第8話 ダレル君、再戦する
サンディが俺から逃げたくて、西国に逃げたくて、ブリンソン様に助けを求めた?
それで俺が侯爵家の金を狙ってハレンチな事を企む泥棒の息子?
無理言うなよ。
いざ学院に戻ってあの記事を読めば、ブリンソン様達の方こそ俺達に恨みがあったことなど丸分かりだろうがよ。
腹立った! サンディの瞳のことも馬鹿にしやがって! 何だこの状況!
――俺が引っ掻き回してやる!!
「でも、ブリンソン様達はすっごくすっごく弱いですよ? 俺を討つなんてシナリオは無理です!」
「はあ? 何言ってるんだよ? ダレル!!」
素っ頓狂な言い方で、いかにも自分が殺られるなんて気づいていないように話を続けてみた。
「だって、こないだの模擬戦でも話にならないくらい瞬殺で勝てちゃったんですよ? 瞬殺! だからブリンソン様に討たれるっていうのは無理です」
「そんなわけないだろう! ふざけるな!」
「ほう、そうなのか」
よし、酔っ払い達がアホな話に食いついた!
酒場では下らない話ほど受けるんだよな。
続けていかにも馬鹿にしたようにくすくすと笑いながら、ブリンソン様を覗き込む。
「本当ですよ! 試してみてもいいです! 彼らが何て言ったのか知りませんが、弱々なのは有名ですから、よければ今お見せしますよ、弱いからすぐ終わりますもん」
「奴らは弱々!」を連呼して、こっちの土俵に引きずり込んでやる。本物のお貴族のお坊ちゃんには出来ないだろう?
呆気に取られているサンディにエイベル殿下から預かった笛を渡し、これで試合開始の合図を出すように頼む。
「それに、アボット嬢を奪うために追いかけて来た設定なのに武器も何も持ってないですよ、俺。いくら馬鹿だからって誘拐しようというのに手ぶらっておかしくないですか? 彼らが弱々だからって素手はねえ。
ここで弱々坊やで話題のブリンソン様と再戦しますから、剣を貸して下さいー」
「ダレル、お前本当に黙れ! 許さんからな!」
「ははは、ダレル君は面白い子だな。おい、余興だ、誰か剣を貸してやれよ」
酔っているからか、リーダーまでもが学生のおかしな小競り合いを喜び出した。
部下の人の剣を貸してもらう。武器を貸すなんて馬鹿なのかな? 1対10だから余裕だと思っているのかな?
敵を侮ることこそ敗戦の道なのに。
「じゃあブリンソン様、やりましょう! アボット嬢、開始の合図をお願いします! 笛、大きく吹いてね!」
「え、あ、うん······!」
ビーーーーーーーーッ!!!
サンディの吹いた騎士団の笛の音に紛れて、俺は素早く通信をする。
「ミカエル殿下、突入と身体強化を重ねがけお願いします! 敵は5、ブリンソンら5、内通者の女1にサンディです!」
『了解! 騎士団突入するよ!!』
カッカとしたブリンソン様が突っかかってくるのを剣で受けて吹き飛ばす。
身体強化の効果でブリンソン様が盛大に飛んで行き、テーブルの上に落ちて酒瓶が割れる。
大笑いする赤目の男達と、「ダレルの癖に舐めやがって!」と激昂して切りかかって来ようとするブリンソン様の取り巻き連中。
――あーあ、彼らは剣を抜かない方がいいのにな。
それに続いて騎士団も突入してくる。
ガシャーンとド派手な音を立てて屋根から窓を割って入ってくる騎士もいる。すごい!
