木暮村長

 流石に組織の金に手を付けたのはまずかった。

 いや、仮にバレたとしてもこの腕があれば返り討ちにできると本気で信じていたのだが。

 子どものころ山に入っていたら野犬に襲われたことがある。死にたくない一心で抵抗していたら、野犬はピクリとも動かなくなっていた。

 身体中傷だらけになりながら、殴る蹴るといった一辺倒な攻撃を繰り返すしかなく、野犬相手に全く通用していなかったが、たまたま心臓付近を殴った途端、荒れ狂っていた野犬は力なくその場に倒れた。

 それ以来自分の拳には特別な力があると信じ、乱闘騒ぎに巻き込まれる際は、心臓付近を貫く一撃をお見舞いしていった。流石に人間の心臓を止めることはできなかったが。

 町の暴力集団に所属していたところを、組織の人にスカウトされ、その後は表で対処できない仕事を受け持つようになった。

 特に、不要になった人間や邪魔な人間の処理をさせたら、自分の右に出るものはいないと評価されていた。

 数年が経ち、組織内での肩書も上がり、部下も従える程になり、貧乏な田舎出身の自分にとっては、そこそこ満足な生活を送っていた。

 上位の立場になると、鉄火場に出ることは稀で、生きるか死ぬかという場面に立ち会うこともほとんど無くなった。

 自分の存在意義が失われ、周囲からの羨望のまなざしを受けることが無くなり、言いようの知れない焦りに囚われていた。


 過去の栄光を取り戻すため、そして刺激的な毎日を得るため、手始めに組織の金に手をつけた。

 組織の人間が血眼になっても五年はかかるだけの金を盗み、地下格闘技大会を開催することにした。

 トーナメントで勝ち上がってきた者と自分が戦い、勝てば賞金を渡すというシンプルなものだ。

 道具さえ使わなければ何をしてもかまわないルールから、人づてに評判は広がり、強さ自慢を誇る者が次々に現れた。

 私が勝てば支配欲、羨望のまなざしを満たすことができ、負ければ組織の金を賞金としてとられ、自分は組織からの追放はもちろん、見せしめに殺される可能性もある。

 そのスリルは何物にも代えがたく、やめることができなかった。が、一年、二年と過ぎたものの一向に私を倒すものは現れず、次第に欲求を満たすことができなくなっていった。

 ある日、学生時代の旧友である霧崎と飲み屋で偶然出会い、地下大会の話をすると、霧崎は目をかっぴらいて興味をもった。

「そんな面白い試合があるんか!よし!推薦したい奴がいるから、そいつと戦ってくれや!」

 霧崎は表向きは銀行員だが、裏との繋がりを強化して、私利私欲のため金の亡者となっていた。ゆえに腕に覚えがある者を知っているのだろう。

 本来であればトーナメントで勝ち上がってきた者と対戦するわけだが、面倒なことは抜きにしたいという霧崎の考えにのり、特別に急遽試合を行うこととした。


 リング上で初めて対戦相手を見て、拍子抜けした。自分よりも体が小さく、腕や足も鍛えている人間のものではない、表情もこれから格闘技をするというのに、場違いなほど温和な雰囲気を出していた。

