ざまぁのその後に――『聞き上手令嬢』の意味をはき違えていた俺の顛末

来住野つかさ

第1話 ダレル君、取材を受ける

「『セイモア男爵家のダレル君』だ」

「ああ、あれが例の······」


 また誰かがクスクスと俺を笑っている。

 噂話などすぐ消えるからとその手合を気にしたことがなかったが、こうして自分が中心になると、なかなか忘れ去られないものだな、と嘆息とともに独りごちる。


「おーい、ダレル! 授業の前に練習に付き合ってくれよ」

「おう! 荷物取りに行くから先に着替えててな」

「分かったよ、早くな!」


 同じクラスのアレックスから痛いくらいに肩を叩かれ、俺は足早に着替えを取りに教室へ向かった。

 



     ◇     ◇     ◇



 ――馬鹿だったんだよなあ、ほんと。


 あんな噂が止まないのは全くもって俺のせいだ。

 貴族になったといって勝手に舞い上がって、調子に乗った挙げ句、子どもみたいに変な万能感まで持ってしまったのだから。


 俺の家は代々騎士や兵士として御上に仕えることを誉れとしてきた、いわば武闘派だ。

 先の西国蛮族との紛争で、父が功績を挙げたことで三年前に男爵位を賜った。

 この紛争では多くの者が亡くなったが辛勝したことを祝い、父の他にも騎士爵、男爵位を叙爵された者が数家あり、我が家を含むその数家は王都から少し離れた場所ではあるが国から家も賜ったのだ。


 俺はちょうど年齢的なタイミングも良かったのでこれを機に、それまで稽古をつけてもらっていた士官学校ではなく王立学院の騎士科に入学することにした。

 王都の商店街の片隅で小ぢんまりと家族六人で住んでいた頃と違い、きちんとした屋敷に住み、通いの掃除婦とメイド、料理人を雇う生活。

 士官学校を出てすでに騎士として働く兄達とは違い、貴族が多く通う王立学院に進んだ俺。

 長兄はここに引っ越す前にすでに独立して妻子がいる。次兄と三兄はそれぞれお金を貯めて結婚したら家を出ていくと言っているが、彼女は花屋の娘や食堂で働く娘だ。

 貴族になったのに貴族と付き合わなくていいのか、と聞きたかったが、兄達はゴリゴリの武闘派なので腕力で回答されたらたまらない。

 

 聞けばこの男爵位というのは父に与えられたもので、一代限りだというのだ。

 せっかく貴族になったのにすぐ終わるのか?

 それとも俺か兄達がまた功績を挙げれば男爵が続くということ?