「うわっ、騎士団が乗り込んできた!」
「野郎! しゃらくせぇ! 返り討ちだ!!」
「え、なに、ピーッ、なに、ピーッ、どうしたの? ピーッピッピーッ」
サンディは驚き過ぎてなのか、先程から笛をピーピー吹きっぱなしだ。
騎士団の皆さんが戦いながら若干笑っているように思えるが、人はパニックになると何をするか分からないものだ。
シスターは緊張状態が祟ったのか、大きな音を立てて失神した。
それにまたサンディのピピピピピーッが加わる。
見てみたかったミカエル殿下の攻撃魔術は、影響が強すぎて室内では使えないようで、後方からひたすら騎士団の身体強化の術をかけている様子。
俺は笛を咥えたままのサンディを素早く後ろに隠して、襲い掛かってくる男達から防いで部屋を出ようとする。
「くそっ、お前らだけ逃げようとするなよ!!」
「きゃあ、ピピーッ!」
破れかぶれなのか、ブリンソン様の取り巻きの一人が後ろから俺に掴みかかってきたので、逆に相手の親指を掴んで腕ごと捻り上げてやった。
面白いように体を回転させて倒れ込む取り巻き様。これ、痛いんだよな。
取り巻き様、名前も覚えられなくてすみません。
と、そこにリーダーの男が猛然と向かって来て、あっという間に俺の持っていた剣を弾き飛ばした。やはり練熟した腕だ。
慌てて俺は、ミカエル殿下にお借りした魔道具を取り出して中心を捻った。
本当だ、すぐに剣に変化した。軽いが扱いやすい剣だ。
サンディは力を込め過ぎて指を白くしながらも笛を離さないので、ピッピーッと彼女の恐怖や興奮が音から伝わってくる。
エイベル殿下ら騎士達が駆けつけて来るのが見えるが、男の剣の方が先に俺に伸びる。
すぐに受け止める。ガキィという大きな金属音が響く。身体強化をかけていても、相手の攻撃はものすごく重たく感じる。俺の元の力が足りていないのか、腕が痺れるような威力に怯みたくなる。
「小僧、俺を謀りやがったな!」
リーダーの繰り出す剣技は風圧を感じる程で、目まぐるしいくらい連続で斬り付けられる。圧に押され、いつの間にかじりじりと端際に追い詰められてしまう。
「サンディ、小屋から逃げろ! 早く!」
そう叫んでも、サンディも体が動かないらしい。
俺の後ろでシャツを掴んでいる。
ピピッ! ピーーーーッ!
男がニヤリと笑った。これで決めるつもりか、大きく振りかぶったその時。
――俺は、剣を左手に持ち替えて伸ばし、男の肩を突き刺した。
◇ ◇ ◇
騎士団は無事にサウール西国の残党を制圧した。
国境警備隊とともにラケ山脈の国境付近を調査したところ、あの男達が潜んでいたと思われるアジトも見つかったが、明らかにブリンソン領内であったため、ブリンソン伯爵家の関与がなかったかを確認しているところだという。
サウール西国の男達五名は、西国に照会をかけたところ、明らかな独断行為であり、国は一切関わっていないと断言されたので、取り調べも全て我が国で行うことになった。尻尾切りなのではないかという気もするが、身柄をこちらで預かれるのはありがたい。というわけで、騎士団は大忙しだ。
それからブリンソン様達はそれぞれ貴族牢に収監された。サウール西国と内通したことは由々しき問題であり、子供のいたずらでは済まないからだ。事件を起こした彼らは当然騎士にもなれないだろう。学院の籍も危ういのだろうか。よく分からない。
シスターも関与ありとして、取り調べのために監禁されている。罪が確定すれば一般牢に入れられるとのこと。
その後、調査が進んでようやく事件の全貌が見えてきた。
そもそもの経緯というのはこうだ。
赤目の男達は敗戦後、反撃の機会を伺っていた。というのも、男達のミスが敗戦に大きく影響したと言われ、故郷に居づらくなったのだ。
それで次期首長と目されていたサンディの御父上の一粒種である子供を探して、その子を神輿に再び故郷に返り咲いて、我が国を討つ計画を立てようと目論んだ。
あの孤児院のシスターは、先の紛争の際に生家がサウール西国と繋がっていた罪で貴族籍を剥奪されている。シスターの父はすでに刑に処され、母とシスター、それから歳の離れた弟の三人で市井に降りて細々と暮らしていたある日、赤目の男らに見つかった。市井の中にもあの紛争で悲劇に見舞われた者は多い。周囲にバラされたくない気持ちに付け込まれて、シスターはサンディ探しに協力させられていた。