 正直霧崎には申し訳ないが、さっさと試合を終わらせて、この大会の分の責任を取らせてやろうと考えていた。

 しかし、ゴングが鳴ったところまでは覚えているものの、次の瞬間に自分は宙を舞っていた。

 そして、次に意識がはっきりしたのはレフリーがカウントダウンを言い終え、試合終了のゴングが鳴り、霧崎が勝利の雄たけびをあげている時だった。

 対戦相手の『そよぎ』は一貫して笑顔を崩さず、ただじっとこちらを覗き込むように見ていた。ただ一言「ありがとうございました」と声をかけてきた。

 恫喝や恐喝、嵐のような暴力を人一倍見て体感してきた私が、人間に対して初めて『怖い』と思った。

 正体不明の相手にあっさりとやられ、礼儀正しく応対され、その上笑顔ときている。

 私のプライドと人生をズタズタにされた大会はこうして幕を閉じた。


 それからは組織の人間から追われる日々が始まり、真っ向から叩き潰していたものの、毎日毎秒襲い掛かってくる敵に次第に疲弊していった。

 金も底をつき、行く当てもなく町の高架下で倒れこんでいると、霧崎が仕事を手伝ってくれないかと言ってきた。

 依頼内容は「但馬汐村の実権を握り、表で不要になった人を処理する場所にする」というものだった。

 私はそんなもの出来るはずがないと断ったが、但馬汐村の村長が対戦相手の梵だと知ると話を聞くことにした。

 霧崎と梵の関係は「村の経営が立ち行かなくなってきており、このままでは合併か財政破綻しか道がない。知恵を貸してくれないか」と銀行の窓口に来たのが始まりだそうだ。

 霧崎のいる銀行ではどうすることもできないため、断りを入れようとしたところで、私の地下での大会の話を聞き、梵に提案すると自らが出場すると言い出したそうだ。

 梵には『気』を扱う能力があり、村には医療機関がないため、その力を医療行為に使っているそうだ。ただ、リング上で私が喰らったような「気の塊」を相手に飛ばす芸当も可能だという。

 そして、その金で村の経営を立て直し、村の危機を逃れたそうだ。

 大会を紹介した霧崎にもバックが入り、懐が潤ったそうだ。

「私はそんなオカルト染みたもので、全てを失ったというわけか」正直今でも信じられないが、あの衝撃は現実だったことを裏付けている。

「まぁそういうこったな!でもお前も悪いんだぜ?道具を使わない以外なら何してもかまわないっていうからよ」

 まさか気を攻撃に使えるような奴がいるとは思わないだろと吐き捨てた。

「だが、なぜ梵をはめるような真似をするんだ?うまくやってたんじゃないのか?」

「いや、最初はよかったんだけどよ、お前との大会後はノリが悪くなっちまってな」

 霧崎は梵の力を目の当たりにして、他の大会にも出るように話を持ち掛けたようだが断られてしまったという。

「自分の力は人を傷つけるものではないので、とか言ってよ、つれねえ奴だろ?そんで他に何か金儲けできないかと調べたらよ、あいつの村結構使えそうなんだわ」

 但馬汐村は高齢化が進み、廃村一歩手前であるため、まず携帯等の電波が入るようにインフラが整備されていないことに加えて、隣町へは車でも距離があり、一本しか道がないということで、非常に閉鎖的であること。また、犯罪行為も起きないだろうということか、駐在員が一人しかいないということ。そして、仕事にもってこいの、奈落の底並みに深い谷があること。

「ここの実権を取ることができたらなんでも隠せそうじゃねぇか?表の世界も裏の世界でもそういうことを求めている人は多いからよ!二人でビジネスを立ち上げねえか?」

 肩を強引に組ませられ、続けて霧崎は話した。

「お前もよ、あいつにやられっぱなしじゃ気が収まらないだろう?このまま何もしなかったらいつか組織の奴らに捕まって、始末されるんだろう?うまくあの村を手に入れられればお前の隠れ蓑にもなるし、村人から何からお前の言う通り動く駒も手に入る。メリットばかりだとおもうんだけどなあ?」

 一方的に話す霧崎の言葉を聞きながらも、この提案にのる以外方法がないとどこかで理解しようとしている自分がいた。

「わかった。引き受けるが、具体的にどうやるのか策はあるのか?」

 もちろんといわんばかりに霧崎は鞄からファイルを取り出した。

 銀行員というのは、調査したものを何でもかんでもファイルに綴じるという話を聞いたことがあったが、霧崎の豪快な性格とは裏腹に綺麗に順序だてて綴じられていた。

 霧崎の計画は大まかにいえば「梵の一人娘である天の弱みをネタに村長を脅し、実権を手に入れる」ものだった。

 天の弱みというのは、梵の能力が娘にも継承されていることが確認されているが、本人は自覚がないことだ。神社の娘という特別な立場を妬む者がいて、学校でのいじめがエスカレートしてきているため、いつ感情が爆発して能力が暴走してもおかしくない状況なのだそうだ。万が一、能力を他者へ向けて使った際には、それをネタに梵をゆするという算段だ。

