救出
空が次第に赤と白のコントラストで彩られ、朝が来たことを伝えている。
追ってのことを考えて、私と天は交代で仮眠をとることにしている。今は隣で天が眠っている。
「こんなに小さな身体なのに、色々と背負い込みすぎだよ」
眠っている天を見て、改めて自分より小さな存在に助けられていると感じる。
自分が天と同い年くらいの時は、自分のことばかりで他人のことを考えて行動することや、ましてや助けるなんてもってのほかだった。
高校卒業を目前にして親に『大人になった時に困るから大学は出ておきなさい』と事あるごとに言われ、特に興味もない地元の経済学部を受験し、入学した。
一応の義理は果たしたと思い、自堕落な学生生活を送っていると、気がつけば周りは就職活動を始めていた。髪を好きな色に変え、露出の多い服を着ていた友人が、周りと同じ黒色の髪に黒色のスーツを着ていたのを見た時は、環境の変化はこんなにも人を変えてしまうのかと恐怖した。
むろん私もそのうちの一人であり、周囲から浮かないように身を潜めながら就職活動を行い、名前は聞いたことがあるが具体的に何をしている銀行なのかわからないまま入行した。
ろくに業界研究などしていないものだから、自分が銀行から何を求められているのかわからない日々が続いた。
それでも決まった時間に起き、決まった電車に乗り、決まったデスクに座る日々をこなしていた。理不尽なクレームを愛想よく受け答えすると、上司には『舐められるからしっかり言わなきゃ駄目だ』と言ってきたり、かといって突っぱねるような態度をとると『どうしてあんな対応をしたんだ?』と詰められる。
後何十年ここで同じことを繰り返し、同じように辛い目に合わなければならないのか計算したことがあったが、結果を見て吐き気がしたため『今日一日を乗り切る』という考えに切り替えた。
すると毎日に対する希望が減り、同時に絶望することも減った。
こうやって定年まで奥歯をかみしめながら生きていくのだと思っていた。
でも、まさかこんなスリルを味わう日が来るなんて。
もし、ここから無事に逃げ出すことができたら、どうしようか。
まずはここで起きたことを警察に話すか?いや、証拠がなさ過ぎて動いてくれないかもしれない。仮に動いてくれたとしても、村の外で話をすると報復にあう事象を把握出来ていない以上、うかつなことは話せない。だから、少し休もう。
また職場と自宅を行き来する日々を繰り返せるほどの気力はもうない。いっそどこか違うところで暮らしてみるのもいかもしれない。
天も一緒に行けるのなら、きっと楽しい日々が送れるだろう。
全てが終わったら断られるかもしれないが、提案してみよう。
未来のことを考えていた時、朝日が天の顔を赤く染め始め、目元に光が当たると、うっすらと瞼を開けた。
「……朝ですか」
人形のように動かなかった天がゆっくりと上体を起こし周囲を確認している。
「おはよう。少しは眠れた?」
「はい。おかげさまで」
天の左肩の傷は、朝日に照らされるとよく見えたが、まるで猛獣に噛み千切られたかのようだった。
「左肩痛いよね?早く治療しないと……」
あまり医学の知識はないが、傷口から菌が侵入し、感染症を引き起こすことがあると聞いたことがある。
応急処置として天自身の気の力で治癒が進んでいるというが、傍目から見れば重症に変わりない。一刻も早く消毒をし、傷口の保護が必要だ。
「そうですね、痛っ……でも昨日よりかは少しだけましです」
私に心配をかけまいと、痛みに耐える天の口元は引きつっている。可哀そうだ。
「早く治療道具を手に入れないと……でも、木暮村長って何者なの?こんな傷を負わせれるなんて……」
傷跡を見る限り、とても人間業ではない。
「木暮村長は元々どこかの組織に所属していたみたいです。海外での傭兵部隊にいたとかも聞いたことがあります。村のみんなはあの暴力の前には何も言えず、従うしかないんです。最初は嫌々やっていたことも、だんだんとエスカレートして、昨日のような裁判を執り行うような真似まで……」
今思い出してもあの状況は異常だった。木暮村長に命令されているわけではなく、村人一人一人が率先して役を楽しんでいるようだった。きっと最初は嫌々やっていたのだろうが、だんだんと人を支配することの楽しみを覚えていった、そんなところだろうか。
「誰からも咎められないことが確約された環境で人を支配することができるというのは、人格を変える程の快楽を与えてしまうようです。もともとは普通の人だったというか、優しい人ばかりでしたから」
「木暮村長はそうやって村を自分のものにしていったと……」
現代の日本でこのようなことが実際に目の前で起きていることが不思議でならないが、他に説明しようがない。
改めて木暮村長は力と人を操ることに長けた存在であると認識した。
「それでも、山内先輩を助けて、この村を出ないと」
「はい。このままでは消耗戦に陥り、こちらが負けてしまいます。動きましょう」
朝日が完全に上り、辺りが見渡せるようになったのを確認し、二人は村に向かって歩き始めた。
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