第3話 ダレル君、模擬戦で戦う
「最近、なんか雰囲気変わったな?」
アレックスがこのところ真面目に授業に取り組む俺を見て首をひねっている。
「そうか? でも強くなりたいなと思ったんだよ。騎士になりたいし、この頃は久々に士官学校の方にも出稽古に行かせてもらってるんだ」
「えー、やる気じゃん! 俺も行こうかなぁ」
「結構面白い子もいて、あっちもなかなか力が育ってるよ」
「へえ、やっぱり平民同士の方がやりいいってか? 『ダレル君』は」
いきなり話に割って入ってきたのは、以前から俺等に雑用を押し付けてくる貴族子息らだ。
その中の筆頭が、この男――ヨアン・ブリンソン伯爵子息だ。何かと突っ掛かってくる。
「ブリンソン様、そのような言い方は」
「アレックス、いいんだ」
俺は言い返そうとしてくれたアレックスを止めて、頭を下げた。
「俺はたしかに父のおまけの成り上がり者です。ですが、士官学校の方にも騎士様や兵士の皆さんが稽古を付けに来てくれているので、生徒の地力がついて来ていると俺は感じたまでです。
このクラスでもそうですし、新興貴族や平民にも優秀な者は多くいるのではないでしょうか」
しん、とあたりが静まり返る。
いつもは言い返さない俺の返答に苛ついたのか、ブリンソン様は目に見えて怒り出した。
「うるせえな! 我々にどうやっても勝てない奴らが何を偉そうに! それなら我々が自ら稽古つけてやろうか? ああ? 『ダレル君』よ!」
まずい、本格的に怒らせてしまった、と内心慌てていると、「何をしている?」と声がかかった。
「あ······、ソーンダイク様」
そこに現れたのはソーンダイク公爵家のザカライヤ様だった。
学院三年生の彼は文武両道の有名人。多少ぶっきらぼうな印象はあるが、とにかく馬がお好きで曲がったことがお嫌いな方だ。
公爵家ご子息といっても、平民や成り上がり貴族の我々にも分け隔てなく公平な態度で接してくれる、ありがたい先輩なのだ。
「いえ、······何でもありません」
俺が穏便に済ませようとしているのに、それに被せるようにブリンソン様が大声を出した。
「彼らが実戦に自信がないと言うので、我々は自主練習に付き合ってやろうと思ったのです! 良ければお立ち会い願えませんか?」
「何、稽古に立ち会えということか?」
「ええ、そうです。彼らは授業でもいつも及び腰で情けない有様なのです。ですからそんな彼らを導くのも我々貴族の正しき姿かと」
ソーンダイク様は片眉を上げて、ブリンソン様と俺達を見やったが、ふうと溜息をついた。
「鍛錬場の貸し出しは済んでいるのか?」
「いえ、これからになります」
それから俺達の方を向いてソーンダイク様が質問した。
「君達は鍛錬に付き合うつもりなのか?」
「いえ、それは」
俺は断ろうとしたが、アレックスが間髪入れずにソーンダイク様に答えた。
「ソーンダイク様がお立ち会い下さるなら、ぜひお願いしたいと思います」
「おい!」
アレックスを肘で突くが、彼は引こうとしない。
堪忍袋の緒が切れたのかもしれない。
「分かった。ただ申し訳ないが、これから人に会う約束をしているのでその方を同伴してもいいか?」
「ええ、我々はどなたが見学されても構いませんよ。もし可能であればソーンダイク様直々に稽古を付けていただいても」
ブリンソン様と取り巻き連中は明らかに味方が増えた顔でにやにやしている。
アレックスは憮然とした顔のまま、「鍛錬場の利用申請をしてきます」と言って俺を引っ張った。
「いいのか、こんなことして」
「もう、いい加減にダレルが馬鹿にされてるところを見るのは嫌なんだよ!」
吐き捨てるような言葉に、俺の息がぐっと詰まる。
「前から思っていた。この学院の成績如何で進路が決まるのに、あいつらに遠慮していては先もない。ダレルも騎士になりたいんだろう? それならもう授業で遠慮するのは止めよう」
「······そうだな、アレックスの言う通りだ。俺らが日和っていては平民の彼らはもっと立場を失くしてしまう。そのためにもやらないとだな」
貸し出し手続きをすんなりと済ませ、練習着に身を包んで鍛錬場に向かうと、何故かソーンダイク様の他にケイン・バートレット公爵子息と――サンディが居た。
