはどんどん萎んでいく。


 最初は一回につき、抱き方を変えたり角度を変えたりして何度もトライしていたけど、そのうち諦めるのが早くなる。


 …なんか、ダメかもしれない。


 



 1週間ほど経って、産後の母体の経過観察のための受診へ行く。

 この日は退院時に予約していたので、一緒に母乳外来にも予約を入れておいていた。


 病院の待ち時間はとにかく長い。


 予約してても1時間は待たされる。これでも今回は早い方だ。

 でも1人だけなら『今日は早くてラッキー』と思ってたかもしれないけど、赤ちゃんと一緒なので長く感じた。



 私の体は順調に回復していて問題ない。良かった。


 そして少し待ち時間があってから予約していた『母乳外来』から呼ばれる。


 担当の助産師さんをパッと見た感想は“若い”。

 だからどうだ、という話なのだけど、正直、実習生を監督する先生クラスのベテランさんを期待していた。

 経験者ならではのアドバイスとか、“こういう例がありますよ”みたいな小話とか、前向きになれる話が聞けたらいいなと思っていたので、ガッカリした。申し訳ない。


 で、まずは問診から。

 赤ちゃんの身長・体重測定と、授乳量の確認をする。

 そしていよいよ直母のレッスンを受ける。


 だけど…やっぱり何度やっても全く吸い付いてくれない。

 退院する前に聞いたやり方と同じことを言われ、またそれを繰り返す。

 

 んー…テンプレートか…。


 もう家で何度も何度も試していてダメだったので、きっとダメだろうと思いながらやってたから、私の諦めは早い。

 トライはものの10分ほどで終了した。


 だよねー…と、助産師さんに気付かれないように溜息をつく。


 自分の診察を受けるまでの待ち時間で疲れていたし、この時もう赤ちゃんの授乳時間を過ぎていたので、出来ないことを頑張るより早く授乳をしてあげたいと思った。


 助産師さんに、

「赤ちゃんはまだ小さいので、上手く吸えるようになるまでに時間がかかるかもしれません。」

 と、退院前に言われたことをまた言われた。


 『母乳外来』の助産師さんは、若いと思ってたけど、流石に外来を受け持つだけあってすごくしっかりした方ではあった。

 期待してたコツとか教えてもらえることはやっぱり無かったけど、“若い”というだけで判断しようとしていた自分に『コラっ!』と軽く叱っておきました。すみません。


 でも…疲れた。


 家に着くまでに時間がかかるので、赤ちゃんに授乳しなきゃと思い、授乳室に向かう。


 授乳室は何人か入れる部屋で、壁で仕切られ、カーテンで目隠しできる。


 そこで私が入ると同時に、終わって出てくるママを見た。


 赤ちゃんと、小さなポーチ1つを持っているだけだ。


 私は初めての赤ちゃんとの外出なので、必要以上の物を持ってきた感はある。でもそれより荷物になるのはミルクセットだ。

 哺乳瓶と、ミルクを測って入れてあるケースと、お湯を入れた水筒。

 どれだけ時間がかかるか分からないので、3セット入れてきた。


 熱湯は授乳室に備え付けてあるのはその時初めて知ったけど、授乳室が無い所では熱湯は必要なので、やっぱり持ち歩かなければならない。


 荷物を同伴者に預けていたとしても、ミルクセットはかなりの荷物なのだ。持って入らないと授乳はできない。


 …この人は、直母の人なんだ…。


 すぐに分かる。

 羨ましいというか、自分が出来ないのが恥ずかしいというか…。


 ミルクをセットしてお湯入れて、溶かした後に流水で冷ます。

 なかなか温度が下がってくれない間、

“私はミルクだ”と、ここにいる人皆にバレるんだなーと考える。



 ああ、何で私には出来ないんだろう…。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る