 経験上、人の介入が多く、ましてや人の感情を動かすというのは至難の業だと認識している。上手くいくわけがない。

「こんないつ起きるかわからないものにかけるってのか?」

「まさか!俺もそこまで暇じゃあない。いじめの首謀者をさらに焚きつけるってのが第一段階だ。それが無理そうなら第二段階にうつるまでさ」

 霧崎は第一段階について説明し始めた。

「まずは宿屋の娘だ。あそこの娘は梵の娘の上級生で、いじめの首謀者だ。自分の家が貧乏だから、梵の娘の裕福そうな家庭が羨ましいんだろうな。まぁ子供にはよくある嫉妬だな」

「子供をどう説得するっていうんだ?子供なんて相手にしたことないぞ」

「大丈夫だって。梵の娘を陥れるいい話があるって言ったらホイホイついてくるって!それにお前の人のよさそうな感じだったら問題ないって!」

 俺の顔じゃあ逃げられちまうかもしれないがな!と霧崎は笑っている。どこまでも楽天的な性格が羨ましい。

「しかし、いきなり気の力を使える話をされても納得するんだろうか?」ただの怪しい男にしか思わないのではないか。

「ん?小学生なら信じるんじゃないか?好きだろそういうの」

 自分たちが小学生の頃なら信じたかもしれないが、今の子たちには通用するようには思えない。ただ、村に新しい情報が入りにくいという環境であるなら、いけるのだろうか。

 霧崎のファイルに少し目を通すと『動物による作物被害』についてまとめられているページがある。

「……これは使えないか?」自分の村で起きていることと結び付ければ、信ぴょう性は少し上がるのではないか。よく『嘘をつくのなら、本当の話の中に混ぜ込め』と言う話を聞く。

「作物被害か?そうだな、村は基本的にどこの家庭でも畑やっているから、頭を悩ませているみたいだぞって……お!いいかもしれないな!」

 私はあまりピンと来ていないが、霧崎はフンフンと言いながら想像を巡らせているようだ。

「筋書きはこうだ。作物被害が出ているのは梵の家で飼っている……犬じゃなくて……そうだ、傷ついた狼を飼っているとか言ってたな。だから、狼が原因だと言う。そうすれば宿の娘は、学校でこのこといいふらして、それを聞いたほかの子供たちが家に帰ってからこの話をする。そうすると村全体に噂が広がり、噂はやがて真実へ変わり、梵の家の狼を処分しろと動き出す」

「狼なんか飼ってるのか、あいつの家は」

「ああ、娘がけがしている狼を保護したんだそうだ。さらに友人がいない娘にとっては唯一の話し相手だそうだ。だからその狼を処分しろとなれば、まあ間違いなく娘は怒って、宿の娘に反撃を仕掛けるだろうさ。ただ、相手は上級生だ。そうなれば気の力を使う可能性は、ぐっと上がるはずだ」

 霧崎は握りこぶしを作って見せる。

「そのタイミングを俺が逃さず確認して、写真なり動画を撮って梵を脅すってことか」

「そうだな。あいつのことだから娘のメンツを第一に考える。メンツを守るためには、証拠が世の中に出回らないようにするためだったら何でもするだろうさ」

 父親になったことがない私にはわからないことだが、子供のことになれば親はどんなことでもするのだろう。自分は父親に良い思い出がないので、わからない。

「そこで!お前が梵から村長と神主の座を奪うってわけだ。梵の方から村人に説明してもらえれば、よそ者のお前のこともスムーズに受け入れてくれるだろうさ」

「……そんなに上手くいくだろうか」

「上手くいくもいかないもお前次第だ。それにこれが上手くいかなければ、お前はまた組織から死ぬまで逃げ続けるだけさ」

 霧崎の言う通りだ。これをミスすれば、詰むだろう。

「……わかった。また連絡する」

 そう言い残して私は店を出た。


 あれからすぐに、しばらく村に滞在できる準備をして、作戦通りに動いていると、怖いくらいに順調に事が進んだ。ただ一つ誤算だったのは、梵の娘である天が由梨奈を気の力で吹き飛ばし、あろうことか桟橋の下へ落としてしまった。まさか殺しまでするとは思わなかった。

