生贄

 山内先輩との電話を終えて、そのまま宿の電話を借り、天に連絡をした。神社の本殿の裏で落ち合うことにした。

 気持ちの焦りから、駆け足で神社に戻る。なぜこんなに焦っているのか自分でもわかっていないが、何か自分が知らないことが動き出している、気がする。

 確かめるためにも今はいち早く天に会わなくては。

 神社の境内ではまだお祭りが開催されており、そこを走り抜けて本殿の裏に行くと、天が外で待っていた。


「天ちゃんごめんね、待った……」

 天が下を向いたまま静かなのでおかしいなと思いつつ近づくと、本殿の陰に木暮村長が立っていた。

「やあ雨堤さん。お祭りは楽しめていますか?」

 いつもの笑顔を顔に貼り付けた木暮村長が紫色の袴を着ている。

「あ……はい。おかげさまで……」

 いるはずのない木暮村長を目の前にして、笑顔が引きつってしまう。天も何も言わない。

「それはよかった。実は私、村長もやりながらこの神社の神主でもあるんです。なかなか袴にはなれないもので、服に着させられている感じがしますでしょう?」

 がたいが良すぎるからか、袴姿が異様に見える。

「いえ、そんなことは無いと思いますが」

 最初に会った時と同じように、自然に距離を詰めてくる話し方をしてくるが、その間天は終始うつむいている。

「せっかくなので、このお祭りの案内をして差し上げたいのですが、あいにく各方面に顔を出さなくてはいけないもので、代わりに天さんに案内させてもらえればと思うのですが」

 そもそもそのつもりだったので、問題は無いが。

「はい、助かります」

 先ほど天に電話をかけたことをここで話していいものかわからなかったが、木暮村長には一度隠したほうがいいだろう。

「よかった。それでは天さん、葵さんをよろしく頼みますね」

 そう言い残し木暮村長は立ち去ろうとして、最後に一言付け加えた。

「そうそう、夜はこのお祭りのメインイベントが桟橋付近でありますので、ぜひ見ていってくださいね」

 今度こそ木暮村長は去っていった。少しだけ、目が鋭く光っていた気がする。不気味だ。

 姿が見えなくなり、ようやく天が話し始めてきた。

「すみません。電話を切った後にばったり出会ってしまって」

「全然大丈夫だよ。それよりごめんね、呼び出して」

「いえ、私も話さなきゃならないことがありますので」

「もしかして、町に出る道のこと?」

 天は申し訳なさそうに話し始める。

「そうです。あの後各方面あたってみたんですが、町に出る道路は木暮村長の息がかかっている工事現場の人たちで通行止めにされていて、通ることは不可能です。山の中を徒歩で行ける道も、雨の影響で土砂が酷くて、雨堤さんが歩くのは危険すぎる状況でした。すみません」

「天ちゃん謝らないで。私のために危険な山の中まで入って調べてくれてありがとう。まあ、これで村から出ることはできないってことがわかったわけだし……」次の言葉が出てこない。これで本当に村から逃げ出すことができないわけだ。

 だからと言って暗い顔をしていても仕方がない。天を不安にさせてしまう。

「でもさ、私は今のところ何にも被害にあってないし、天ちゃんが味方になってくれるってことがわかってるから、心強いよ」

「雨堤さん……そうですね。まだ決まったわけじゃないですから、諦めずに方法を考えましょう」

 いつもの調子に戻ってきた天を見て、少しほっとした。今は心をやられないように、無理して笑う。

「でもさ、もし本当に私に何か被害を受けるようなことがあって、それを天ちゃんが助けてくれることになったら、天ちゃんこの村にいられなくなるなんてことはないのかな?」

 という言葉があるように、小さなコミュニティでみんなとは違う意見を発して、仲間外れにされることは昔からあることだ。ましてやこの村はその気が強いと思う。

「そうなるかもしれません。でも、一応私はこの神社の巫女を務めているので、祟りだとかを信じる村人はそう簡単に手を出してくるとは考えていません。それでも、もし攻撃を受けるようなことがあれば、最大限歯向かって見せます」

「歯向かってって……天ちゃんは何か格闘技でも習っているの?」華奢な身体からは想像できない。

「いえ、一度も習ったことはないです」

「……どうしてそんな自信満々に言えるのかな」

「火事場の馬鹿力というやつで逃げ切ります。それに、町に出ればなんとか暮らしていけるでしょう」

「馬鹿力……あっはっはっは!」

「な?なにかおかしいことありましたか?」

「いや、ごめんごめん。天ちゃんみたいにかわいい子からそんな言葉が出てくると思ってなかったから」

 まだ笑いが止まらない私に、天は困り顔になっている。

「とにかく、私のことは考えなくていいですから」

 また真剣な顔に戻った天を見て、背を正す。

「次の作戦ですが、先ほど木暮村長が言っていた桟橋でのメインイベント……桟橋での儀式があります。村長がああ言った以上参加しないのは、不審がられてしまいますので、気乗りしないかもしれませんが、参加しましょう。ただ、その後次の儀式の候補者として雨堤さんが村の連中に襲われる可能性が高いので、早急にここに来てください」