驚く事に、ブリンソン様の伯父上一家というのが、シスターの生家だった。ブリンソン様は以前からシスター達に同情的だったため、シスターの生家である伯父一家の家を国から賜って暮らしていた俺は、知らず知らずのうちに恨まれていたようだ。
ブリンソン様達は模擬戦と新聞記事のことで俺とサンディに煮え湯を呑まされたことを恨み、どうにかしてやり返したかった。それを裏街道の怪しげな店で愚痴っていた時に、赤目の男達に協力してやろうと唆されることになる。
シスターとブリンソン様達からの情報を得て、あの日孤児院でサンディを誘拐するという計画を立てて、ブリンソン様達は赤目の男達に指示通り動くように言われていた。
だが、ここへ来てシスターが難色を示した。自己保身的な意味で、自身の職場で貴族の誘拐事件を起こされたくなかったのかもしれないし、子供達への悪影響を思ったのかもしれない。サンディに同情したのなら計画を潰すように動くはずだが、それはなかったので利己的な理由の方だろうと思うが、とにかく他の場所で事を起こしたいとブリンソン様達に頼んだようだ。
従姉のシスターに同情したブリンソン様は、彼の独断であの手紙をサンディに出して、孤児院の関与をなくそうとしたようだ。だがそれを赤目の男達が許すわけもなく、教員室にブリンソン様の記名入りの手紙を届けさけて、主犯がブリンソン様であるように偽装させられた。
ブリンソン様達は御者にサンディに内緒でお祝いをするからと嘘を付き、彼女を厩舎に連れてこさせた後は、ブリンソン様が用意した手紙を教員室に置いて来いと命じる。
サプライズパーティの招待状だと言われて、素直に動く御者はお金に目が眩んだらしい。戻って来たところで縛られて、ラケ山脈近くまで連れ去られて放置された。
このあたりでブリンソン様達もおかしいと感じるようになった。
やり過ぎではないか?
そもそもブリンソン様達はサンディを遠くへ連れ去りはするものの、怯えさせた後は迎えに来た俺とともに帰すつもりだった。
シスターはある程度知っていたはずだが、ブリンソン様達に詳しく言わなかったのだろう。
赤目の男達に、「もうお前達も関わってしまったし、表立って事件を起こしたのはお前達だから、共犯だしこのまま俺達の計画通りに役に立ってもらう」と言われて初めて騙されていたことに気づいたようだ。
シスターは平民となっても立派にやって来ていたが、どこかで生家の復権を願ってもいた。そんな時に生家を救ってやるから手助けしろ、と未だにサウール西国好戦派と癒着している貴族家に言われ、また家族と暮らす場所も把握されていることから、シスターは言うことを聞かざるを得なかった。
貴族を辞めても貴族のしがらみを断てなかったようだ。幼い弟に爵位を取り戻してあげたかったのかもしれない。
シスターの告白で、サウール西国好戦派と陰でまだ繋がっている貴族家が、赤目男達のアジトの斡旋などをしていたことが判明。当該貴族家では、その他にも武器の横流しなどを行った裏帳簿を見つかったりして、事件の全容を把握するためにまだまだ厳しい取り調べは続いているようだ。
あまりの大事具合に、俺は最近すっかり食欲を無くしていたが、意外とサンディの方がしっかりしている。
サンディの誘拐は公にならなかったこともあり、彼女は何事もないように学院に毎日通っているのだ。
「すごいよなあ、アボット嬢は」
アレックスがしみじみと言う。
「あの観戦記が好評だったからって、今度は淑女向けの簡単護身術のコラムを書くために、俺達に護身術を習いに来てるんだぜ? 飲み込みもいいし、女性騎士にでもなれそうな勢いだぜ」
「そうだな······」
何があっても日々は流れて、あのシスターはいなくなったが孤児院は健在だ。サンディとともに慰問に行くと、子供達は毎回笑顔で迎え入れてくれる。
あの時の帳面は直接手渡し出来なかったが、子供達は大喜びだったそうで、女の子は帳面にかかっていたリボンで髪飾りを作ってみたり、手首に結んで楽しそうにしている。
見たこともないオオトカゲを描いた絵を見せてくれる子もいる。
ありふれた日常は、ありふれたまま途切れずに続いていたのだ。
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