 まあ、作戦に大きな変更はないし、むしろ好都合だった。

 事の顛末を録画したカメラを握りしめて、梵のもとへ行くと、最初は地下の大会で倒した相手がなぜここにいるのかと驚いた表情であったが、録画映像を見るなり、顔は青ざめ震えているように見えた。

 それからは霧崎から助言してもらった通りの要求を提示したが、驚きつつも最初は時間をくれと言われた。

 その間に霧崎に連絡をとり、ことがうまく進みそうだと話すと、霧崎の方からも梵宛に連絡をとって圧をかけたのか、最後は梵が要求を呑む格好になった。

 その後、梵の家族全員が村を後にしてどこかの町へ移り住むのかと思いきや、どうしてもこの村を離れることができないといい、梵と妻は隠居し、天は巫女として神社に従事させてほしいと言ってきた。

 霧崎にそのことを伝えると、計画の邪魔さえしなければ構わないということで、無事に村の乗っ取り計画は完了した。


 この計画完了から間もなく十年が経とうとしている。

 仕事の依頼は霧崎を窓口として時々入ってくるようになった。

 組同士の抗争で殺めてしまった人間の処理から、政治家にとって邪魔な存在の人間を精神的に破壊されるまで地下に幽閉することまで、権力者が上にのし上がるための黒い仕事に関することはなんでもやってきた。

 一度警察がやってきて捜査をくまなくされたが、村に伝わる『青江様』の祟りが効いているのか、神社の最深部までは調べられなかったり、桟橋の危険な崖下までは誰も行こうとしないなど、こういった類の仕事を行うには霧崎の目論見通り、うってつけの場所であった。

 極めつけには、この村の人々による『自然なアリバイ工作』だ。

 村の人たちは、よそ者に対して全員を敬遠するわけではなく、村の掟や平和を乱すものに対して攻撃を仕掛ける特徴がある。

 警察が来た時も、アリバイがない木暮に対して「その時間は一緒にいた」など、頼んでもいないのに勝手にアリバイを工作してくれる。

 つじつまが合わなくなっていったとしても「歳だから間違えてしまった」と言えば警察もそれ以上追及してこない。

 準備から最後の片づけまですべてがうまく回る環境がこの村には備わっていると改めて感じている。

 最近は霧崎も出世して、銀行の店長になったそうだが、さらに上に行くため、足かせになる人間を間引くためにこの村に送り込んできている。

 たまに依頼ではないこともやる。この前はどこかの掲示板で見たのか、肝試しと称して複数人で村に来た者たちがいた。変に情報を漏洩されても困るので、自主的に処分した。鍛えられていない人間の肉体は脆く、耳障りな音がして、嫌いだ。

 しかし最近の霧崎は、今までは慎重に何か月か空けて実行してきていたものを、どんどん短いスパンで送り込んでくるようになった。二日連続何ていう日もある。

 霧崎にこのことを伝えてもバレることは無いから、さっさとやってくれの一点張りであるため、やることはやるが、慎重にやらせてもらうつもりだ。

 今日にいたっては処理対象と関係のある男が通行止めを掻い潜り、どこの山道を通ったのか村に潜入してきた。さらに駐在が口を滑らせ、この村に生贄をやっていることを知らせてしまった。

 この男を返してしまえば、但馬汐村での悪事が露見し、警察による本腰の入れた調査が始まる可能性も捨てきれない。

 万が一にでも遺体や死体が見つかれば、疑われるのは必至であり、繋がりがある霧崎にも調査が行くだろう。そうなれば銀行で相次ぐ退職者や失踪者に疑問を持ち、やがて真実にたどり着いてしまうだろう。

 せっかくつかんだこの機会を簡単に失うわけにはいかない。

 この男には文字通り生贄になってもらう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る