魔の対立論争⑪
「ちょっと待ってほしい。 流石に勇者を殺すなんてことは止めないか?」
アシュリーは無駄だとは思いつつも抵抗してみることにした。
「何故だ? 多数決で決まったんだ。 アシュリーは参加していなかったがこれが魔族の総意ということになるんだぞ?」
「俺だって魔族の一員だろ? 確かに多数決には参加しなかったけど俺の意見は完全に無視なのか?」
「先程勇者とアシュリーでそう決めたんじゃないか。 それに俺たち魔族は多数決で全てがきっちり決まっていくという現実が快感になっているんだよ」
話している相手はよくよく思えばアシュリーとはいつも意見が逆になっていた魔族。 つまり現在全ての意見が彼の思う通りになっているということだ。
「快感、って・・・」
「とにかくもう決定したんだ! では皆の衆、勇者のもとへ向かおうか」
「「「・・・」」」
多数決で決まったはずの総意に従うはずなのにどこか兵士たちの表情が暗い。
―――エヴァンからもらった案で決定したのが勇者を殺すということ。
―――・・・エヴァンが可哀想だな。
そう思いながらも足取りが重い仲間と門へ向かった。
「おぉ、ようやく来たか!」
エヴァンは呑気にひらひらと手を振っている。 そこで兵士たちは何も言うことなくエヴァンを囲んだ。
「・・・ん? 何の真似だ?」
「「「・・・」」」
「もしかして今更俺を魔族へ歓迎してくれるとか!? 有難いけどもうそれは」
「多数決の結果、勇者を殺すことに決定した」
そう言うとエヴァンは真剣な表情になる。 先程まで飄々としていた様子はどこ吹く風、最初に時折感じた隙のない立ち振る舞い。 アシュリーとしてエヴァンと戦いたくなんてないと思っている。
ただこの様子を見ると単純に戦ったとしても勝てるとは思えなかった。
「・・・俺を殺すだって?」
「勇者が提案してくれた多数決で決まったことだ。 24対25で勇者を殺す」
「な、何だよ。 俺は魔族の兵士をまとめ上げたっていうのに恩を仇で返される感じ?」
「・・・そういうことになるな」
アシュリーとエヴァンの目が合う。 アシュリーは気まずさを感じたが目をそらすことはなかった。 それが本気だと伝わったようだ。
「・・・分かった。 何か複雑な気持ちだな。 俺の意見で魔族が団結し始めた嬉しさと恩を仇で返される寂しさで」
兵士たちも気まずそうにしている。
「まぁ、アシュリーが俺を殺さない方に一票っていうことだからそこは嬉しいけど。 ・・・ならさ、魔王を出してくれるか?」
「魔王様? どうしてだ?」
「俺はみんなと戦いたくない。 今日一日を共にしてきた仲だしできれば犠牲は少ない方がいい。 だから魔王と一騎打ちをさせてくれ」
兵士たちはどうしようかと顔を見合わせていると頭上から声がした。
『・・・よかろう』
その声がすると魔王が姿を現した。
「うわ、想像以上にデカッ!!」
一瞬怯むもエヴァンは剣に手を添えた。
「我の兵を上手くまとめ上げてくれたな。 それには感謝しよう。 ・・・だが勇者を生きたまま返すわけにはいかない」
「・・・まぁ、そうだよな。 結局勇者と魔王が相容れることはないようだ」
切なそうな表情をするとエヴァンは剣を抜いた。
「ま、魔王様! やっちゃってください!! こんなちっぽけな勇者なんてあっという間ですよね!?」
魔族たちが魔王様へと想いを託す中、アシュリーは一人反論の声を上げた。
「魔王様、勇者エヴァンと戦うにあたって何か大義はございますか? 一人で敵地へと赴いた彼をこんな大人数で囲って、恥ずかしいとは思わないのですか!?」
「おい、アシュリー! 魔王様へ向かって口が過ぎるぞ!!」
魔族からの叱咤の声を無視し、魔王へと更に言葉を向けた。
「こんなことが罷り通るなら自分は魔族でいることが恥ずかしいです!!」
「・・・」
「ありがとな、アシュリー。 でももういいよ。 俺たち人間だって逆に魔王がいきなり城に現れたらどう思うのか分からないものだ。 そもそも魔王とか言いつつ魔法なんて本当は使えないんでしょ?」
「そう思うか?」
「人は魔法なんて使えない。 魔族だって魔法が使えるっていう噂だけあって誰も使っているところを見たことがない。 魔族は人間と見た目が違うだけなんだ。 そうだろ?」
「・・・」
「魔法が使えるなら見せてみろって! 本当に存在するかどうか俺が見てやるさ!!」
魔王はしばらく考えた後呪文を唱える。 中空に大層な幾何学模様が幾層にも描かれ物々しさだけでその場の全員に息を飲ませる程だ。 それが消えるにつれ強く光り輝き現れたのは鶏の雛。
つまりヒヨコだった。
「ひ、ひひひヒヨコ!?!?」
兵士たちは驚いた顔をしている。 当然であるが魔界に鶏はおらずヒヨコは初めて見る生き物だったのだ。
「マジックのようにヒヨコが現れたぞ!? 魔法が使えるってマジだったのかよ・・・ッ!! こんなの俺が勝てっこねぇじゃん!! 退散だぁぁぁぁ!!」
怯えたエヴァンは走って逃げていった。 どうやら魔族側が勝ったようだ。 一時沈黙が訪れるがしばらくして拍手が上がった。
「魔王様、素晴らしいです!! 小さな生物一匹出すだけで勇者を追いやるなんて!! その生物はどれだけ狂暴なんですか!?」
「成長すればけたたましい鳴き声で威嚇し鋭い嘴が目を抉る・・・」
「それは怖い! 流石魔王様!! 我々は一生付いていきます!!」
魔王は兵士たちから背を向け歩き始めると“魔法はこれだけしか使えない、なんて言えるはずがないよな・・・”と小声で呟いていた。
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