第9話 ダレル君、色々バレる
この日の昼休み、アレックスと俺は学院内のカフェテリアにある特別個室に呼ばれていた。
特別個室とはすごい名前だが、要するに王族やそれに類する高位貴族のみが使用出来る貴賓室のひとつなのだろう。
そういうものがあるらしいとは噂で知っていたが、なるほど防犯上の問題から出入り口は壁と同化していて、知っている人しか入ることは出来ない造りになっていた。
招いてくれたのはもちろんミカエル殿下だ。
廊下に立つ護衛騎士の方が俺達を見て、中に誘導してくれる。
すると、室内にはすでにミカエル殿下と、ソーンダイク様、バートレット様とエーメリー嬢もいらっしゃった。
「やあダレル君とアレックス君。食事は私用に定められた今日のメニューが出て来るけど、好き嫌いある? 大丈夫かな?」
のんびりした口調で話しかけて下さるミカエル殿下。いや、好き嫌いとかそんなのないです! 注文なんてつけられません! と二人でおろおろしていると、豪快に笑われた。
「こないだのダレル君は、空気を読まずに敵に色んなこと言ってて怖いもの知らずだったのにね!」
「い、いや、あの時はアホになり切ってたんです」
恐縮しながら答えるが、バートレット様がおかしそうに俺を見やった。
「そんなそんな! あの状況での『お手洗いに行きたいんです!』は笑ったよなあ」
「あっ!」
そうか、あの時のことはバッジを通して皆さんに筒抜けだったのを忘れてた。
「シンシアは本当に用を足すのかと思って、顔を真赤にしていたよね? 可愛かったなあ」
「悪趣味ですわよ、ケイン様! あの、セイモア様、盗み聞きしてしまって申し訳ありません。でもお二人のことが気になって······」
エーメリー嬢はしきりに申し訳ないと言うが、緊急事態だったのだ。親友のサンディがどうなるかと心配していただろうし、別に本当に用足しを聞かれたとしても仕方ないと思う。
が、食事前にそんなこと言わない方がいいだろうな。
「そうだったんですか! しかしそんな魔道具まであるなんてすごいですね! 俺はダレルから部屋が臭かったことばかり聞いていました」
「えっ、怪しい薬草でも焚いていたのか?」
アレックスの飄々とした話に何故かソーンダイク様が真面目に乗っかって来てくれている。
「違うんです、臭かったのは酒と男達の汗混じりの体臭で······。俺、鼻がいいものですから、すごく臭く感じたんですよ」
「そうそう。あの男達、勝った気でいたのか、やけに酒を飲んでいたみたいだったよね?」
にこやかにミカエル殿下が相槌を打ってくれたところで、料理が運ばれてきた。
カフェテリアのいつものメニューには無い豪華なものだ。さすが特別個室の王族特別メニュー。
暫し食事を楽しみ、お茶が供されたところでミカエル殿下がまた話し始めた。
「結局、ブリンソン達五名はサウール西国に関与したということで学院は退学。だが詳細を知らされず、利用されただけという点を加味して、遠洋漁業に二年間従事することになった。学院卒業までの期間だね。そこで漁業と海洋警備隊の仕事を学んでもらい、能力的に問題なければ二年後もそちらで働いてもらうことになるかな。
学院生としても貴族としても迂闊ではあるけれど、後継者とならずにおくのであれば、今回はそこまで厳しい措置は取らないことになった」
「随分軽いもののように思えますが」
ソーンダイク様は首をひねって聞いている。
王立学院退学に騎士になれないこと、それに二年も船の上って十分重い罰のように思えるが。
「先のサウール西国での紛争では多くの命が奪われた。あまりに厳しい処断ばかりでは付いて来るものも付いて来なくなる。様子見の部分もあるが、当該家において王国の要職にあった者は降格としているよ」
「なるほど、もし膿があるのなら、この先の動き次第で潰し、子息は海の上で人質に取っておくと」
「言い方は悪いが、そんなところかな」
ソーンダイク様とバートレット様が納得の顔で頷き合っている。
よく分からないが、上の方が決めた落とし所なんだな。
手持ち無沙汰なので、お茶に添えられていたクッキーを摘む。すごくおいしい。
あ、そうだ。
「殿下、シスターはどうなりましたか?」
「あの者は情状酌量の部分もあるが、元が王国に謀反を働いた家の者だ。家族揃って北の辺境伯領に行かせ、当人は戒律の厳しい修道院に。母と弟は辺境の兵舎にて住み込みで働いてもらうことにする」
「西国と物理的に距離を取るのですね」
「あとは西国と繋がっていた貴族家の洗い出しですね。······まだまた先は長そうですが」
バートレット様は遠い目をしながら呟いた。王城文官でいらっしゃるので、今回の件がご自身の仕事に影響があるのかもしれない。
ミカエル殿下の報告が終わり、改めてお茶を飲んで今度は焼き菓子に手を伸ばす。これも当たりだ。
何か分からないが柑橘の皮入りのジャムが練り込まれていて酸味が良い。
アレックスと顔を合わせて微笑む。
やっぱりおいしいよな!