 天は手書きの地図をくれた。

「このバツ印が書かれているところには、御神体が入っているので、村の人たちからは絶対に近づいてはいけない場所、とされています。きっと雨堤さんを探して村中が騒がしくなりますので、事態が落ち着くまではここに隠れていてください」

「わかった。じゃあその桟橋での儀式が終わったらまっすぐここに行くね」

「はい。あと、その儀式なんですが、雨堤さんにとってはかなりきついものになると思います。状況によっては目を閉じていた方がいいかもしれません」

「それってどんな儀式なの?」

「……この村の平和を維持するために、生贄を捧げるんです」

「生贄って……この時代に?本気で?」

 天は黙ってうなずいた。

「これは言うよりも実際に見てもらわないと信じていただけないと思います。もう間もなくすると神社の外に神輿と生贄用の籠が準備されます。私たちはそれについていくことになります」

「……わかった。なるべく平然を装っていくね」

 徐々に屋台の店主たちが、店のものを片付け始め、村人たちが境内の外へぞろぞろと歩き始めていく。

 歩みに覇気はなく、神社の外にある神輿と籠に吸い寄せられるように近づいて行っているようだ。

 天と一緒に彼らについていき、神輿の周りには30人程度集まり、籠の方にはさらに人が集まっている。

 神輿の先頭には木暮村長がおり、葵たちと目があうとにこりと笑っていた。

 しばらくすると、これらの集合体が動き出し、桟橋へ向かっていく。


 神社からはかなりの時間歩いた。実際にはそれほど遠い場所ではないのだが、高齢者の歩幅に合わせたり、雨で地面がぬかるんでいる中を歩いたため長く感じた。

 歩いている最中は、お祭りの会場での明るくにぎやかな雰囲気とは打って変わって、皆真剣な面持ちで隊列を崩さないように注意していた。

 途中、この雰囲気に耐えきれず、天に小さな声で話しかけたが、天は小さく顔を横に振り会話ができない意思表示をしてきた。

 村の中から山道へ入ったが、そこそこ山へ人が出入りしているのか、草が踏み固められ、よく目を凝らすと奥まで一本の道があった。ただ、周りに目印になるものが何もないので、慣れていないと道を外れて森の中をさまようことになりそうだ。

 到着した桟橋は全長百メートルを超えている巨大な橋だった。ただ、整備が行き届いていないのか、風が吹くたびにギイギイと不快な音をたて、橋を渡ろうとする者を拒んでいるようだった。

 木暮村長を筆頭に桟橋の中心めがけて皆歩き進んでいく。

 天と共に桟橋の途中まで歩き、ふと下を見ると谷底に吸い込まれそうなほど高い。谷の両岸から伸びている木々によって、地面は確認できないし、途中から崖のように急斜面になっており、降りれる場所はなさそうだ。

 うっかり下を見てしまい、足元がふらつき天に支えてもらう。

「……ごめん、ふらついちゃった」

「……あまり下を見ない方がいいです」

 桟橋の中心付近までくると、縄でできた手摺が一部分無くなっているところがある。幅は二メートルほどだろうか。そこに、バンジージャンプ台のような台座が設置されてあった。

