第4話 ダレル君、再び時の人になる
それから数日後に発行された学院新聞に、あの日の記事が掲載された。
メインはもちろんバートレット様とソーンダイク様の対談。その後に余興のように騎士科の話が出ていた。
そこにはバートレット様に稽古をつけてもらう俺の事が書かれていて、迫力ある模擬戦を繰り広げた後にバートレット様が俺の健闘を称えたと締めくくられている。
記事にはブリンソン様方の名前も出ているが、バートレット様と俺の試合を中心に書かれているので、新聞を読んだ人々は、
「ダレル君とバートレット様の戦いバート2!?」
「あのダレル君は許されたの?」
「っていうか、二人は相当強いらしいな」
「あれ、ダレル君はもう抹殺されていたんじゃないのか?」
などと楽しそうに噂し合っていた。
ブリンソン様達は口には出さないものの無言で睨みをきかせる程度に留まっている。相変わらず授業の片付けは俺達が行うが、それくらいどうってことない。
「随分やりやすくなったよな」
「そうだな、なんだかんだであの模擬戦の時に教師やソーンダイク様が立ち会ってくれたことも大きかった気がするし」
「アボット嬢が俺らに良いように書いてくれたのが良かったんだよ! 特にダレルはあれで完全に風向き変わったし、平民や新興貴族の俺らも実技に本気出せるようになったしな」
珍しくアレックスがはしゃいだように喋って、俺の方を組んで笑っている。
そう。あれ以降、騎士科の教師達がよく見て下さるようになり、実技で手を抜くことは禁じられた。
お互いに遠慮があったということで今までの八百長じみた行為は黙認され、その代わりこれからは将来の裁定にも関わるのだから真剣にやれと全員が通告されたのだ。
平民ながら王立学院の騎士科に通っている特待生達は、よく考えなくとも武術のエリートなのだ。それなのに彼らが軒並み負け続けるのはおかしい。
例年であればある程度の時期から誰もが遠慮をなくして真剣に取り組むものの、今年の一年生にはその傾向が見られなかったので、教師としても公に発破をかけることにしたのだという。
その切っ掛けにあの模擬戦があったのだ。
「ダレル君、ああいう模擬戦の自主練習って時々やってるの?」
「先輩達も参加したりするの?」
「いいなあ、次は僕も参加させて欲しいんですけど」
あれ以来、同級生からもよく話しかけられるようになり、クラスの雰囲気も格段に良くなった。
「あれはブリンソン様達のご発案だけど、時々俺達の自主練にお付き合いしていただけないか、教師に聞いてみようか?」
「いいねえ! 模造刀を使ってやる練習だと教師の立ち会い必須だもんな! 俺が今度聞いてみるよ」
「その時は俺も呼んでくれ」
「ああ!」
クラスでわいわいと話していると、椅子を蹴るような大きな音を立ててブリンソン様達が教室を出て行くのが見えた。
でももう構うもんか。ここの奴らは誰だって騎士を目指して多くない席を争うことになるのだから。
◇ ◇ ◇
次の休暇日もまたサンディに連れられて、王都のパン屋やお菓子屋を巡った。
俺が相変わらずてんやわんやしながら小麦の大袋を運ぶ横で、サンディは店の店主と話し込んでいる。
「寄付はね、毎日というわけではないけれど行ってるんですよ。ただ、うちも忙しいからね、もっとマメにというのは無理があるのよね」
「あの、奥様はいまお腹に赤ちゃんがいらして大切な時でしょう? そういう時だけでも孤児院の子に小間使いとしてでも用事を請け負わせて、お店に出せない品とかをお駄賃にしていただけるとかどうですか? ちょっとした不足品を買い足しに行かせるとか。
いずれ社会に出ていく子達ですので、なるべく多くの経験を積ませてやりたいんです」
「······まあ、その程度ならねえ。あそこの孤児院はいい子も多いから、うちが無理でも他のところに声がけも出来るしね」
「ありがとうございます!」
サンディが喜んで笑顔を見せている。それを目にして、俺は悪いことをしたわけでもないのに動揺して荷物を取り落としそうになった。
「サンディはあんなこともしてるんだな」
店を出て、広場の方まで歩いていた時、俺はぽつりと呟いた。
「さっきのこと? そうね、いずれは新聞社の小僧とか、少し離れた農園の作付けや収穫期の手伝いとか、あるいはジャム作りみたいなことでも、何かちょっとした人手がいるっていう時に『あそこの孤児院に声がけしてみよう』という風になれればいいかな、と思っているんだよね」
「これって貴族の義務だからか?」
「え?」
「貴族だからやっている、のとは違うよな? 今日のだってサンディは平民に近い感覚でより良くしようと動いている風に見える。
貴族とは何なのか。俺は平民の時も平民の生活を良くしようなんて考えてなかった気がするし、貴族になっても市井のことを考えてなんて、まだまだ出来ない。
サンディはすごいんだな」
俺がつくづく感心したように言うと、サンディはしばし驚いた顔を見せた後、あっけらんと笑った。
「ダレル君は素直なんだね」
「そ、そうか?」
「私も平民上がりだから、本当は平民とか貴族とかよく分からないよ。でも両方知ったから、何となく動かなきゃって思うのかな。······考えたことなかったけど」
「新聞記者になりたいから?」
「そういうのもあるのかな? でも本当に記者になりたいのかは、まだよく分からない」
何となく遠くを見るようにしてサンディは話していた。
「サンディでも分からないことはあるんだな」
「そりゃあそうよ!」
広場に着いたので、二人分の飲み物を買って少し喉を潤すことにした。その間にサンディ付きのメイドは帰りの馬車を呼びに行った。