バートレット様が現れたことと、何故か一緒にサンディが居ることで俺の胸は激しく跳ねた。
内心の動揺のままに、ますまは謝らなければとバートレット様の方へ一歩足を踏み出したが、サンディは笑って首を振っている。
「あ、えっと······」
「皆さん、突然お邪魔して申し訳ないね。ケイン・バートレットだ。今日は卒業生と在校生の対談取材をしたいと学院新聞さんに頼まれた件で、ザカライヤ君と共に事前打ち合わせに来たのだが。こちらに誘っていただいたので、懐かしくて私もお邪魔してしまったんだ」
ソーンダイク様の横でバートレット様が華麗な笑顔で我々に挨拶してくれた。
「そして、彼女は学院新聞の記者さんだ」
「サンディ・アボットですわ。皆様ご機嫌よう。騎士科棟の鍛錬所にはあまり伺ったことがありませんので、出来ましたらこちらも取材させていただけるとありがたいですわ」
しゃなりとしたサンディもバートレット様に続けて令嬢言葉で挨拶をしている。
「どのような稽古をするんだ? 一年生ならまだあまり模擬戦などはしないだろう?」
ソーンダイク様が続けて「素振りの形の精度を競うか、今なら槍の扱いとかか?」と聞いて下さるが、ブリンソン様はかぶりを振って拒否する。
「いえ、剣術の模擬戦形式でお願いします」
「まだ経験が少ないのではないか?」
「我々は幼少期から剣技に励んでおりますし、彼らも士官学校で剣を学んでいるので問題ありません。そうだよな?」
「······はい。それでお願いします」
困惑するソーンダイク様にアレックスが答えてしまう。
――ここまで来たらもういいか。
俺とアレックスは頷き合って了承の意を示す。
「そうか。それではそちらは五名だが、彼らは二名だ。そちらは二名を選出するように。模造刀を使うのなら念のため教師に立ち会っていただくことにしよう」
ソーンダイク様はそう言って、騎士科の教師を呼びに行った。
その間に俺達は手にしっくり来そうな模造刀を選び出し、防具を装着する。
あちらではブリンソン様達がにやけた顔で煽るような素振りを見せるが、もう無視だ。
その間、バートレット様はサンディとぼそぼそと何かを話すくらいで、俺には何もおっしゃらなかった。
暫く後。教師を連れたソーンダイク様が戻られ、模擬戦の開始だ。
「では攻撃範囲は胴以上の高さとし、怪我無きよう各自留意するように。はじめ!」
教師が合図をし、アレックスとブリンソン様の取り巻きの一人が戦い出した。
数度、打ち合う。
アレックスは一年生にしては上背がある方なので、上から叩き落されるような圧のある攻撃に相手は戸惑い、見るからに顔色を変えた。
と、その時、アレックスの剣が相手の剣としっかり噛み合ったかと思ったら、アレックスの力に耐えられなくなったのか、相手が剣を取り落としてしまった。
「勝負あり。勝者アレックス」
淡々とした教師の声に回りがざわめく。
ふと気がつくと、ギャラリーがちらほらと集まっていて、同じクラスの仲間が小さく拳を固めて喜んでいる様が見える。
平民のクラスメイトも、声は出さないが見に来てくれていた。
ソーンダイク様とバートレット様は拍手で二人を称え、サンディはその横で何かを書き付けながらじっと見ている。
「一年生ながら、なかなかしっかりとした剣捌きだった。では次、前へ」
教師の声でざわめきが消え、俺とブリンソン様が進み出る。
「攻撃範囲は先程と同じ。では、はじめ!」
合図のかけ声と共に、ブリンソン様が一気に打ちに躍り出る。
俺は左足を引き、それをいなす。つんのめるように体勢を崩したブリンソン様の首に、素早く剣を当てた。
「そこまで! 勝者······」
「待って下さい! これはたまたまです! 足元が滑ったのでもう一度お願いします!!」
教師の言葉を遮り、ブリンソン様が再戦を申し出る。
「模擬戦であっても、生きるか死ぬかの時に、もう一度はないんじゃないのかな? お疲れ様」
バートレット様が飄々とした様子で言葉を制す。
「ですが······」
「では私とやろうか?」
