カーナビに入れたルート通りに車を走らせ、会社を出発してから2時間ほど経った。ほぼ時間通りに高速道路を降り、青雪町付近の下道に出ていく。この町はお金がないのか道がガタガタだ。

「ここまでは来たことあるけど、こっちは初めてだな」

 出張でこのあたりの主要な道路は通ったことがあり、道路周辺には小さいがスーパーやコンビニ、土木作業員御用達のホームセンターが立ち並んでいる。普通に生活するには最低限揃っているという感じだ。

 ちなみに一本路地を入ると住宅街になっており、通るたびに新しい家が建っているのではないかと思うほど、いつもどこかで建築作業をしている。

 そういえば、これ以上先にスーパーやコンビニがないのではないか。宿の売店も期待できないし、いくらか飲み物やお菓子を買っていこう。

 大型トラックや観光バスが数台止められるほどの駐車場を構えているコンビニに車を止めて、店内へ入ると、作業着を着た男性がお昼ご飯を求めて少し混雑している。

「ここ以外駐車場止められないんだろうなあ」

 大型の車を運転する人たちにとって飯処を選ぶ際の基準は味や量ではなく、駐車場だとテレビでやっていた。この人たちがいるおかげでネット通販が遅れることなく届くのだと思うと頭が下がる。 

「さて、お昼はどうしようかな」

 今日の宿を予約したプランでは夕食と朝食が出るとのことだったが、あの感じだと洋食とかは出ないだろうな。

 和食ばかりが続くことを予想して、レジ付近のサンドイッチコーナーでミックスサンドと缶コーヒーを買ってレジに並んだ。

 レジには3人の作業着姿の男性が並んでおり、グレーや青、黄色の服を着ている。会社のロゴは入っていないので、みんな好きな色を着れるのだろうか。

 黄色の作業着を着た40代くらいの男性がグレーの作業着を着た同い年くらいの黄色の作業着を着た男性に話しかけているのが聞こえた。

 彼らはこのあたりの道路の補修関係の工事をしており、天気によって仕事のあるなしが変わるから、やってられないだのそんな感じの話だった。

 店内の知らないアイドルのシングルの話や免許合宿のCMよりよっぽど今後のためになりそうな話だ。うん、今の仕事をクビになっても土木関係の職に就くのはやめておこう。休日は大事だ。

 その会話の中でグレーの作業着を着た男性がのことについて話している。

「でもよお、去年はほんとあの但馬汐村での作業が一番大変だったぜ。道は狭いし、天気はすぐ変わるし、おまけに村の連中はなんだか気味悪いしよお」

 但馬汐村についてあまりいい印象を抱いていないようだ。これから行くというのに。

 続けて黄色の作業着を着た男性が反応する。

「いや、あの村のことはわかるけどよお。あんまり大きい声で言わない方が良いぜ?昔聞いた話だと、まじで神隠しがあるらしいんだわ。村の中で問題を起こした奴が突然いなくなって、村人と警察で探したけどついには見つからなくって、捜査が打ち切りになったんだと。だけど、その時村で作業していた奴が言ってたんだけど、村にある桟橋から人が突き落とされたのを見たっていうんだ。でも、そこの谷底は深すぎて下には降りられないし、落ちた人がどうなったのかも見えないほど、木で生い茂ってるから警察も捜査できないんだとよお」

 まじかよとグレーの作業着を着た男性は顔をしかめながらコンビニを後にしていった。

「縁起でもない話聞いちゃったなあ」人のうわさ話をうのみにする方ではないのだが、今回は別だ。自分の中でも但馬汐村は不気味だと思っているから。


 コンビニから出て車に戻ると、どっと疲れが出てくる。

「だからって行かないわけにはいかないからね。サラリーマンらしくしっかり務めを果たさないと」と、せっかく気持ちを切り替えたというのに、山内先輩から鬼のように社用携帯にメールがきていることに気が付いてしまった。

