脱出
突如現れた謎の人物に腕を強く引かれたまま山道を駆け抜けていく。周囲に灯りが全くないため一歩先も闇だというのに、道が見えているかのごとく何の迷いもなく突き進む。
最初のうちは恐怖でいっぱいだったが、やがてこの手の感触や匂いに覚えがあったため、安心してついて行くことができるようになった。
しばらく山の中を走ると、大人四人が横になれる程の洞穴に入り、二人で息を整える。
「はぁ……はぁ……天ちゃんだよね?」
真っ黒な服に身を包んだ人物が、目出し帽を脱ぐと、まぎれもなく天だった。
「言ったじゃないですか、私しかこの村に味方はいないって。どうして納屋の外に出たんですか」
「天ちゃん……ごめん」怒られても仕方がない。
「あの場に入るまで様子を伺ってました。知り合いが捕まったから助けに行きたい気持ちはわかりますが、せめて私に声をかけてから行ってもらいたかったですね」
天が怒って話しかけてくるのは、初めて神社で会った時以来かもしれない。心に針を突き立てられているような眼光から、少し顔をそむける。
「私……天ちゃんのこと疑ってた。もしかしたら木暮村長と繋がっていて、だから色んなことが私の周りで起きているんじゃないかって」
この疑いがあるからこそ、山内先輩を助けに行くときに天を呼ばなかった。
「それは……まあ少し残念でした。でも、疑わざるを得ない状況でしたから、仕方がないと思います。今はどうですか?まだ疑っていますか?」
そんなことはない。身を挺して助けに来てくれたのだ。天に向き直り、頭を横に振る。
「ううん。天ちゃんがいなかったら今頃どこかに監禁されて、佐上係長と同じ目にあってたかもしれない。本当に……ありがとう」
「そうですか、それならよかったです」
天は満足そうに笑っている。
「でも、あの風はなんだったんだろう」
窓ガラスを割るほどの、まるで台風が発生したかのような強風が、自然に発生したとは思えなかった。
「……あれは、私がやったんです」
「え、天ちゃんが?どうやって……」
「前に話した、桟橋でのこと覚えていますか?私が上級生を落としてしまったこと。あれと同じ力を使ったんです」
天の家系は代々、気の力を使え、医療行為に似たことをしていたという。
「そうなんだ……気の力って初めてみたけれど、風を自在に操ることができるみたいなイメージなのかな」
「そう考えるのがわかりやすいかもしれませんね。でも人を癒す力を私は傷つけること、ましてや人を殺めてしまったことがあるのは、許されることではありません」
「でも!その力が無かったら私は、今頃どうなっていたかわからないよ。私は天ちゃんがこの力をもっててくれて、使ってくれて本当に良かったと思ってるよ」
「雨堤さん……」
どのような過去があっても、私が天に助けられた事実は変わらない。
「だけど、山内先輩が……」
駐在に連れていかれてしまった山内先輩のことが気がかりだった。少なくとも明日の祭りの生贄の時間までは殺されることは無いのだろうが、早く助けに行かないと命が危ない。
「駐在が連れて行ったことから、恐らく山内さんは今、駐在所の地下牢に閉じ込められていると思います。地下には自然の風が吹いていないので、私の気の力をさっきのように十分に発揮できません。複数人相手となると逆にこちらがやられてしまいます」
天は続けて話した。
「逆に考えれば、しばらくはそちらに村の人間は集中しますので、こちらへの注意は薄れるはずです。こういうのもなんですが、雨堤さんが逃げるのは今がチャンスでもあります」
非情な判断だということは十分に分かっていますがと付け加えて話してきた。
「ごめん。それはできない」
「やはり、あの方に好意が?」
慌てて訂正した。そんなわけない。
「違う、違うよ?山内先輩はさっきの異常な環境でも自分のことよりも、私のことを庇いながらなんとか切り抜けようと必死だった。だから、その、助けないと……」
「山内さんが報われないと……?」
私は軽くうなずいた。
「はぁ、雨堤さんは底なしに優しい方ですね。普通だったら自分が逃げることだけ考えますよ。助けてもらってラッキーくらいに」
「そうかな。優しいのかな……」
優しさというよりも、人としてここで山内先輩を置いて逃げるわけにはいかない、どちらかというと正義感にかられている気がする。
「少なくとも私にはそう見えます。では、山内さんを助ける方向で考えましょう。チャンスはあの桟橋の上で、儀式が行われるタイミングだけでしょう。そこを目掛けて乗り込み、山内さんを救出しましょう」
山内先輩を助け、この村から脱出させる策は、あまりにもリスクが大きい。だが、自分たちだけが助かって、のうのうと生きられるほど図太い性格ではない。山内先輩を助けることは、自分たちを助けることと同義だ。
「天ちゃん。ありがとう!」
天の左肩に手を添えた時、生暖かくぬるりとした感触がした。
「痛っ!」
暗闇でよく見えなかったが、手に付着したぬるりとしたものを鼻に近づけると、鉄錆びた匂いがした。
「大丈夫?え、血?」かなりの出血だ。
「はい……先ほど逃げる時に木暮村長に肩を掴まれて、その時に少し……」
携帯のライトをつけて確認すると、大量に出血しているというよりは、皮と肉を少し抉りとられた傷跡であった。
「……なにこれっ!痛かったよね?ごめん!」
「大丈夫ですよ。もう血はほとんど止まっていますから、明日にでも処置します」
納屋から出る時に持っていた災害用バッグがあれば、応急処置できたかもしれないが、捕まった時にどこかへいってしまっていた。
「わかった。明るくなったらすぐに治療しよう」
二人が山に逃げ込んで数時間が経ったが、追っ手は来ていない。不幸中の幸いだった。
山の向こうが少し青白くなっている、間もなく朝日が迎えに来る。
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