「そうだ、ありがとう。いい記事を書いてくれて」
「気にしないで! 取材して、そのままを書いたのだから!」
そう言ってサンディはなんてこと無いように笑うけど、俺は本当に感謝していた。
偶然かもしれないけれど、謝れなくてうだうだしていた俺を見兼ねて、取材と称してバートレット様を呼んでくれたのかもしれない。そして観戦記事を書いて、俺の印象も変えてくれた。
『ダレル君』という呼び名も、バートレット様が公式に俺を許したことで、蔑称の意味合いは大分薄まり、何より俺がそのことに頓着しなくなった。
バートレット様に直接謝れたことで心が楽になったことが大きいのだろう。
「これ。お礼にもならないかもだけど」
そう言って差し出したのは綺麗な薄紙に包まれたリボン。
サンディの瞳に合わせたマゼンタ色のものだ。
「ダレル君ありがとう。気に入ったわ」
「つ、つけてくれると、嬉しい」
「······男の人から物を頂くのって初めてかも? 嬉しいものね!」
「······お、俺も、男兄弟ばかりの四男だから、女性物、は、買うの初めてだっ、た」
「ふふふ、お母様より私が先になっちゃったの? 光栄ね」
苦労して買いに行った甲斐があった。
強請られたものではなく、自分で贈り物を選んで喜ばれるのは自分も嬉しくなるものなんだな。
飲み屋の子に騙されていたことはすっかり忘れて、俺は穏やかで幸せな気持ちになっていた。
こうして向けられた笑顔で俺は日々救われているんだが、サンディは俺に全く頓着せずにいる。
少しがっかりする。······がっかり?
物事が順調に進んでいるので、後はエーメリー嬢にきちんと謝罪出来ればいいのだが、騎士科と淑女科では棟も違うため、すれ違うことも殆ど無い。
――まあ、焦らずにタイミングを見て謝ろう。
そんな事を思っていた俺は多少気を抜いて慢心していたのかもしれない。
その後すぐに起きた事件によって、俺はエーメリー嬢に半泣きで話を聞いてもらうことになるのだから。
◇ ◇ ◇
「え、いない?」
「そうなのです。学院を出る際にお嬢様は男子生徒の方から手紙を受け取っておられたのですが、馬車の中でそれをお読みになったら、急に学院に戻らないととおっしゃられまして。
私も付いて行くと申しましたが、すぐ戻るからセイモア様と入れ違いにならないように、待ち合わせ場所に居るように指示されまして······」
「手紙の内容は何も言わなかったんだな? その渡して来た相手に見覚えは?」
「お相手はここの学生さんのようで、セイモア様のご友人とおっしゃっておられました。······きっと違うのですよね? 手紙の内容は分かりません。それなのにお嬢様はもう一刻を過ぎてもお戻りになっていないのです」
サンディに付いているメイドはそう言って肩を震わせた。
今日は放課後にサンディと待ち合わせて、孤児院の子供達に新しい帳面を届ける約束をしていたのだ。
一つずつにリボンを付け、自分の物をなかなか持てない子供らに喜んでもらおうと準備していたのに、その彼女が連絡もなしに来ないなんてありえない。
「彼女が受け取った手紙に何が書かれていたかは分からないが、学院に行ったということは、学院関係者からの呼び出しなのだろう。君はひとまず彼女の家に連絡を。俺は学院に戻って、彼女が誰に会いに行ったのか調べてこよう。
彼女が特に仲良くしていた人は分かるか?」
「シンシア・エーメリー様かと思います」
「そ、そうなのか。エーメリー嬢はもう帰宅している可能性もあるから、ご当主様の判断にも依るが、あちらにも問い合わせてみた方がいいかもしれないな」
「承知しました」
俺は念のため孤児院に行き、サンディが来ていないか確認するが、今日は見かけていないという。
いつものシスターがいなかったので、他のシスターにプレゼントの帳面を渡し、後日また来訪する旨伝えてもらった。
そしてその足で急いで学院に駆け戻った。
放課後ということもあって、学院の生徒の数は大分減っていて、馬車寄せ場もすでに閑散としている。
――まずはサンディを探さないと。
気が逸り、小走りになっていると、「あれ、ダレル、帰ったんじゃないのか?」と声がかかる。
「アレックス、それにソーンダイク様」
「やあ、ダレル君。あれ以来僕もまた体を動かしたくなってね。アレックス君に行きあったから声をかけていたところなんだ」
楽しそうな表情を浮かべるソーンダイク様とアレックス。知らないところで交流が生まれていたようだ。
「そうでしたか。あの、おうかがいしたいのですが、新聞活動サークルのサンディ・アボット嬢を見かけませんでしたか?」
「え、アボット嬢? 見ていないが、どうしたのだ?」
俺は慌てて説明をする。
「そういえば······アボット嬢ってあの記事書いた子だろう? あれでちょっとブリンソン様達に恨まれてしまったようだな」
アレックスが少し声を落として話す。
「どういうことだ?」
「俺達のことも、陰で何やら言ってるのは分かるんだが、その良からぬ話の中に時々アボット嬢の名前も聞こえてくる気がして、少し気になるんだよな」
ブリンソン様達はあれ以来表立っては何も言ってこない。『ダレル君』とからかうこともなくなったが、逆に恨みを募らせていたのだろうか。
「彼らが何かしたと決まったわけではない。まずは新聞サークルに行ってみよう」
ソーンダイク様が鼓舞するように力強く俺の背中を叩いた。
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