第2話 ダレル君、振り回される
学院の休暇日。
王都の時計塔前の公園でサンディと待ち合わせた俺は、指示された通り小綺麗な平民服を身にまとっていた。
あの日、取材という名の説教を受け、何だかよく分からない内に約束させられて、今日連れ出されることになったのだ。
しかもあの時、俺はほとんど話していない。だから、俺の倍以上喋りまくったサンディはやはりインタビューが下手なんじゃないかと思ったのは秘密だ。
「お待たせ! じゃあ行きましょう!」
大きなバスケットを抱えたメイドを連れたサンディに手招きされ、後に付いて行く。これからどこかへ向かうらしい。
メイドの荷物を持ってやると、サンディから「優しいねー、ありがとう!」と肩を叩いて礼を言われる。騎士の卵なのだ、このくらいは。
俺と同じように平民風のワンピースを着ているサンディは、小柄でとても可愛らしい。あんなにズケズケ物を言うような令嬢にはとても見えない。
しばらく進むと街の教会に着いた。
「さあ、ここに入りましょう」
教会の中は、讃美歌を歌っている子供達がぎっしりと詰まっていた。本当にぎっしりなのだ。
多少怯んでしまったが、サンディと共に空いている席に座って合唱を聞く。
静謐な空間で朗々と歌い上げる子供達の澄んだ声がとても気持ちいい。
教会なんて久し振りに来たかもしれない。
のどかでいいなあ······。
暫く後。歌が終わり、子供達が一斉に頭を下げたと思ったら、どっと笑顔になる。
よく見ると、どの子も腕白そうだったりお転婆そうな顔をしていて、貴族ではなくこのあたりの子だろうと見当を付ける。
何人かの子は俺達のように席で聞いていた親らしき人の元に行き、頭を撫でてもらったりしている。
「さあ、行くわよ! それしっかり持って!」
拍手を終えたサンディがいきなり立ち上がったので、俺も慌てて後に続く。
「お疲れ様! みんなとても上手だったわね。さあおやつを持って来たからお茶にしましょう」
途端にわあっという歓声が上がり、サンディは子供達に囲まれて、教会の奥へ進んで行く。
「アボット様のお連れ様ですか? それではあなた様もどうぞこちらへ」
シスターに誘導されて俺もその奥へ行くと、そこは教会に隣接している孤児院のスペースだった。
大きな長テーブルが何台か置かれた簡素な空間で、すでにサンディは子供達と一緒にお湯を沸かしてカップに注いでいる。
「あ、お兄ちゃんが来たわね! あのバスケットにクッキーとか焼き菓子が入ってるわ。皆でお皿に盛りましょう」
わあわあと騒ぐ子供達の間をすり抜けて、サンディは子供達に俺を紹介した。
「ダレルお兄ちゃんよ! 挨拶しないとおやつ貰えないかもよ?」
あっという間に俺も子供達に囲まれて、何とかお茶の準備を終えた。
「さあ、では今からお姉ちゃんが一人ずつのカップにお花を咲かせますから、座って待っててね」
そう言ってサンディが丸いものを一人の子のカップに入れると、わあっという声が上がる。
お湯の入ったカップに入れた丸い茶葉が、ふわりとまるで花が咲いたように広がり、色付いていく。
花咲く紅茶と最近人気の――花茶だ。
茶葉を糸で縛って作る花茶は、それなりに手間がかかるので高価なものだと思ったが、一人ずつのカップで蕾が綻ぶ様は魔法のようで、子供達は目を輝かせて喜んでいる。
すべての子供のカップに花を咲かせたサンディはシスターに合図をし、お祈りを捧げておやつを楽しんだ。
「お花が咲いたね! きれーい」
「サンディ様、すごい! 魔法みたい!」
「ねえ、今日の僕達の歌、どうだった?」
「ナッツの入ったクッキーもっとちょうだい!」
わあわあと話してくる子供達に笑顔で接するサンディ。その横で俺もひとしきり相手してから、元気な男子連中に中庭で護身術を教えてやることにした。
「こう来たら、こう捻るんだ。親指をこう持ってから残りの指をぐいっと曲げると相手は痛いからな」
「へー、面白い! もっと教えて!」
「僕も僕も!」
「そうだな、じゃあ手首をこう掴まれたら······」
簡単な技をいくつか教え、次に来てくれた時には剣を習いたい、とはしゃぐ子達に約束をしていると、先程のシスターがこちらにやって来た。
「さあさあ皆さん、あんまり頑張りすぎると倒れちゃいますよ。そろそろサンディ様もお帰りになる時間ですから、ダレル様のことも解放してあげましょうね」
「ちぇー。残念」
「ダレルお兄ちゃん、ありがとう!」
「また来てね!」
子供達はめいめいにお礼を言いながら食堂の方へ駆けていく。
「セイモア様、ありがとうございました。ここには15歳以上の子はいないものですから、年上組の子達は特に甘えたいのかもしれません」