 気が付かなかったってことにできないだろうか。

 電話をかけると、葵が引き継いだ仕事のことについてと、銀行の窓口からのクレームについてどうやって返答しなくてはいけないか相談を求められた。

「引継ぎの仕事についてはいいとして、クレームについてはなんとかしてくださいよ」

「そんなこと言ったってさ、今日は所長も係長もいないから相談できる人いないんだもんさ。隣の課もなんだかドタバタしているし、頼む!助けて!」

「わかりましたから、少し時間をください。また、かけなおします」

 クレームの内容を聞くと、配属されて経験の浅い山内先輩には確かに厳しい内容であったので、しぶしぶ対応方法を車の中で考えることにした。


 ※


「わかった!その線なら相手もわかってくれそうだ!移動中だったのに申し訳ない!」

 対応方法がわかると、一転して明るい声にもどり、いつもの調子になったようだ。どこか憎めない先輩だ。

「それじゃ、私もこれから運転なので、なかなか連絡取れないと思いますが、どうしてもだめなら先方に時間もらって所長に指示仰いでくださいね」

 そう言い残して電話を切ったところ、社用携帯の時刻は14時を少し過ぎて表示していた。

「はぁ、さっさとお昼ご飯食べて村に向かわないと」

 コンビニで買って助手席に放っておいたことで、すっかり温まってしまったサンドイッチを一気に口に放り込む。痛んではいないが、生ぬるいサンドウィッチがここまでまずいとは。

 カーナビの到着予定時刻を見ると但馬汐村まで残りと表示されている。

「やばあ……完全に夕方になっちゃうよ……」お昼ご飯のゴミを袋にまとめ、車のアクセルを少し強めに踏み込んだ。制限速度の十キロオーバーはご容赦願いたいと思ったその時、後ろから大きな塊がぶつかる爆音が聞こえてきた。反射的に手足を亀のように引っ込めてしまった。

「な?何の音?」後ろを振り返ると駐車場に止まっていた大型トラック二台の運転席目掛けてクレーン車が串刺していた。

 駐車場はコンビニにいた人や駐車場で休憩していた人たちでごった返しており、何とか運転席からドライバーを助け出そうとしているが上手くいかないらしい。

 こういう場面に出くわした時に、かえって冷静になってしまうたちなので、そこまで動揺はしない。でも、ガラスが割れてしまっているので姿かたちはわからないが、運転席で被害にあったドライバーの作業着が黄色とグレーだったのは偶然か。自分が行ったところで役に立たなさそうなので、村へ急ごう。

 腕の鳥肌はまだおさまっていない。


 ※


 車が進むにつれて周囲から建物が減っていき、何かの巨大な加工場があったり、牛舎が見えたりと、なかなかの田舎道になってきた。

「やっぱりここら辺街灯ないや。明かりが無くなったらアウトだ」カーナビは二車線の道路を外れて、山の方へ入る道をアナウンスしている。

 カーナビ通りに左折すると、アスファルトの地面から砂利道に変わったため、車がガタガタと上下に揺れ始め、フタの開いた缶コーヒーがこぼれそうだ。「キャップ付きのにしとけばよかった」と、わざとしかめっ面をしてみる。

 道なりに進みながら山を登ったり下ったり、急なカーブをいくつも乗り越えていく。「さすが山道。自分の運転で酔いそう」

 車のスピードも40キロ出せればいい方で、それ以上は崖下に真っ逆さまで落ちても文句は言えない。特に突然現れるガードレールのない箇所は肝を冷やしながら進む。

 すると少し奥の方にが見えた。しばらく人工物を見ていなかったので、少しほっとした。少しスピードを緩めて看板を見ると『但馬汐村』と書かれており、矢印が白色で書かれていた。「但馬汐村はこちら……ね」

 カーナビに目を向けると看板と同じ方を表示しているため、安心して道へ入れた。こんなところで道に迷ったらUターンもままならないので、泣いてしまう。


 左右が針葉樹林で覆われた道になっているが、伸びっぱなしになっているので、緩やかなカーブがある場所では、対向車が来ているのかどうか確認するのも一苦労だ。

 道幅もだんだん狭まってきて、今走っているところは自分の車がギリギリ通れるほどだ。手に汗がにじみハンドルが少し滑りそうになる。「……落ちたら死にそう」

 ひやひやしながら法定速度よりも十キロ以上減速して山道を進み、両サイドの木々が無くなり、目の前に民家や田畑が見えてきた。

 左手に所々朽ち果てている焦げ茶色の木の看板があり『但馬汐村へようこそ』と朱色で書かれている。「ようやく着いた……」

 但馬汐村に着いた時には空は赤く染まり始め、17時を少し過ぎていた。

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