潜伏

 森の中を走り抜けていた。途中で水たまりに足を突っ込んだり、木の根に足を取られて転んだりと、もう身体中泥だらけだ。

「……誰かが追ってきては……いないみたいね」

 先ほど通ってきた道ではあるが、目印などが一切ないので、草が踏み倒されているところを見落とさないよう、目を凝らしながら素早く移動する。

「本当に佐上係長だったよね……」

 先ほどの光景がフラッシュバックする。見覚えのある泣きぼくろ、声、そして突然の退職。

 まだ確証はないが、考えれば考える程、あの籠の中にいたのは佐上係長だったのではないかと思ってしまう。

 だとしても、なぜあんなこと巻き込まれる必要があったのか。

 佐上係長がこの村とどう関係があるというのか、職場で今まで一度もこの村について話したことは無い……と思う。

「いったいどんな関係が……」

 少しよそ見をしたことで、巨大な岩に足を取られてしまいその場で転んでしまった。

「痛っ」

 掌から転んでしまったため、少し擦りむいてしまい、じくじくと痛む。

「……今は逃げることに集中しないと」

 再び立ち上がり走りだそうとした時、すぐ近くの木々が急にざわざわと動いた。

「なに?」

 音の鳴った方に目を向けるが、風が吹いて動いたわけではなさそう。他に考えられることとしては、動物がいたのかもしれない。キツネや鹿が出てもおかしくない森の中だ。熊だって出てくるかもしれない。

「さすがに熊は勘弁してほしいな……」緊張で心臓の鼓動が早くなる。

 もし熊が出てきたら死んだふりをするのが良いのだろうか?いや、前に死んだふりをしたら、かえって熊が興味を示して、おもちゃのように遊び始めたという記事を見たことがある。この案は却下だ。

 他には目を合わせて、少しずつ後ろに後退するといいというのを聞いたことがあるが、これ以上後ろに下がると崖に真っ逆さまだ。

 再び木々がざわめきだす。

「……熊じゃないよね」

 そうであってほしいという願いを口にして、じっと木々を見つめる。

 それからしばらくしても木々は動かなくなった。

 少し肩の力が抜けた。

「なんだったの……」

 気を取り直してさっさと森を抜けださなくては、村人の誰かに見つかれば大変だ。再び走り出した。


 なんとか無事に森を抜けると、村は夕日に照らされており、民家や役場は火事でも起きているかのように真っ赤に染まっている。

「たしか、こっちだったよね」

 ポケットに入れていた地図を泥だらけの手で開いて確認した。

 天に指示された場所につくと、小さな納屋があり、カギは外されており、中に入ることができた。

 納屋の中は埃や砂が舞っており、油断するとせき込んでしまいそうだ。

 広さは六畳ほどで、神社の祭事に使われる道具や災害用のバッグなどが所狭しと置かれており、物が置かれていない箇所は人一人が横になれるスペースがあるといったところだ。

「はあ、通行止めが解除になるまで、ここにいることになるのかなあ」

 薄暗く埃っぽく誰もいない環境は、さすがに心細い。携帯も使えないので、外の情報を得ることが全くできない。

 これから夜になってあたりが真っ暗になれば、隙間から差し込んでいる光も無くなり、ここは真っ暗になってしまう。

 「最悪携帯でライトをつければなんとかしのげるかな、あ……」

 携帯で思い出したが、今日は山内先輩がこの村に来ることをすっかり忘れてしまっていた。

「でも、通行止めになっているわけだから、来れないよね」

 天の話では、木暮村長の部下が通行止めの工事現場いるということなので、山内先輩が来たところで追い返されるだろう。

 ふと一瞬、佐上係長のことが頭をよぎった。

「……いや、大丈夫だよね」

 もし山内先輩通行止めの所で、佐上係長のことや私のことを話題に出せば、仲間と思われて捕まえられる展開を考えてしまった。そうはならないと思いたいが。今は、トラブルを起こさずにあっさりと引き返してくれることを祈ることしかできない。

「……少し疲れた、横になろう」

 朝から異常な体験をし、森の中を走り抜けたことで体力は限界だった。

 納屋の中にあったダンボールの上に横になり、目を閉じた。

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