魔の対立論争⑩




多数決が49人で行われるようになり夕食の時間になった。 議論は何度か行われたがアシュリーはその全てに参加していない。 ただ昨日までと比べると明らかに魔王城の雰囲気が違っているように思えた。


「今勇者が来ているんだって? 是非勇者の分も持っていってあげな」


今度は包み隠さずエヴァンのことを伝えると食事担当の人にそう言われた。 予めエヴァンの分まで作ってくれたそうだ。


「無理言ってすみません」

「いいんだよ。 魔界の料理は美味い、って教えてやりな」


そう後押しされ自分の分とエヴァンの分の食事を持って牢屋へ行く。 エヴァンは相変わらず壁に背を預けのんびりとしていた。


「お! どうだ? あれからみんなの様子は」


足音で気付いたのかすぐさまエヴァンはその場に立ち上がった。


「驚く程に意見がまとまっているよ」

「マジで? ちゃんとしているところはあるんだなー」

「俺抜きで多数決すると確実に決まるからな。 少数派で負けた方も渋々と意見に従っている」

「そうかそうか。 まぁ、争いなんてない方がいいからな。 で、そのパンは?」


持ってきたのは真っ赤に染め上がった大きなパンだ。 先程勇者にもらったものがパンに近い食感だったため用意してもらった。 ただパンだけではあまりに味気ないためサンドイッチを作ってもらったのだ。

おまけに黄土色の小さなスープ付き。 これはアンデッドコーンを毒棘蛾の幼虫の体液でじっくりと煮込んだものだ。


「夕食だ。 これがエヴァンの分」

「二つあるっていうことは本当に俺の分?」

「あぁ」

「魔界に俺の存在がついに認められたのか・・・!!」


パンを渡すとエヴァンは嫌な顔を浮かべる。


「にしてもちょっと不気味な色だな・・・」

「すまない。 なるべく薄めの色で、ってお願いしたんだけど今はそれしかなかったんだ」

「へぇ・・・。 そこまでしてくれたなら、じゃあ・・・」


エヴァンがパンを二つに割ると中から生きた芋虫が現れた。


「うわッ! 流石に無理だ!! こんなの食えねぇーッ!!」

「こんなに美味そうなのに食えないのか? なるべく新鮮で生きのいいところを選んでもらったんだけど」

「気持ちは嬉しいけど生きた幼虫なんて人間は食べないんだよ!」

「そうだったのか。 ・・・周りのパンはどうだ?」

「・・・ん。 食えなくはないけど異様に濃い味でキツいな」

「味覚自体が違うのかもしれないな」

「まぁ、生活している場所が違うし当たり前か」


そう言うとエヴァンは悩む素振りを見せた。


「・・・仕方ない、俺は帰ることにするよ」

「帰る?」

「そう、自分の街へ。 魔族の街を見た感じ上手くやっていけそうだと思ったけど、流石にその飯は受け入れられないわ」


そう言ってお盆ごと返される。


「食べ物が生きがいの俺にとってはちょっとキツ過ぎる。 正直甘く見ていたよ。 折角用意してくれて本当に悪いと思うんだけどな」

「いや、文化が違えばこういうこともあるって理解できるから」


そのような会話をした時エヴァンのお腹がぐぅと鳴った。


「ということで帰らせてくれるかな? もうずっと腹が減っていて」


自由な勇者様だ。 だが物事に進展があったためアシュリーも立ち上がった。


「みんなに報告してくる」

「その前に牢屋で餓死するのは嫌だから出してくれないか?」

「・・・分かった」


流石に勇者のことについて話し合うため兵士の前までは連れていけない。 先に門まで行ってもらうことにした。 牢屋から出し門へ行くエヴァンを見送ると仲間のもとへ。

兵士にエヴァンが『帰る』と言い出したことを話した。


「急な展開だな。 勇者をこのまま帰らせてもいいと思うか? 帰らせるくらいなら殺すか?」


やはりその二択になるようだ。


「帰らせる代わりに出会った時に言っていたことを伝えてもらおう。 魔族は強いからしばらく人間側は訓練した方がいい、と。 そしたら戦争もしばらくは起こらない」

「その約束を破られたらどうする? 約束を守ってくれるという保証は?」

「そうだそうだ! 次に乗り込んできた時物凄い兵士を揃えてやってきたらどうするんだ!?」


またもや討論になった。 そこでエヴァンから教わったアシュリー抜きで多数決することが頭を過った。


「・・・この方法で決まるが文句はないな?」

「「「・・・あぁ」」」


多数決をとった結果24対25で勇者をこの場で倒すということで意見は一致した。


―――俺はエヴァンを殺したくなかった。

―――つまり結果は俺の逆になると思っていた。

―――・・・嫌な予感が現実のものとなってしまったな。



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