外からどしんどしんと体に響く太鼓を叩く音が聞こえ、拍子木がカンカンと鳴っている。だんだんと音が大きくなり、こちらに近づいてきている。

 そのリズムに合わせて複数人が何かを言いながら歩いている。

「……朝からなに?」

 前日までの疲れから、ぐっすりと眠ってしまっていたが、賑やかな音に耐えかねて起こされてしまった。

 まだ眠りから完全に覚めない頭をなんとか動かし、窓の外を見ると、目の前の砂利道で神輿を担いで行進している。村の中を歩いているときはほとんど会わなかった、もしくは居留守を使っていた村人たちが大勢で神輿を持ち上げながら、拍子木に合わせて「わっしょい」と掛け声を出している。こんなに村人がいることに驚きだ。

 神輿はテレビやネットでしか見たことがないが、いざ目の前にすると迫力がある。神輿の中には大人なら4人ほど寝転んだり立ち上がれそうな箱がついている。木に掘られた龍や金色の鳥が神輿の荘厳さを引き立てており、目立った傷やくすみがないことから、まるで先ほど完成したかのような新しさを感じた。

「でも、お祭りってこんな朝早くからやるの?田舎だからなのか……」

 地元でもお祭りはあったが、大体初日は夕方から出店が出て、夜には花火大会があり、翌日も少し出店とイベントがあって、昼頃までには撤収されていく。そんなイメージだったので、目の前の光景に少し驚きだ。


 しばらく神輿行列を観察していると、自分の部屋のドアがノックされた。

「雨堤様、起きておられますか?」女将のようだ。

 もしかして、お祭りが始まっているから早く身支度しろということなのか。強制参加は免れないか。

「はい。今開けます」

 しぶしぶドアを開けると、いつもの和服ではなくパーカーにジーンズの女将がいた。

「朝の早くからすみませんねえ。もしかしたらもう起きているかと思いまして。昨日のうちにお伝えしておけばよかったんですが、お祭りの日は私たちの仕事はお休みしないといけない決まりになっていまして……」

「え?ああ、そうでしたか」どこまでもお祭りに参加は強制的なようだ。

「はいー、なので大変申し訳ないのですが、お食事の方はお祭りの会場で食べていただければなと。もちろんお部屋は自由に使っていただいて構いませんので」

「わかりました。食事だけ何とかすればいいと言いうことですね」

「そうなんです。よろしくお願いいたします」

 それだけ言うと女将は足早に立ち去り、先ほどの神輿の列に加わっていった。

「どんだけお祭り好きなんだ、みんな」

 昨日駐在と別れた後、この村を一周してみたが、娯楽と呼べるものは一切なかった。コンビニは当然なく、スーパーと呼ばれているところも、建物の内の三分の一程度しか物が入っておらず、生きていくうえで最低限の野菜や肉、米、調味料程度しかなく、店員もいないため自分で代金を計算してお金を入れるようになっていた。

 この村から隣町まで行くには車で数十キロかかり、バスや電車といった公共交通機関はないため、高齢者にはかなり負担になっているだろう。

 ましてや今は通行止めとなっているので、どうすることもできない孤立状態なのだが。自衛隊が来たりしないものなのか。

 こういった環境で生活していると、ただのお祭りも大イベントとなり、楽しむことがきっとできるのだろう。

「ごはん食べに行きつつ、少し見てこようか」

 仕事時間中にお祭りに行ってたなんて山内先輩にバレれば、嫌味の一言や二言言われるに違いない。ましてや神社の名称の調査については昨日の時点で決着がついているのにだ。

 公称上は鶴音神社から変わらず、神隠し事件が起きたことで俗称として魂喰神社となっているといことが、村の駐在員からの証言としてとれ、まだ確証を得られていないが天からもその話が聞けるはずであり、後は村長に事実確認が取れれば、証人としては十分、口座情報に問題なしとなる。

 よって私の仕事は完了したも同然で、あとはまとめて所長に報告するだけだ。

 霧崎店長も私に対する私怨だけで、この調査依頼を所長に出すという傍若無人な行いは改めてほしい。

 もしかしたら単純に、この口座に対する処理の中で、機械上で調査の必要があると判断されたのかもしれないが。

 いずれにしても、調査結果報告でこの村とも縁が切れ、今後訪れることもきっとないのだから、あと少しの話だ。

 会社用の鞄を部屋に置き、貴重品だけをもって祭りの会場へ向かった。


 ※


 祭りの会場は魂喰神社の境内で開催していると女将から聞いていた。

 神社の境内には屋台がズラリと並んでおり、村には似合わないパステルカラーで『フランクフルト』や『わたあめ』といった文字が書かれた看板が所狭しと並んでおり、皆楽しそうにそれらをほおばり、お祭りを楽しんでいるようだ。

