不穏

 祭りの会場で朝食をとり、一度宿へ戻ると受付の電話が鳴っていた。何度コールされても誰かが出る気配がない。

 やはり女将が言っていたとおり、宿に従業員の姿は無く、みんなお祭りに行っているようだ。

 そっと覗き込み固定電話のディスプレイを見ると、私の勤務先の電話番号が表示されていた。勝手に受付の中に入るのはまずいと思いながら、十中八九私宛の電話だろうと思い受話器を上げた。

「はい。もしもし」

「あ、もしもし。私そちらに滞在しております雨堤の上司の山内と申しますが……」

 相手は山内先輩だった。

「あ、山内先輩お疲れ様です。雨堤です」

「え?なんで急に電話に出れてるの?」

「ずっと鳴ってたもので。今この宿の従業員誰もいないんですよ」

「あ、そうなの。どんな宿だよ。まぁいいか、今話せる?」

「はい、大丈夫です」

 神社の調査が終わったことは、ここでは伏せておくことにした。グチグチ言われるのが目に見えている。

 山内先輩は少し小声になりながら話し始めた。

「実はさ、来てるんだよ」

「え?誰がですか?」

「雨堤の元上司の霧崎店長が」

 私の元上司、ハラスメントで問題人物の霧崎店長だ。私がこの村の架空口座の調査に来るきっかけを作った張本人だ。

「……なんでまた、このタイミングで」そもそもうちの職場に店舗の人間が来るなんてことはめったにない。あったとしても新人研修の時くらいなもので、店長クラスが来ることなんてまずない。

「なんでも近くで会議があったからって、本当のところはわからないけどさ。それでいま、剛田所長と二人で会議室入ってるんだよ」

「それはまた可哀そうに」あの霧崎店長と二人きりなんて地獄以外の何物でもない。

「だろ?事務室の中もなんだかピリついちゃってさ、いきなり何言われるかわからないからなあ。雨堤みたいに突然配置転換にあうかもしれないしなあ」

「皮肉で言ってるんですかね?」私は正しいことをしただけなのに、そんな風に言われるいわれはない。

「すまんすまん。でも、事実じゃないか」

「それで?そんなお忙しい中、わざわざ私に電話をかけてきたのはどういう要件ですか?」まさか霧崎店長が来たから連絡をよこしただけではないだろう。

「まぁそうピリピリしないでくれよ。聞きたかったのはさ、剛田所長と霧崎店長って、仲そんなに良くないよな?」

「え?まあ、そうだと思います」

 この村への調査を依頼された時も、剛田所長は霧崎店長に強く言われてしまって断ることができずに困っている、という話だったはずだ。仲が良い関係には聞こえなかった。

「だよな?でもさ、さっきたまたま会議室の方から聞こえてきたんだけど、二人ともやけに楽しそうでさ」

盗み聞きはよくないですよと指摘したかったが、今はおいておこう。

「一応二人とも大人ですし、仕事の関係上、そこまでないがしろにしたり、つっけんどんにはしないんじゃないですか?」

 いくらパワハラ上司だとしても、起きてから寝るまでずっとハラスメントをしているわけではないだろう。お互いの利益になることであれば、ちゃんと話が成立してもおかしくない。

「でもよ、普通逆じゃないか?みんなの前では優しくしといて、個室では激詰めするのが定石じゃないか。そうじゃないと周りからいつ訴えられるかわからないし、霧崎店長にとってもメリットがないよな」

「それはそうかもしれませんが……」

 山内先輩の言うこともわかるが、周囲に優しい霧崎店長はなんだか気味が悪くて仕方がない。

「まるで二人とも仲良しで、それが周りに伝わらないように、みんなの前では、わざと仲が悪いそぶりをしているように俺には見えるな」

山内先輩の所見を聞かされたところで、私に何か判断できる材料は無い。

「それで?二人が仲良く会議室にいることを伝えたかったってことですか?」

「いや、他にもう一つあってな、これが一番大事なんだ。二人とも仕事の話かと思いきや、但馬汐村のことについて話してたんだよ。特に『祭り』がどうとかな。全然仕事の内容そっちのけでしゃべってるから、偉くなるっていいもんだよなって話」

山内先輩の愚痴のようにも聞こえるが、よく考えるとおかしい。

「祭り?どうして祭りの話が?」

 但馬汐村の話が出るのは、現在進行形の仕事の話だからわかるにしても、祭りの話が出るのは違和感を感じる。

架空口座の調査には何ら関係ない。

「さぁ、順調に準備ができているから滞りなく行うって言ってたぜ。うちの銀行は何か村の運営にかかわってるのかもな。融資部が但馬汐村の建設会社に融資してるって噂もあるし」

建設会社なんてあるのか。昨日は見なかったし、なんなら重機の一台もなかった気がするが。

「初耳ですね。うちの銀行が村と関係あるなんて」

「あ、株買ったら儲かるとか考えるなよ?インサイダーになっちまうからな」

「買いませんよ。実際来たらわかりますけど、今にも滅亡しそうな村なんですから」

投資した瞬間紙切れになってもおかしくない会社に何の魅力も感じない。

「やっぱりそうなのか。うーん、せっかくだからやっぱ寄ってみようかな。明日出張で但馬汐村の近くまで行くんだよ。よかったら飯でも食おうぜ」

「山内先輩お忘れですか?今は村と町を繋ぐ道路が通行止めなんですよ。通れたらもうとっくに帰ってます」

「あーそういえばそうだったな。でもよ、二日間あれば工事も終わってるんじゃないか?そんなに距離離れてないからダメもとで行ってみるよ。その村ちょっと気になるしな」

わざわざ来てもらって無駄足になるかもしれないというのに、よくわからない人だ。

「わかりました。でも無理はしないでくださいね。本当に田舎ですから。あと、携帯繋がらないんでついたら宿に来てください」

 わかったわかったと言って山内先輩は電話を切った。

 

もし山内先輩が聞いたことが本当だとしたら、霧崎店長も剛田所長も但馬汐村のことを認識したうえで、架空口座の調査を依頼したことになる。

 特に剛田所長に関しては、但馬汐村のことを知らないと言っていた。

 なぜわざわざ隠す必要があったのか。村のことを知っていると不都合なことがあるからこその発言だったのか。

「……剛田所長は何か隠している?」

 天に会い、もっとこの村のことを教えてもらえれば何かわかるかな。

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