「あ、いや、大した事はしていませんから。······彼女はどこですか?」
シスターはにこやかな中にも芯の通った声で話しながら俺を見据えてくる。
「素晴らしいお心ですわ。皆様のそのお心で成り立つ孤児院ですから。······さて、アボット様のところへご案内しましょう」
アボット家の帰りの馬車を待たせているところまでサンディを送っていると、サンディがぽつりと話し出した。
「あのシスターはお家に問題があって、貴族から平民に落とされてしまったのですって。『落とされる』って変な言い方よね。身分差が歴然とあるのは分かるけれど、平民であることを『悪』みたいに表すなんて」
「······その恩恵を受けている身からすると、何と言っていいのか」
「そうね、私達が言う事ではないわ。国に物申すつもりもないのだから。でも貴族ではなくなったあの方の方がよほど『貴族』で、成り上がりの私達の方が貴族意識が薄いのよね」
「······それは」
目配せでメイドにバスケットを受け取らせ、サンディは切り替えるような表情を見せた。
「まあ、また次も付き合ってね! それじゃあ気を付けて」
走り去る馬車を見送って、俺も帰ろうと回れ右をした。
すると、先程の孤児院のおやつか、口に残った砂糖が不意にじゃりっと音を立てる。甘い。それなのに何故だかその奥に苦みを感じた気がした。
◇ ◇ ◇
サンディとはその後もいくつかの場所に向かった。
次の休暇日には、広場を利用した教会のチャリティバザーに荷物持ちとして連れられ、また別の日には侍従や侍女を養成する専門学校での技術発表会に参加して、入口でビラ配りをやった。
「ダレル君、次はここを釘打ってくれない?」
「金槌持ってくるから少し待ってて下さい!」
「おーい、青年、ここの布が足りないんだが」
「テントに予備があるはずです!」
「休憩所の場所はどこに用意した? ダレル君確認してきて」
「みなさーん、ダレル君は元気な若者ですから、どんどんバンバンご利用下さいね!」
「おー! 助かるなあ、いい男だね! じゃあ次は······」
「えっ! ちょっ、ちょっと待って下さい······」
サンディが俺を雑用全般請負人のように紹介するものだから、行くところ行くところで何故かこまねずみのように雑用係として重宝され、目まぐるしく動く俺。
ふと見ると、チャリティバザーに古着などを寄付したり、専門学校に寄付を行って技術発表会が多くの人の目に触れるようにポスターやビラ作成などを取り計らったり、サンディはサンディで色々なことをしていた。
――そうか、貴族って金品を溜め込むだけじゃなくて循環させたり、不足のあるところに寄付をしたり、時には人手も出したりして、『貴族』の立場を支えている『平民』の立場も支えるものなのか。
俺は休みの度に連れ回されて、慣れないことに悪戦苦闘しているばかりだったが、今更ながら俺にもおぼろげにそういう事が分かった。仮にも人を守る騎士を志しているというのに情けない。
サンディは面白い。そして生き生きとして魅力的な人だ。
成り上がりだというけれど、芯がとてもしっかりしていて、平民言葉と令嬢言葉を上手に使い分けて、――将来は新聞記者を目指すのだろうか。
あの毒舌とぽんぽん話す感じも、小気味よい。知り合ってから日は浅いが、とにかく付き合いやすくて、急速にいい友人になれた気がする。
だけどサンディは貴族令嬢だ。つい気を許してあれこれ話してしまっているが、女性に対して軽々しく仲間扱いとかしちゃいけないんだろうな。
万年筆は断られてしまったが、何か礼でも出来たらいいのだが。
貴族から平民に落とされる人を見たり、教会や孤児院に寄付をする貴族を見たりして、貴族だってただ安穏としてられるわけじゃないんだなと改めて気付かされる。
自分も貴族になったくせに、恩恵のことばかり考えていて、その役割については随分と他人事のように感じていたことが我ながら恐ろしい。
そのために結婚も政略で行うのか?
ただお金をより溜め込むためじゃないのか?
領地経営って何だ?
「お疲れ様、ダレル君。少し休憩しようか?」
サンディがどこかから買ってきた冷たい飲み物を差し出してくれた。
スタッフ待機用のテントの中で一息入れながら、俺は目まぐるしく動くサンディも疲れていたことに気付く。
俺はまだまだだ。何も気付けない。
サンディに連れ回されて理解したことも増えたが、『貴族としての在り方』が俺にはまだまだ分からない。このまま勉強しても、無理してでは『貴族』なんて続けられないかもな。
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