「ずいぶんにぎわっているのね」

 感心しつつも、自らの空腹を満たすために、まずは朝食をとることにする。

「……って言っても朝食に会う屋台なんてあるのかな」

 どこの屋台も味付けが濃いものが多く、鉄板で焼かれているものは昼や夜ならよいが、朝からは少し重たかった。

 お客は皆高齢の人ばかりなのに、良く食べられるなと思う。

 少し歩きながら、屋台を吟味していると『おにぎり』と書かれた屋台があった。

「おにぎりならちょうどいいかも」

 他の屋台と比べると少し地味な店構えだが、高齢の女性が作るおにぎりはどれも綺麗な三角形になっており、食欲を刺激された。

「いらっしゃい、あんたこの前村に来た人じゃろ?朝飯はもう食べたかえ?」

 顔に程よく皺が入った高齢の女性が話しかけてきた。八十歳は超えているんじゃないかという風体にもかかわらず、はきはきと話せている。

「いえ、まだなんです。何かいただこうかなと思って」

「そうかいそうかい、好きな具材のを選びなされ」

 屋台の前には『ツナ、シャケ、ウメ』とカタカナで書かれた札がおにぎりの前にかけられている。

「あぁ、でもこの村にせっかく来たんだったら、これがいいかもしらんのう。うちの村でしか食べられんけえ」

 店主はそう言うと『青江おにぎり』と書かれたものを指さした。

「これは昔この村を危機から救ってくれた青江様が好んで食べたと言われるものを再現したんじゃ」

 青江様は宿の廊下にあった絵のことだ。背の高い女のバケモノだったはず。

 悪事を働く者たちをバッタバッタと殺していく、それが好んで食べていたものとは何なのだろうか。

 なぜそのおにぎりだけサイズが大きく、赤い着色がされているのか。

「中身が気になるかえ?ほれ、あそこのジジが食べているのがそうだよ」

 店主が指さす方を見ると、高齢の男性が真っ赤なおにぎりを食べていた。その色のせいか口の周りはペンキでも塗ったかのように真っ赤で、口元からは何か動物の足のようなものがはみ出ている。

「……ツナとシャケでおねがいします」

「あっはっはっは!そのようすじゃと青江様の話を聞いた口だねえ。まぁ、敵に回したとなると、それはもう恐ろしいけれど、味方になってくれるならこれ以上ないほど心強いってもんさ」

 あっけらかんと店主は笑い飛ばし、ツナとシャケのおにぎりを渡してきた。礼を言って足早にその場を離れた。

「あれは、なんだったんだろう……」

 ベンチに座り、心を落ち着かせおにぎりをほおばると、少し気持ちが和らいだ。

「それにしても、本当に高齢の人ばっかりだ」

 屋台をやっている人も、買いに来る人も、神輿を担ぐ人も全員六十歳は超えているのではないかという容貌をしている。

 天の話では昔は小学校があったというから、子供も少しは住んでいたのだろう。

 産業の衰退か、単純に周りの町の方が栄えて人が流れて行ってしまったのか、それとも他の原因があるのか。

 することがないとついつい余計なことを考えてしまう。それも悪い方向に。

 暇というのは時に自分の殻に閉じこもり、見てもいないし聞いてもいないものが、見えたり聞こえたりし、その矛先が自分へ向くことがある。

 一度自分に向けられた矛先を、自分で方向転換させるのは至難の業で、大体はそのまま気分が沈み、何かのきっかけ、誰かほかの人と話すことや、違うことに夢中になるなどがないと、状況の改善は難しい。

 だからこそ、暇を作らず、自分が打ち込めるものを一つや二つもっておくべきなのはわかっているものの、日々仕事で忙殺されてしっまっては、探すだけの余裕が無い。

「……一回宿に戻ろうか」

 こんなにも人と話せないことが辛いのかと思う。いや、この異常な村に毒されてきているだけなのかもしれない。

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