女将を追いかけ電話を借りるために一階へぎしぎしと音を立てながら階段を降りる。

 職場に連絡したいが携帯電話がつながらないので、固定電話を貸してほしいことを伝えた。

「あらあ。この辺りは携帯電話の基地局っていうのかしらね、ああいうのが無いから、村中圏外なのよ。まぁこの辺高齢者ばっかりだから、携帯電話をそもそも持っている人もいないし、あまり問題にならないんだけどね」

「そうですか。不便でないならいいんですかね」

 女将は受付にある固定電話の子機を貸してくれると、電話代とかはいらないからねとほほえみ奥へ消えていった。機嫌は良くなっているのかな。

 さっそく固定電話で職場に電話をかけると、五コール後に疲労困憊ひろうこんぱいと思われる山内先輩が出た。丁寧に社名を名乗りそうだったので、遮って先に名乗り出た。

「雨堤かあ。おーつかれさまでーす。無事到着した?結構かかったね」

「すみません連絡遅くなってしまって。あ、この村圏外みたいで携帯使えなくって」

「え?今時そんなことある?」

「ですよね。私もびっくりしているところです。……それになんだか村の中も宿も不気味な感じがして、さっさと帰りたい気持ちでいっぱいです」

「やっぱり変なところだったか。それはかわいそうに。まぁでも明日神社の調査が終われば帰れるから、もう少しの辛抱だな」

 山内先輩の声は、普段であれば全く頼もしそうに聞こえないが、今のこの状況では涙が出るほど心強い。私はずいぶん弱ってるなあ。

「ありがとうございます。さっさと調査を終えて、職場に戻りたいと思います」

「うん。そうしてくれると助かる。あー、どうしようかな」

「なにかありましたか?」

 山内先輩は何かを言いたそうにしているが、言うまいか悩んでいる様子だ。

「うん。あれからもう少しその村について調べてみたんだよ。神社のことも含めて。そうしたらさ、結構ヤバい話もあってさ、でも怖がらせたら嫌だからな」

「いや、そこまで言われたら逆に気になっちゃうんで、言ってください」

「そうか?いや、大したことなければそれに越したことはないんだが、これ個人の町おこし協力隊ブログの話だから信ぴょう性微妙なんだけど。その村は少し前までは移住者を募ってたらしいんだ。過疎化の一途をたどっていたからな。最初のうちは何人か移り住んでは定住したりしなかったりを繰り返して、なんとかやってたみたい。でもある日、若い男性が移り住んできてからは、いじめや暴力が横行し始めて、村の実質的な支配を力で成し遂げたやつがいるそうなんだ。で、それに激怒した村人たちは神隠しにかこつけて全員でそいつを亡き者にしたという噂が流れてるんだ。まぁ、オカルトの類かもしれないけれどな」

 山内先輩はここまで淡々と話し、嘘みたいな話だから気にしないでくれと言い、電話を切った。

「……少し違うけど、絵の話とどこか似ているような気もするんだよな」やっぱり聞かなきゃよかった。

 山内先輩の話が作り話なのか創作の類なのか、これ以上村について調べるためのネット環境や書物がない。仮に知れたとしても、自分に直接害が及ぶものではないし、明日になればここともおさらばと考えれば、なんということはない。

「さ、気を取り直してご飯を食べよう」


 食堂での夕食はある程度予想していた通り、安宿にありきたりなもので、例えるのなら幕の内弁当をこぎれいな皿に盛りつけた感じであった。「昼にサンドウィッチ食べといてよかった。」

 ただ、先ほどの山内先輩の話が頭から離れずにいたため、味はほとんど感じられなかった。

 怖い話ほど早く忘れたいのだが、そうすると余計に意識してしまって忘れられないものだ。

「……部屋に戻る時にまたあの絵の前通るんだよなあ」



食事を終えて、絵の前を目を閉じて通り過ぎ、自分の部屋へなんとか戻った。すでに自分の部屋には布団が敷いてあった。

「シャワーだけ入ってさっさと寝よう……」

 明日は朝食を食べたらすぐに神社の調査をして、帰ろう。一秒でも早くこの村から出ていきたい。

「でも、あの巫女さんこの村に鶴音神社は存在しないような話し方だったよな。でも、住所的にはあの場所だから、魂喰神社が正当な名前ってことになるんだよな」

 架空口座かどうかの調査の方法としては、ざっくり言うとまずは職員が口座に登録の住所地に赴いて実在しているのか、口座の名称通りなのかを確認する。そのあと架空口座の対象の名称が正しいのかを周囲に住んでいる人たちに確認し、これを証拠とする流れだ。

 自分の眼で確かめるのは当然として、周囲に住む人たちから証言が取れないことも珍しくない。なので、証言がとれなかったことを『周囲に証言者無し』として省略することも可能ではあるが、後で金融庁等から調査が入った時に説明するのが大変面倒なので、なるべくしっかりやるのがベターである。

金融庁の人間は基本的に疑ってかかってくるので、不正に調査をしていないか根掘り葉掘り証拠の提示と共に求めてくる。以前の職場で違う内容ではあったが取り調べを受け大変な目にあった。自分の身を守るためにもしっかりとやらねばならない。

「あの巫女さんが口座管理してるのかな。だとしたらまた会いに行かなきゃな」第一印象はよくなかったが、仕事なので割り切って対応しなくては。もしそうなた、名称の変更の手続きも近隣の町でやってもらうように説明もしなくてはならない。

 寝る前にもう一度神社の口座情報に目を通し、明日の動きをイメージしておくか。

明日のことを考えると憂鬱になり、枕に顔を埋めた瞬間、突如けたたましい音が部屋に鳴り響いた。

「な!なに?」音の発生源はテレビの裏のようだ。壊れたのか。

「警報機?なんの音?」半ばパニックになりながらも、ゆっくりとテレビの裏を覗き込む。

 そこには点滅している固定電話があった。部屋にも固定電話があるのかと思いつつも、ガチャリと受話器を取った。

「はい、もしもし」通話は開始されているはずなのに、相手からの音がよく聞こえない。「あれ?もしもし?」

 もう一度訪ねると今度は女性の声がした。

「……いつ帰るの?」

「え?」怖すぎる切りたい。手が震える。

「あなたはいつこの村から出ていくのと聞いているの」

 唐突に想像していない質問をされ戸惑ってしまう。なんだこの人。なんで私に電話してきてるんだ。

「あ、いや。明日のお昼過ぎには……どちらさまですか?」

「早く出た方が良い、標的にされる前に」それだけ言うと電話はガチャリと切れた。

「……」どういう意味なのだろうか、標的とは。

 それ以前に一体誰だったのだろうか。

 宿の部屋の固定電話の番号なんて一般に公開されていないはず。でも、知っていることから、宿の関係者かこの村の人物なのかもしれないが、女将の声ではなかった、わからない。

 ただ、電話口の相手は自分のことを案じてくれていたような話しぶりであった。標的とは?何かしましたか、私。

 もし仮に標的にするというのなら、そんな相手に電話はしないし、言葉遣いももっと脅してくるような気がする。

 電話をかけてきてくれた人が味方だとして、何か私に対して実行しようとしている人の近くにいる人間が、わざわざ自分に電話をしてきた。さらに、自分がこの宿に泊まっていることも知っていたことになる。駄目だ、なんだか混乱してきた。

 ぽたぽたと音がし、外は雨が降り始めてきた。

「なんなの、気味が悪いわ……」やはりこの村に長居はしていられない。

 布団に体を滑り込ませ、部屋中の電気をつけたまま床に就いた。泣きそうだ。

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