通行止め

 夜中、だと思う。疲れて寝落ちしてしまったようだ。外の雨が強くなり滝の近くにいるような音が聞こえている。

 風もかなり強く吹いており、ボロい窓ガラスがガタガタと音を立てている。天気予報では台風が来ていることは言っていなかったので、少し強めの通り雨だろう。疲労が限界だ、寝よう。


 ※


 薄いカーテンの隙間から朝日が目に突き刺さる。雨は止んだようだ。頭がまだ寝ぼけているが、夜中の大雨のことが気になりテレビをつける。

 テレビの天気予報士の話によれば、この辺りにが発生し、道路が冠水したり、通行止めになったりしている場所も出ているようだった。

「……勘弁してよね、無事に帰りたいんだから」まだ仕事をしていないにもかかわらず、すでに身体中が疲労でいっぱいだ。

 一先ず朝食を食べに行こう。簡単に身支度を整え、一階に降りると女将が大柄な男性と話している。

「あ、雨堤様おはようございます。昨日はよく眠れました?」

「はい、ちょっと雨音がうるさかったですが」

 本当はそれに加えて奇妙な電話がかかってきたり、青江様の絵のことが気になってあまり眠れていなかった。でも、話しても仕方がないでしょう。

 すると女将の隣にいた男性が話し始めた。

「おはようございます。あれ、井上さん、もしかしてこの方が?」

「そうですそうです!あ!雨堤様大変申し上げにくいんですが、今日のお帰りは難しそうなんですよ!」

「え?」

 女将が申し訳なさそうに話してくる。嫌な予感しかしない。

 慌てて話し始める女将を静止して、隣にいた40代くらいの男性が説明してくる。

「申し遅れました。私はこの村で村長をしています木暮興伸こぐれ こうしんと申します。実は隣町とを繋ぐ唯一の道が昨日の夜の雨で土砂崩れを起こしていまして、通行止めになっているんです。反対の町に繋がる林道もあるんですが、冠水してしまっていて普通の車は通れない状態なんです」

 いやいや。確かに昨日の夜は大量の雨が降っていたが、まさかこうなるとは思いもしなかった。

「それでね、今木暮村長と相談していて、雨堤様には道路が直るまでここにいてもらった方が良いのかなと思っていたんです。行けるところもないだろうからね」

「林道の方はともかくとして、隣町につながる道路はもう工事を進めています。ただ、いつ通れるようになるか……」

 おいおい、勘弁してくれ。と言ってもだめなんだろうな。

「それは助かるんですが、いいんですか?ほかに予約されている人とか」

 出来ればこの宿には泊まりたくないという意思を暗に表明してみる。

「あぁ、大丈夫ですよ。昨日から誰も予約されてませんから、気にしないでください」

 やっぱり一人だったのか。そして、ここ以外に泊まる選択肢はないのか。

「雨堤さん、ここは女将のご厚意に甘えておいた方が良いかもしれませんよ。女性1人の車中泊はいくら田舎とはいえ危険ですからね」

「そうですよね。それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」

 木暮村長は終始優しい口調で話しかけてきてくれ、人の好さを感じられる。ただ、身長は2メートル近くあるのではないかという巨体で、身体つきもアメフト選手のように筋肉粒々の力強さが伝わってくる。大きい熊のようだ。

 また、半そでの腕からは無数の切り傷や、何か丸いものを押し付けられたような跡がある。堅気の人だよね?

「腕の傷痛くないですか?通行止めの工事中に怪我されたんですか?」

「あぁこれですか。外向きは村長をやってるので事務仕事も多いんですが、何分この村の平均年齢が高いもので、要は働き手が少ないんです。だから私みたいなのも山に入って木を切ったり、作物が動物にやられないように罠をしかけたりするんです。これはその時にできた傷ですよ」

「へぇ、村長さんだからってデスクワークだけやっていればいいってわけじゃないんですね」

 イメージとしては好きな時間に書類に判子を押して、ちょっと会議に出て帰る仕事内容だと思っていた。感心している私を横目に、女将は村長をたてるように説明した。

「木暮村長はね、この村が寂れて廃村になるかもしれないという時に来てくれた、村の英雄なのよ。出身地でもなければ生まれ育った場所でもないのに、身を粉にして移動販売の存続や道路の整備なんかやっていただいて、みんな感謝してるのよ」

「いやはや、そんなに褒められると照れてしまいますな」

 英雄という言葉はなんだか言いすぎな気もするが、木暮村長は人望が厚く、村の中心人物ということがわかった。

「あ、そうだ。もちろん通行止め解除になるのが一番ですが、実は明日この村でお祭りがあるんですよ」

「お祭りですか?」

「ええ、毎年夏になると慰労も込めて村中の人たちで盛り上げるんです。出店も出てにぎやかになります。雨堤さんも参加となればきっと村の人たちも喜んでくれますよ」

「それに、うちの村の郷土料理も食べられるわよ。しかもタダよタダ!」

「郷土料理ですか」タダほど高いものはないとはいうが、食事が無料なのはありがたい。というか、この村に郷土料理があるなら宿でも出せばいいのに。

 でも、狭いコミュニティかつ知らない人だらけの祭りはなかなかしんどい気がする。そこまでコミュニケーション能力高くないし、少々苦手だ。

「うーん。もし通行止めが解除にならなければ、のぞく程度でも……」

「それはよかった!きっとこの村のことがもっと好きになるでしょう!」

 木暮村長は満面の笑みで喜んでいる。女将も満足そうに、うんうんと頷いている。これは行かないとまずいやつかもしれない。

「あ、まずは会社に連絡しないと……」山内先輩に今日というかしばらく帰れないかもしれないと言ったら、何て言われるか憂鬱だ。

「電話また受付の使って頂戴ね。お部屋の電話、今日はなんだか雨の影響で調子悪いみたいだから」

「そうなんですか?わかりました」自然災害にとことん弱いようだ。

「こういう場所ですから、仕方ないですよ」

 よく考えれば明け方のテレビの映像も乱れていたような気もする。

「そういえばあの子もお祭りに来るんでしょうかね?巫女さん。ちょっと名前わからないんですが」

 失礼ではあるがお祭りに自分と年代の近い人がいないとなると、居心地が悪いなと考え、女将の前ではあるもののつい聞いてしまった。

 やはり女将の顔はまたしても能面のように無表情になった。代わりに木暮村長が端的に回答する。

「ほう、お会いになりましたか。もしお祭りに来たら、雨堤さんと年が近いから、もしかしたら仲良くなれるかもしれませんね」

 女将の顔を見て、しまったと思いながらも木暮村長の返答に愛想笑いで受け応える。

「それでは、私はまた作業に戻りますね。雨堤さん、何もない村ですが、ごゆっくりしていってください。井上さんもよろしくお願いします」

「あ、ありがとうございます」早く通行止めの工事頼みます。

「はい、木暮村長お気をつけて」

 女将はまたスイッチが入ったかのように、先ほどと同じように会話を始める。

「では雨堤様、お電話をお貸ししましょうね」

「はい、すみません」

 表情や言葉遣いこそいつもの調子だが、眼の奥は漆黒の闇で覆われている。いったい女将と巫女の間に何があるというのか。

 関わらずに上手くすり抜けたい。

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