にこにこと話すバートレット様にブリンソン様が言葉を詰まらせていると、彼は俺の方を向いた。
「じゃあ、ダレル君。君はどうだい?」
「······ええ、お手合わせ願えますか?」
俺が了承し、バートレット様は、ますます笑みを深めた。
「それでは、二人とも木剣に代えなさい。バートレット君は防具無しでいいのですか?」
「ええ、構いません。いいよね、ダレル君」
「バートレット様がよろしいのでしたら」
アレックスとソーンダイク様からそれぞれ木剣を受け取り、俺も防具を外す。
「――外していいの?」
「動きやすくなりますから」
「へえ」
バートレット様は面白そうに口角を上げる。
俺もちょっと面白い。何せ謝る前に戦うことになったのだから。
「では、両者はじめ!」
バートレット様は騎士体型ではないのだが、しなやかな肢体を活かした動きで俊敏に攻撃を繰り出してくる。
相当の手練れだ。
俺は受けを取りながら、バートレット様を観察して行く。
「ふふふ、もっと行けるよね? ダレル君」
そう言って、バートレット様は強い一手を仕掛けてくる。見た目以上にダメージがある剣筋だ。
やりたいことが全然出来ない。攻撃の手を全て封じられるような技術に内心舌を巻く。
長い試合になった。
俺は隙を突いて打って出たいのだが、その隙が見つからない。
防戦一方では駄目だ。
俺は右へ回って胴を狙うと見せ掛けて、左へステップを踏み、木剣を左手に持ち替えてバートレット様の右肩を突く。が、わずかに遅く身を引かれた。
そのすぐ後に空いた右に差し込まれ、――負けた。
「そこまで! 勝者ケイン・バートレット!」
いつの間にか人が増えたようで思った以上に歓声が聞こえるが、俺は一礼して木剣を戻した。
「すげえよ! 惜しかったけどよくやったよ!」
アレックスが興奮したように俺に駆け寄って声をかけてくれる。
「ああ、全然敵わなかった。もっと励まなければな」
「そうだな、一緒に頑張ろうぜ!」
見に来ていた同じクラスの仲間や平民の生徒からも拍手を貰う。
俺は教師とバートレット様の前へ進み、頭を下げる。
「お立ち会いありがとうございました」
「ああ。ダレル、いつもより動きが切れていたな。あの奇襲は本来の剣術としては認められるものではないが、実戦としてはいい手になるかもしれん。よく考えたな」
「あれは士官学校の平民兵士がやっていた手です。ズルみたいなものですが、片手持ちにすると両手持ちより伸びて、敵を突くことが出来るからと」
頭を掻きながら教師に答えていると、バートレット様がにこにこしながら間に入ってきた。
「それは、その技をダレル君に出させるまで私が追い詰めたということかな? 光栄だね」
「もう本当に実力差があり過ぎました。でも何か手はないかと思った時にあれが出てきました」
「楽しかったよ、ありがとう」
握手を求められ、恐る恐る手を握ると、笑って肩を叩かれた。
「騎士になりたいの?」
「······はい」
「これから背が伸びたら、リーチも伸びて、私も敵わなくなるだろうね。あの技も有効になる。頑張ってね」
「ありがとうございます。······あの! 先日は本当に申し訳ありませんでした。エーメリー嬢にも大変失礼なことをしました。平に謝罪致します」
「あの時は私も大人気なかった。もうこれで手打ちにしよう」
バートレット様は話を打ち切って、疲れたよと笑った。
「どちらも大変素晴らしい戦いだった。さて、この後はどうする? 僕とも誰か模擬戦をするのかい?」
ソーンダイク様が淡々と話すが、ブリンソン様も取り巻き連ももう何も言わない。
「では片付けて終わろう。先生、バートレット様もありがとうございました」
「ありがとうございました!!」
アレックスと俺は深く頭を下げて礼を尽くす。
ついでにブリンソン様方にも軽く頭を下げるが、もうこちらを見ていない様子で何も応えてはくれない。
人垣の中で、サンディが小さく拳を掲げてから、バートレット様方と立ち去って行った。
サンディの口の動きは「やったね」に見えた。
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