 色んなことが急激に変わって行ったが、この栄誉は長く続かないのだということだけが分かった。


 だから学院でも、アレックスをはじめ同じように平民から貴族にあがった者同士でつるんでは、いつも俺達の不安定な『限定貴族』の立場を嘆いたり笑い飛ばしたりしていた。


 そしてそんな日々を過ごすうち、詳しく覚えていないが、ふとした時に誰かが言ったのだ。


「もしかして、ガチガチの貴族と結婚したら、俺ら貴族のままでいられんじゃね?」


 これを聞いた俺がしでかしたことは、もう思い出したくない。





     ◇     ◇     ◇




 今日の実技は槍だった。

 槍は馬上での戦いに有利だが、まずはこの重さと長さに馴れるために、地上での捌き方を習う。

 それにしても自身の体躯より大きな武器を操るのはなかなかに難しい。

 遠心力だろうか、体が槍の重さに振り回されてしまうのだ。

 そして長さの問題もある。これを片手で操って騎乗することを思うと、俺なんかはまだまだ筋力をつけないと何も出来ないで落馬しそうだ。


 授業の後、日直の号令で本日使用したものを生徒達で片付けていく。

 だが、こういう時も『貴族』を前面に出した奴は平民や平民上がりの俺達に押し付けて先に帰ってしまう。

 教師や上位貴族子息がいる時はそんな姿を見せないくせに、俺らのクラスは成り上がり貴族と平民が多いからと、尊大さを隠そうともしないのだ。


「お疲れ! これ磨いて戻しておけよ!」

「俺達の分までよろしくな!」

「『ダ・レ・ル・君』、聞いてるのか?」

「うまく出来たら将来使ってやるぜ」

「そうだな、励めよ!」


 嫌な笑い方をして去って行く奴らに内心溜息をつきながら、槍に油を塗り、汚れが落ちたのを確認して仕舞っていく。


「······大丈夫か?」

「いや、もう慣れたよ」

「あいつらより俺らの方が本気出せば強いんだけどなあ」

「そんな事、いくらキレてもやるなよ?」


 アレックスや他の仲間達がブツブツ言いながら俺を庇うが、もう仕方がない。


 貴族社会では一度でも『失敗』したらそれで終わり。間違えました、すいません、気をつけます、なんて後から言っても許されないなんて知らなかったんだ。


「あー、ムシャクシャするなあ。帰りどこか行かないか?」

「いいな、どこにするか」

「ダレルも行くだろ?」

「いや、俺はちょっと用事があるんだ。悪いな」

「そうなのか? じゃあまた今度な!」


 仲間達がさんざめきながら立ち去る姿を見て、俺はふうっと息を吐いた。


 俺が『失敗』したせいで、他の仲間達まで馬鹿にされるのは遣り切れない。


 とは言えすぐに帰る気にもなれず、乗馬の練習でもさせてもらおうかと方向転換をしたところ。


「きゃあ!」


 思い切り女の子――ご令嬢にぶつかってしまった。


「すまない! 怪我はなかったか?」

「いたた······。いえ平気ですわ、何も······あっ」

 

 転んだ拍子にご令嬢の万年筆を壊してしまったらしい。


「······俺、いや僕のせいだな、申し訳ない。大切な物だろうが、直せないか聞いて見るので預からせてもらえないか?」

「いえ、わたくしも悪かったのですから、『ダレル君』が気になさることは······あっ!」


『ダレル君』――その言い方は、俺があの失敗をした時にケイン・バートレット公爵子息がからかい気味に発したものだ。

 俺がはっちゃけて、『聞き上手令嬢』というあだ名で呼ばれるシンシア・エーメリー伯爵令嬢に対して、今にして思えば顔から火が出るほど恥ずかしい勘違いをして偉そうなことを言い、彼女の婚約者ケイン・バートレット公爵子息にやり返されたのだ。


 完全に俺が悪いので彼らに文句は言えない。ただこの一件以来、周りは俺を馬鹿にした風に『ダレル君』と呼ぶようになってしまったので、そのフレーズに俺が過敏になっていることは否めない。


「すまない。でもそれでは僕の気が済まないから、何か詫びをさせてくれ」

「そう? そうねえ、それじゃあ······」


 彼女は少し考える素振りをして、すぐに目を輝かせてこう言った。


「それじゃあ、わたくしにあなたを取材させて!」

「へ?」




     ◇     ◇     ◇


 

 

 彼女に連れられて『新聞活動クラブ』と書かれた部屋に通された。

 室内はたくさんの印刷物や書き散らした用紙、資料と思われる民間新聞の合本などが所狭しと積み上がっているが、誰も居ない。


「楽にしていいわよ、何か飲み物を用意するわ」


 彼女が戻るまで、遠慮なく室内を眺め回し、何か分からない魔道具らしきものを見ていたところ、彼女がお茶を手に戻って来た。


「それはね、音声をそのまま記録する魔道具なの。本物の新聞記者も使っているのよ」

「へえ、本格的なんだな」

「でもなかなか学院新聞に興味を持つ人がいないのと、高位貴族に目を付けられたら嫌だとかでクラブに入る人が少ないのよ」


 どうぞ、と出されたお茶を飲み、しばらく相手の様子を伺う。


「ねえ、さっきはもう『ダレル君』って呼んじゃったし、令嬢言葉は止めるわね。ダレル君も楽な話し方にして」

「あ、ああ」

「ダレル君も『僕』じゃなくて『俺』でいいわよ。私も平民上がりなの。サンディ・アボットよ、よろしくね」

「いいのか? 堅苦しい言葉は苦手だから助かるが。······俺は知ってるだろうがダレル・セイモア。それで俺に何が聞きたいんだ? あの一件のことか?」

「まあそうね。私、まだあんまり取材経験がないから、インタビューの練習をさせてちょうだい」

「そんなことでいいんなら」

「ありがとう!」




 彼女――サンディ・アボットは、嬉しそうな顔で『取材』と言う名の辛辣な質問をどんどんと聞いてきた。


 ――シンシア様に言ったっていうあの噂の話って本当なの? 私、途中からしか見てないんだけど。

「いや、考えなしで······。概ね、はい」


 ――例の恋人ってどんな人? え、いない? それじゃあ何であんなこと言ったの?

「仲良くしてる女はいたっていうか(ごにょごにょ)」


 ――え、それって恋人間近と思っていた相手がただの飲み屋の店員で、実はカモられてただけじゃ?

「そ、そうだったのかな。大したもの強請られてない······と思うが」


 ――あー、貴族の愛人かなんかになれればラッキーとかって? あー、まんまと真に受けた? ダレル君ってちょっとアホなのかしらね?