ほのぼのとお茶を楽しんでいたら、ミカエル殿下が居住まいを正し、俺達に頭を下げる。
何で?
「アレックス君、それからダレル君には今回大変協力してもらったのだが、如何せん公に出来ない話なものだから、表立って表彰することは難しい。だからこんな形の礼になってごめんね。二人とも本当にありがとう。
エイベル兄上が小屋でのダレル君の動きを褒めていたよ。あと、あんなにはっきりアボット嬢を好きって言ってて可愛かったって。······あっ!」
突然ミカエル殿下に爆弾をぶっ込まれた。
「えっ? えっ、俺そんなことエイベル殿下に······えっ?」
ぶわぁと顔に血液が溜まって行く感覚がある。
何、俺そんな宣言したんだっけか?
「······殿下、言っちゃいましたわね。口が軽い殿方はユーフェミア様に嫌われますわよ?」
「ううっ、それは嫌だ······」
エーメリー嬢が呆れたようにミカエル殿下を睨む。
ああ、そうか。
サンディの事情を教えてもらうために、ミカエル殿下にそう答えたけど······、あれも全部聞かれていたのか······。
「セイモア様。心の内を無断で伺ってしまい申し訳ありません。わたくし達、それを謝ろうと思いまして本日の場を用意したのです。でも、あの御心はとても素敵でしたわ。何故かサンディには全く伝わっていないようですけれど」
落ち着いた口調でエーメリー嬢が声をかけてくれる。
さすがにソーンダイク様とバートレット様は何も表情に出さないでいてくれるが、横でアレックスがわくわくしているのを必死に隠そうとしている。
だが全く隠れてないぞ!
「そうなのですか? そうですよね。自分の気持ちにはっきり気付いたのも、あの時殿下に聞かれてなので······大変な目に遭ったばかりのサンディに思いを伝えるのも押し付けがましい気もしますし。彼女も俺に助けたから嫌でも断りにくくなるでしょうし。
でもサンディが侯爵家の方だっていうのも知りませんでしたし、何より成り上がりの俺ではお家の方も困りますよね······」
サンディ以外には皆に知られているのに、俺には本人に告白する勇気がない······。
「えー、でもさ、アボット嬢の瞳のこともさ、『綺麗な色で女の子っぽくて可愛い』って本人の前で言ってたよね? もうほぼ告白じゃん!」
「殿下、あれはだって、アホ設定だった俺が言ったことなので······」
「でも、その時のダレル君だって本人でしょ?」
「ですが······」
ぐちぐちと話しながら逡巡していると、エーメリー嬢が喝を入れてくる。
「セイモア様! もうそんな事を言っている時間はありませんわ!」
「そうだ、そうだ!」
「そうだぞー!」
ミカエル殿下、アレックスと随分息が合ってますね。
「時間? どういうことですか?」
「今日はこの話をしようとしていましたから、はじめからサンディは呼ばないつもりでしたが、状況が変わりましたの。
彼女は今回の事件でアボット侯爵家に迷惑をかけたことを気に病んで、家の利益優先で近く見合いをするそうですわ」
「ええっ!?」
「私達も知らなかったぞ!」
「二人の甘酸っぱさが堪能できなくなる!」
「兄上に急ぎ報告だ!」
エーメリー嬢の爆弾発言に、俺以外の人達までわあわあと騒ぎ出した。
だか、一番騒ぎたいのは俺だ!
サンディ、婚約してしまうのか?
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