「あれなに……?」

「見ていればわかりますが、見ない方が良いかもしれません」

 天が私の質問に回答してくれたが、歯を食いしばっているように見えた。


「今年もこの時期がやってきました。どうか、お怒りをお納めください」

 木暮村長はそう述べると、お経のような言葉を発し始め、周りにいた籠を持った人たちが近づき、ゆっくりと台座の所に籠を設置する。

「何しようとしてるの?」

 天は答えてくれない。

「今年の贄は若いおなごじゃから、きっと喜ぶやろなあ」

 背後にいた杖を突いた高齢の女性が呟いている。

 おなご……いや、本当に人が入っているわけがないだろう。

 周りにいる村人たちは何故か肩を震わせている。泣いているのか。

 いや、笑っている。口元を限界まで引き伸ばしてみんな笑っている。なんだこれは……

「……本当に人が入っているわけじゃないよね?」

 その問いにも天は答えなかったが、かすかにうなずいた気がした。

 もう一度天に聞こうとしたその時、籠が揺れていた。

「ね……ねぇ、籠揺れてない?風じゃないよね」

「……あれが生贄なんです。もう私たちに止めるすべはありません」天は目を閉じて見ないようにしているのか。

 籠の様子を見ていた村人たちが、ざわざわとしゃべりだした。

「あーあ。起きちまっただが」

「だからもっとやっといた方が良いって言ったべさ」

「んなこと言っても、落としちまえば全部一緒なんだから、手間かけたくないべや」

 落とすや、手間という言葉が耳に入る。村人の会話これから本当に起きようとしているのなら、止めなくては。

 ここにいるみんなが見殺しをすることなる。

「止めないと、こんなのだめだよ!」

 籠が谷底に落ちてしまえばお終いだ。底が見えないほど深いところに落ちて、平気なはずがない。

 止めに動こうとする私の手を天は力強く握り止める。

「ダメです!耐えるしかないんです。もう手遅れです」

 天の眼にはうっすらと涙が浮かんでおり、それを見て踏みとどまざるをえなかった。

 こんなことが許されるのか。

「では、我らが神よこちらをお納めください」

 木暮村長が台座の上に乗せられた籠を押すと、ぐらりと谷底に向かって揺れた。揺れによって籠は桟橋の土台からゆっくりと離れ、ついに限界の角度を超えた。次の瞬間、籠は重力に従い、桟橋の下の奈落へ吸い込まれていった。

 その光景を瞬きせずに、籠が暗闇と木々によって見えなくなる最後の一瞬まで見届けた。

 風の音に消されて、籠が地面に衝突した音は聞こえない。底は地面なのか、水面なのか、木々で覆われているのか。

 籠が落ちていく中、わずかに人が叫ぶ声が聞こえた気がした。それは村人のものではなく、籠の中から確かに聞こえた。

 私は初めて、断末魔を聞いた。

 村人全員が黙祷を捧げているが歯をむき出しにして笑っている。木暮村長の口元もゆがむように笑っていた。

 背筋に冷たい氷水が流れていく感覚を味わい、木暮村長は、いやこの村に住んでいる全員が、この儀式を楽しんでいるのだと確信した。

 天は終始顔を下に向け肩を震わせている。昔自分が犯した罪を思い出さないようにしているようだった。


「みなさんのおかげで無事に儀式は終わりました。この村の平和が続くことが約束されたことでしょう」

 木暮村長の一声で村人たちは歓喜し、肩を組み笑い合ったり、拝むように手をこすり合わせている。

「どうしてそんなことができるの……」

 呆然としたままその場を動くことができずにいた。私と同じ人間なのか。

「雨堤さん。ショックを受けているのはわかりますが、早く先ほどの場所へ。今なら誰も見ていません」

 天が私の肩を揺さぶり説得しているのがわかるが、意識がどこか遠くにいっているのか、現実味を感じられない。

 虚ろな目をしながら私は呟いた。

「……天ちゃん、私見ちゃったの」

「な……何を見たんですか?」

「籠の窓から、私の職場の上司……佐上係長がこっちを向いて泣いていたの」

 遠巻きではわからなかったが、籠には小さな窓が付いており、中が見えた。見えてしまって、目があった。

「……きっと見間違いです。あんな小さな窓からじゃ誰かなんてわかりません」

「佐上係長は、両目に泣きぼくろがあるの。珍しいよね」

 左右対称にほくろがある人はそうそういない。それに、よく考えれば先ほどの悲鳴は佐上係長の声によく似ていた。

 佐上係長は何と言っていたのか。私は助けてあげられなかった。

「……どちらにせよ今は確かめるすべがありません。雨堤さん。この機会を逃せば、今度は雨堤さんが狙われる可能性が高くなります。全てを解明するためにも、雨堤さんは生きていなけらばなりません」

 村人たちの盛り上がりはまだ続いており、その場で酒を飲みだす者たちも出てきているが、いつこちらに注目してくるかわからない。

「おや?なんだあ天ちゃんとよそモンが一緒におるなあ。どや、一緒に飲もうやあ」

 だいぶ酒に飲まれている駐在がこちらに近づいてきた。どうやら今日はお祭りだからか非番らしい。

「いえ、私は未成年ですから……」

「そういやあそうやったなあ。すまん!いち警察官ともあろうもんが未成年に酒をすすめるとはあ、はあ~なんたる愚行!あれは私が最初に着任したころ……」

 駐在は上機嫌で昔話をし始め、天に絡み始めた。

 矛先が私に向いてしまっては機会を失ってしまうと考えたのか、天はアイコンタクトで「早くいってください」と伝えてきた。

「天ちゃん……」

 静かに後ずさりし、村へ続く森の中へ走っていった。

 私は今何をしていて、何から逃げているのか。

 村人たちの騒ぎ声が段々遠く離れていく。

「しかし、犯人をこの手で捕まえた時はしびれたなあ。なんてったってあの極悪人……って天ちゃん聞いてるかいの?」

「え?ああ、はい!しっかりと聞いていました。流石は駐在さんですね!」

「そうじゃろそうじゃろ!ん?さっきまでそこにいたよそモンはどこさ行ったかいね?あやつは酒飲める歳じゃったろうが、どれ、ちと探しに……」

「あ!駐在さん、私お酒は飲めませんが、お酌くらいならできますよ?」

 「およ?天ちゃんがお酌してくれるのかい?それなら法に触れることもないし、よかろう!」

「そうですよー、じゃああっちにお酒取りに行きましょうー」

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