「うう······(痛い、心が抉られるぅ)」


 ――『限定貴族』ね。そう腐っちゃう気持ちは分かるよ。でもそれシンシア様には関係ないものね。やれ愛人容認しろだの、別邸用意しろだの、家の仕事は丸投げするだのさ、初対面のご令嬢によくあんなに滔々と話せたね。お酒でも飲んでたの?

「いえ、コーヒーだけです、酔ってません······もう穴に埋まりたい······」


 ――実はさ、シンシア様とケイン様がちょっと言い過ぎたかなって気にしてるのよ。ほら、あんなに大勢の居るところで話すことじゃなかったのに、ケイン様もシンシア様命だから、ついカッとなってコキ下ろしちゃったけど、大人気なかったかなっておっしゃってたし。

「そ、そうなのか? エーメリー嬢にとっての俺はてっきり二度と顔見たくない害虫レベルかと思ってたけど」


 ――そんな事ないでしょう。んーまあ、あんまり気の毒だから、ちょっとだけ新聞活動クラブの記事にしたいなと思ってたけど止めてあげる。その代わり、ダレル君はシンシア様とケイン様ともう一度会うべきなんじゃないかな。

 それでちゃんと謝って話聞いてもらえばいいよ。シンシア様はあの時はああだったけと、あれはダレル君がテンション高くて変なこと喋り続けて、口挟めなかったからっぽいよ。高位貴族って言っても本来いい方達なんだよ、あのお二人は。

「俺そんなにおかしかったかな。ああ、でも、そうかもな、浮かれてたか······。でも今更お二人に話しかけるのはなぁ」


 ――でも何でそんなこと言ったの? 愛人も確定話じゃなかったのに。もし本当にシンシア様が婚約者ならさ、はじめはとにかく友好的にしといた方がいいじゃない?

「その時はなんか、エーメリー嬢は『聞き上手』で大人しいイメージだったし、彼女に上の立場を取られないように······俺が有利になれるようにしたかったっていうか」


 ――あー、ここで一発かましておこうってこと? 婿になれば貴族のままでいられるし、でも貴族のこと全然分からないから領地経営とか無理だし、そもそも騎士になりたいから領主は無理だし、全部妻にやってもらって······ってもしやシンシア様を都合のいい女扱いしようとしたの?

「そ、そんなこと、を思っていたかもしれません······ちょっとだけ······」


 ――最初が肝心だから、大変そうなことを言いまくって、後からハードルを下げて本来の要求を呑ませる方式? そんな高等技術どこで知ったの? え、夫婦喧嘩? 街の飲み屋でそう言ってるのを聞いた? 最初に強いこと言って萎縮させると、一段下げた要求なら簡単に呑むっていう姑息なやり口が巷で流行ってるの?

「(あうあうあう)すみません、つい出来心で······」


 ――えー、それはすごい技だねえ。でも貴族の結婚ってさ、家同士の契約だから。親達が出てきてさ、お互いに利益のある契約をするの。だからダレル君如きが相手親を丸め込むとか、そんなの無理だね。そもそもシンシア様は旧家の貴族家のご令嬢だし、今から公爵家夫人になるために勉強もすごいしてるよ。そのかまし技するんならちょっと調査足りないし、考え無しすぎるかな。

「そうか······、エーメリー家のこともロクに調べもせずに釣書送って了承されたと思い込んで、俺って本当に失礼なことやっちまったなあ」


 ――そうね、これ学院じゃなかったら、というか学院でもさ、人によっては訴えられるよ。だってさ、伯爵家と公爵家を馬鹿にしたようなものだもの。そりゃ公共の場でおかしなことに巻き込まれて、しかもあんな変なこと言う奴と婚約してるのかと思われたんだよ、シンシア様は。嫌だよね、婚約者は別にいるのにさ。

 だからおかしなこと吹聴されて迷惑したってことでダレル君んちに文句言ってもおかしくなかったんだよ? 

 それをされなかっただけでも、シンシア様とケイン様に感謝したほうがいいよ。

「そうだな。今からでも謝らないといけなかったのに、俺は逃げて不貞腐れてたんだな。

 貴族になって貴族間の上下関係に苛々して、······いつの間にかそれに毒されて権力が欲しくなっちまったのかな」


 ――うーん、でもさ、ダレル君って貴族のこと何にも分かってなさすぎじゃないかな? それもまずいからさ、私があれこれ教えてあげるね。あと、このアホな噂も消えるように協力してあげるから、これから少し付き合ってくれるかな? いいよね? じゃあ決定!

「え?」


 え? どういうこと?

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